ライフワークⅡ 01
木村大輔 33歳
一昨年10月に離婚
息子が一人 拓海 4歳
親権は、妻だった吉川理恵が持っている。
月一回の面会が離婚調停で決まって、ずっと守ってきたけど、最近は、毎週末、拓海を預かっている。
養育費 20歳まで月5万 これも、当然、守っている
今の心境?
-「お蔭様で」今の生活は、けっこう気に入っている。-
離婚して、1年半たった。拓海は4歳になり、自分はお兄ちゃんになったと自慢している。保育園での生活にも慣れ、小さい子を意識できるようになると、自分は大きいのだと思うようになっているらしい。その成長が、俺には可愛くてしようがないのだが。
俺は、一年前に思い立ったジムへ通っている。腹だって六つに割れている。自慢したい! でも、自慢する相手は、我が息子だけだ。まだガールフレンドを作る心境にはなれていないので、まあ、拓海だけで良いのだが。
今、俺は拓海を保育園に迎えに来ている。保育士さんたちも、俺のことを覚えてくれて、玄関ドアから入っていくと、
「吉川拓海君、お迎えです」
と、にっこり笑って、拓海が待機している教室へ呼びかけてくれるようになっていた。
―まあ、未だに吉川と呼ばれることには、すこし心が痛むけどねー
「あー!パパだ」
「今日、パパのおうちに行くの?」
「ああ、今日もパパのおうちで、一緒にご飯作ろうな。
拓海、おかえり。靴、持っておいで」
「はーい。」
そう言って、拓海は保育園バックを背中にしょった。去年までは、お着替えのバックをずりずりと引きずって、「雑巾がけかい!」と、心の中で突っ込んでいたが、この一年でだいぶ身長も伸びたし、制服まで来ている。だからこそ、自分はお兄ちゃんなんだって自覚したんだね。
それでも、玄関を出てすぐ、俺が手を出すと、待っていたかのように嬉しそうに手をつなぐ。「もう、お兄ちゃんだから、手なんか繋ぎたくない!」と、何時言われるかとひやひやしているけど、拓海は疑問に思うことなく繋いでくれていることにほっとする。そして、この手をつないでバス停まで歩く幸せが、じんわりと心を温めてくれて、思わず、口からこぼれた。
「愛してるよ。拓海」
「うん、愛してるよ。パパ!」
おうむ返しに言っているだろう「愛してるよ」の言葉に、からかい半分で聞いた。
「拓海、愛してるってなんだか知っているのか?」
「知ってるよ。愛してるってことは、信じてるってことでしょ。」
思わず、絶句した。
大人が恋人に言ったら、あまりに陳腐で、胡散臭さが先に立ってしまうのに、純粋で無垢な子供が言うと、「深い」言葉に思えて、なぜか、甘い思いと苦い思いがないまぜになって、思わず口元が引きつった。
「パパ、聞いてるの? 愛してるってことは信じてるってことだよ!」
「あ? ああ、そうだな。ホント、そうだよなあ…」
俺は、空に浮かんでる大きな月を、親ばかと笑われそうだけど、感動でウルウルとしている目を、ごまかすように見上げた。
理恵に、恋人ができたらしい。その恋人が、週末を二人で過ごしたいと言っていると相談してきたのは、去年のクリスマス前だったと思う。正直、むっとした。
「理恵には、拓海と言う息子がいることを知っていたんじゃないか!
だったら、拓海と一緒にって、ならないのかよ。その男!
厄介払いみたいに、俺に預けて、はい、これでラブラブ!なんて、これから先、拓海のこと、大切にしてくれるのか?」
頭が沸騰しそうだったけど、このままこんな状態が続くのであれば、親権も養育権も裁判で争っても良い1と、ぐっと、こらえることにした。
ずっと、考え事をしてバス停で待っていると、突然、俺の手を引っ張って、顔を見てにかッと笑った。
「パパと手をつないでいると、幸せだね。」
「幸せだな。拓海と手をつないでいると、ホント幸せだな」
俺の顔が笑っていないことに気付いて、気を使ってくれたんだろう。お兄ちゃんだと言ってることを、半ばからかい気分で可愛いなあなんて見ていたが、その心遣いに気付いて、はっとさせられた。
拓海は、本当に頭が良い。素直で、やんちゃで子供らしい子供だと思っているが、反面、繊細なところがある。こうやって俺が少し考え込んでいると、「心配」とは言わないが、何かしら「不安」を感じているのだろう。これではいけない。週末は、拓海にとっても俺にとっても、楽しい時間、楽しい思い出を作ることに、心を砕いて行かないと、もう一度、拓海の手をぎゅっと握って笑って見せた。
最近の週末の遊びは、ストライダーと言う、ペダルのない自転車が今一番のお気に入りだ。近くの公園の中に、ストライダーを乗れるところがあるので、土日の午前中は夢中で練習してる。拓海はキックボードを乗っていたせいか、バランスのとり方が上手く、あっという間に乗りこなせるようになって、今は、カラーコーンを等間隔に於いて、ジグザグに通り抜ける練習をやっている。ヘルメットをかぶり、前傾姿勢を取って真剣な目をして、俺のところに向って走ってきた。
「よし! いいぞ。拓海。もう少し出来るようになったら、パパとサイクリングに行こう!」
「ほんとう? どこへ行くの?」
「車に乗って、少し遠い所に行こう。もっともっとたくさん乗れるところにさ」
「うん。うれしいなあ。楽しみだなあ。これから行くの?」
「いやいや、今度ね」
「今度っていつ? 明日?」
「明日じゃないよ。そうだな、一泊で行けるように、予約しないといけないから、うーん、」
拓海が、今すぐにでも行けると思っていることに、慌てながら言った。
「そうだな。来週か再来週の土曜日に出かけよう。ママにも言わないとね」
「ママ? ママに聞かないといけないの?」
そう言って、ちょっと変な顔をした。
「どうせ、来週も再来週も、パパのおうちでお泊りするよね? だったらママに言わなくても、大丈夫でしょ? 早く、早く行こうよ!」
えっ、と、声に出しそうになった。俺にとっては、毎週、拓海といられることは楽しいことなんだけど、今の現状は、ただただ、ずるずるとなし崩しになっているだけなわけで、理恵だけでなく、拓海まで、週末はママと一緒じゃないと思い込んでいることに、違和感を覚えた。
「まあ、ママにはちゃんと伝えてからな。」
昼飯を食べて、最近、興味を持ってきた文字の練習をした。ひらがな、カタカナ、全部読めるけど、書くことはまだまだおぼつかない。それでも、ノートに薄く書いてある文字を一個一個、真剣な目でなぞっていく。
「拓海、自分の名前だけは書けるようになろうな」
「うん、保育園でも書いてるよ!」
「よ・し・か・わ・た・く・み」
「あれ、パパの名前は、何だっけ?」
「えっ、えっと、きむらだいすけ」
拓海が不思議そうな顔をする。
「よしかわだいすけ、じゃないの?」
「うん、そうなんだ。パパは、きむらだいすけ。拓海は、よしかわだいすけ。ママと同じ。拓海は、ママと一緒に暮らしているだろ。だから、ママと同じ、よしかわ、なんだよ」
「ふーん、そうなの?」
あまり、納得できていないように思うが、うまく説明できないから、ここはもう、ごまかしたい!と、大人のずるさで話題を変える。
「拓海、そろそろ、夕ご飯、作ろうか?」
「うん! 今日も包丁、使うよね?」
うれしそうに、キッチンへ走っていった。
「こら、拓海、片付けないとダメだよ!」
4歳組さん、になったころ、拓海のマイ包丁を買った。これも、拓海がお兄さんになったからと、あの時、すごく喜んでくれた。
拓海と夕食の準備を始める。午前中ストライダーを練習した帰りにスーパーに寄って食材をそろえておいたから、後は野菜を切って、今日はてんぷらだ。
ごぼうとニンジンと玉ねぎ、そして拓海の大好きなサツマイモ。ゆっくり時間をかけて、猫さんの手で切っていく。野菜の端っこを押さえてやると、いちいち「猫さんの手」と言いながら切っていく。切り終わると今度は、てんぷら粉の入ったボールに計量カップで水を入れる。ここまでが拓海のお手伝い。満足そうな顔で
「パパ、後は任せたよ」
と、鼻からフーと息を吐きながら言っている。
―まったく、可愛すぎるぞー
それから順番に野菜を上げていけば出来上がり。でも、取り合えず、サツマイモ。
「拓海! サツマイモ出来たぞ」
「わーい、食べていい? もう、熱くない?」
そう言うと、ダイニングチェアに座った。
そう、出来立てを夕食前に食べるのが、今日のおやつ。だって、好きなんだもんな。
一度、火を止めて、二人でテーブルに座って、一緒に食べた。うれしそうに頬張る拓海をみて、今度は心の中で言った。
―愛してるよ。拓海―
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涼音色 ~言ノ葉 音ノ葉~ 第39回 ライフワーク Ⅱ と検索してください。
声優 岡部涼音君(おかべすずね♂ )が朗読しています。
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