その5
気持ち短め
蔵持さんが事務所を訪れた日の翌日、月曜日。学校内に魔術師及び魔術の痕跡が無いか調査するために僕は陣外さんと一緒に学校の前までやって来た。
県立宮角第三高等学校。通称、宮三高校。偏差値は県内で中の上、全国で中の下くらい。生徒数700人弱。校則は割とゆるく、生徒の自主性を重んじ、のんびりとした校風で知られる高校だ。ちなみに校訓は「地味なことからコツコツと」である。
「ここが少年が通う学校かい?」
「はい、そうです。それで、あの、どうやって調査するんでしたっけ?」
「昨日話しただろう?」
「いや、あの、ど忘れしちゃって……」
「……やれやれ。ではもう一度説明する。今度は忘れないように」
「は、はいっ」
「牧口少年も蔵持少年も、魔力を感知することができない。私もなんとなく分かる程度で役には立たない。そこで、私が友人から教えてもらって作ったこれを使う」
陣外さんはポケットから取り出したのは手のひらサイズのドクロだった。ただし、全体が焼けこげたように真っ黒になっている。
「これは魔力に反応するブザーだ。およそ2、3メートル以内に魔力の反応があればそれを感知し、バイブレーションするようになっている。これを持って学校中を隅々まで歩き回って反応がある場所を調べる、という訳だ」
「えっと、それだと、生徒たちが持ってる大量のドリームキャッチャーにも反応してしまうんじゃないですか?」
「それは大丈夫だ。昨日のサンプルを調べて、幸福を捕らえる子機であるドリームキャッチャーの方には反応しないように調整しておいた。だから反応があるとすれば、捕らえた幸福を一度集めておく中継地点か本命の魔術師、あるいは、今回の件とは無関係の魔術関係者、といった所だ」
「関係者?」
「例えば、君のことは霊力関係者、とも言える」
「……つまり、無自覚ってことですか?」
「そういう場合もある、ってことさ。魔術師であっても今回の件には関わっていない者かもしれない。ブザーに反応があったら、とりあえず話を聞く必要があるけれどね」
「なるほどー」
「ところで牧口少年」
「……何でしょう?」
「何故、先ほどから目を合わせようとしない?」
「それは、その……」
今、僕と陣外さんは校門の手前10メートルといった所で立ち話をしている。向かいあっている。しかし、僕は陣外さんと目を合わせられなかった。気まずいというか何というか、その原因は陣外さんにあるのだが。より詳しく言うと、陣外さんの今の姿が、である。
「陣外さんの、見た目が……」
「うん? 一応、高校に潜入するにあたって不自然でないよう、君と同年代くらいの姿のはずだが?」
「いや、まぁ、そうなんですけど。でもその、制服も違うし……」
「学校指定のものと同じデザインのはずだが? どこか間違っているかい?」
「だから、えーと……」
「?」
「……な、何で、女の子なんですか!?」
そう、どんな姿にも変身できる陣外さんは、今、女の子の姿をしているのだ。一重まぶたのゆるい目元、すぅっと通った鼻筋、薄桃色にほんのり色づいた唇、長い黒髪を後ろで束ねたポニーテール、背丈は僕より少し低い、160cmくらいだろうか? 全体的に体の線が細く、軽く触れただけで折れてしまいそうな印象を受ける。とにかく、何が言いたいかというと、今の陣外さんはめちゃくちゃ可愛い女の子なのだ。一目見ただけでその姿が目蓋の裏に焼き付いてしまった。今まで彼女なんていたことのない僕である。こんな可愛い女の子とこの距離で正面からまともに目を合わせることなんてできる訳がない。
「何故こんな姿か、言われれば、それはもちろん調査のためさ」
「何で男子じゃないんですか!?」
「学校内を隅々まで調べると言ったろう? そうなると、男である君と蔵持少年では近付きづらい場所がある。女子トイレや女子更衣室などがそれだ。この姿はそれをカバーするためさ」
「……まぁ、理屈は分かるんですけど」
「なら、学校内で情報を共有する際に、毎回そうやっていては疲れるだろう。少しは慣れたらどうだい?」
「ど、努力します……すーー、はぁーー」
深呼吸をして心を落ち着ける。どんなに見た目が可愛い女の子でも、この人は――いや正確には人間じゃないけど――陣外さんだ。陣外さんは僕の恩人で、僕は陣外さんの助手だ。こんなことで一々大騒ぎしていたら、これから助手としてやっていくなんてとても出来ない。大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせながらゆっくりと陣外さんの方に向き直った。セーラー服がまぶしかった。
「……っ」
「どうだい?」
「だ、大丈夫、です」
正面から向き合うとまだ少し緊張してしまうが、会話するくらいなら大丈夫、なはず。
少しでも慣れるためにこちらからも話題を振ってみた。
「えっと、あの、その姿も、陣外さんの知り合い、なんですか?」
「ふむ。……ある程度は、そうかな」
「ある程度?」
「具体的にどの辺が誰かっていうのは……忘れた」
「どの、辺?」
「女性体は昨日初めて作ったものだから、いや、いろいろ凝ってしまってね。でも、自分で言うのもなんだが、なかなか良く出来たように思う」
「ど、どういう意味ですか?」
「む? まだそこまでは説明していなかったか」
理解が追い付かず、首を傾げる。女性体? 作った?
「私の能力は、自らの姿形を自由に変えることだ。今まで見たことのある人間、動植物、机や自動車のような無機物にだってなれる。そして、それらを自在に組み合わせて、全く新しい姿をとることも出来る。私のいつもの姿と今のこの姿はそうして形作られたものだ」
「えーっと、つまり、Aさんの目、Bさんの鼻、Cさんの口って感じで、それぞれのパーツを組み合わせてる、ってことですか?」
「そういうことだ」
「いつもの姿ってあれ、陣外さんの本来の姿、みたいなものじゃなかったんですか?」
「あぁ。あれは事務所を開くにあたって、私オリジナルの姿があった方が良いだろうと言われてね。初めて作ってみたんだ。それに私には、本来の姿と呼べるものはない」
「そう……だったんですか」
確か陣外さんは事務所を開くまでは、自分が誰かも分からないまま世界中をさまよった、と言っていた。自分のことも分からず、自分の姿形すらも誰かの姿を真似たもの過ぎなくて。それはなんだか、とても寂しくて、恐ろしいことだと思った。
「さて、そろそろ慣れたかい?」
「え?」
「この姿にさ」
「あぁ、はい。もう大丈夫だと思います」
話している間に大分落ち着いてきた。なんとか顔を見ながら話すことは出来るようになった。
「あ、そういえば、蔵持君は?」
「もうすぐ来るだろう」
「オレがどうした?」
声がした方へ振り返ると、昨日と同じように制服姿の蔵持君が立っていた。
「やぁ、おはよう蔵持少年。君はこの姿、どう思う?」
「……ふむ。とりあえず、一見して人間ではないと見抜かれる可能性は低いだろう」
「あ、そういう評価ですか」
「他に何がある?」
「いや、何というか、可愛い、とか?」
自分が思った感想を挙げてみると、蔵持君は大きくため息をついた。
「まったく……。いいか、こいつは人外。人間じゃないんだぞ。そんなものを可愛いだなんだと、思う訳がないだろう。おぞましい、の方が相応しいだろう」
「そ、そこまで……」
「では、この姿とそっくりな人間の女の子がいたら、君はどう思うんだい?」
「……ノーコメントだ」
急に蔵持君は目を逸らした。やっぱり可愛いって思ってるんじゃないだろうか。でも陣外さんのことは嫌いだから意地でもそれを認めたくないのかもしれない。
「そ、そんなことはどうでもいい! 用意が出来たのならさっさと行くぞ!」
「あぁ」
「は、はい!」
蔵持君の後を追うように、僕と陣外さんも校門をくぐった。
定期投稿、難しい……。