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その3

今回で一区切りつきます。かなり雑ですみません……

 幽霊とか妖怪とか、そういうものは何処かに居るとしても、自分が直接目にすることはないと思っていた。それが、こうして普通に言葉を交わしていただなんて……。

 僕が驚いているうちに、陣外さんの姿は再び狩衣の長身に変わった。


「いやぁ、これは私の知り合いの陰陽師の姿なんだ。彼はとても優秀な陰陽師だから、どうせ結界を張り直すなら、こっちの方がうまくいくような気がしてね」

「は、はぁ……そう、ですか」


 それならそれで事前に一言、説明が欲しかった。目の前で起こった超常現象に対して、腰を抜かさずにすんだことを誰か賞賛してくれないものだろうか。


「じゃあ、さっさと結界を張り直そうか」

「は、はい!」


 知り合いだという陰陽師の姿の陣外さんは、庭の片隅にしゃがみ込み、そこにじいちゃんの部屋で見つけた白い石を置いて、手で印を結ぶように形作り、目を閉じる。


「……」

「……」

「……よし、できた」

「……え?」


 陣外さんはすぐに立ち上がってしまった。もう? 短すぎないか?


「もう、終わったんですか?」

「あぁ、終わったよ」

「簡単すぎませんか?」

「結界を一から作るとなったら、もっと掛かっただろうが、今回は欠けた起点を補って、結界の構成を少し組み直しただけだからね。それほど難しくない」

「……なるほど」


 どんな神秘的な光景が見られるのだろうかと少し期待してしまったが、残念ながら、そうはいかなかったようだ。


「あの、もう結界は直ったんですよね?」

「うむ、もうこれで家の中で変なことが起こったりすることもないだろう。君のお母さんの体調もじきに良くなるだろう」

「そう、ですか。良かった……」


 安心感から気が抜けて、膝に手をついた。本当に、良かった。


「それでは、私はそろそろ失礼するよ。料金の請求は、また後日」

「あ、陣外さんっ!!」


 僕は立ち去ろうとする陣外さん(いつの間にか元の姿に戻っている)を呼び止めた。


「本当に、ありがとうございました!!!」

「これが私の仕事だからね」


 そう言うと、陣外さんは振り返ることなく帰っていった。それからしばらく、僕は頭を下げ続けた。





 数日後、僕は陣外さんへの料金の支払いのため、再びメモを持って、事務所へと繋がる路地へやって来た。陣外さんから料金がいくらなのか聞いていなかったため、とりあえず自分で用意できるだけの金額を持ってきた。これで足りなかったら、どうしよう?


「……あれ?」


 そんなことを考えながら路地の入り口に立つと、違和感を感じた。初めて来たときに比べて、道が狭くなったような、明るくなったような、そんな気がした。気のせいだろうと思い、路地に入った。

 その後、事務所には驚くほど早く着いた。前回は1時間以上は掛かったはずなのに、今回は10分も掛からなかっただろう。一度通った道だから、だろうか。いや、そんなはず、ないか。まぁ、これは後で陣外さんに聞いてみよう。


 ドアノブを握った所で、前回のドッキリを思い出し、一時停止。深呼吸をして、今度は尻餅をつかないようにと、心の準備をしておく。


「よしっ」


 事務所のドアを開いて、声をかける。


「こんにちはー! 陣外さん、いますかー」

「やぁ、いらっしゃい、少年」


 今回はドッキリはないようだ。良かった。陣外さんは奥のデスクに掛けて、優雅にコーヒーを飲んでいた。


「どうも、先日はありがとうございました」

「私は仕事でやったまでだ。そこまで恩に着る必要はない」


 陣外さんに促され、前回同様にソファに座る。陣外さんは自分が飲んでいたコーヒーと僕の分に淹れたコーヒーを持ってソファの向かい側に座った。


「コーヒーに砂糖とミルクは?」

「出来れば、多目にお願いします。苦いものは苦手で……」

「分かった」


 コーヒーにミルクと数個の角砂糖を入れ、僕の前へ置いてくれた。


「どうぞ」

「ありがとうございます」

「それで? その後、家の様子はどうだい?」

「はい。あれから、おかしなことは起こらなくなりました。母の体調もすっかり良くなって。」

「そうか、私の仕事に不備が無くて何よりだ」


 陣外さんはホッとしたように微笑んだ。その表情は普通の人間と変わらないように見える。本人曰く人間ではないらしいけれど、こうして話している分には、そんな感じはしなかった。


「では、料金の請求といこうか」

「は、はい!」

「まず相談料の500円、そして、現地に赴いての結界の修復、と。ふむ、()めて、50500円って所だね」

「……ほっ」


 良かった。なんとか払える金額だ。何十万円とか言われたらどうしようかと思った。財布の中から提示された金額の紙幣と硬貨を取り出し、陣外さんへ渡した。


「ん、確かに。ちょうど頂いたよ」

「はい。正直、もっと高いのかと思ってました」

「結界の起点を私の方で用意するともっと高かっただろうが、今回はその必要がなかったからね。おじいさんに感謝した方が良い」


 支払いを終えて落ち着いたところで、ずっと気になっていたことを思い切って陣外さんに聞いてみることにした。あのとき、陣外さんはいろいろ分かっているような口ぶりだったし、僕が知る限り、その答えを知っているのは陣外さんしかいない。


「あの……」

「なんだい?」

「陣外さん、あのとき、言いましたよね? 後で詳しく教えるって」

「あぁ、確かそんなことを言ったね」

「だから教えてほしいんです、祖父のこと、……僕のことも」

「ふむ。いいだろう」


 陣外さんは新たなコーヒーを()れて、ソファに座り直し、改めて僕に向かい合った。


「さて、何から聞きたい?」

「えっと、順を追って、というか……」

「ふむ、ではおじいさんのことからかな」

「お願いします」

「うむ。まず、君のおじいさんは陰陽師ではない」

「でも、うちの結界を張ったのは祖父なんですよね?」

「部屋にあった資料や君の話から、それは間違いない。陰陽師だったのはおじいさんの、そして君の遠い先祖たちだろう。何百年も前のね。それが何らかの理由で陰陽師を廃業し、その技術は(わず)かなものを残し失われた。おじいさんはそれらを引っ張り出してきて、何とか結界を張った。君を守るために」

「僕の体質、でしたっけ?」

「うん、陰陽師は霊力をもって様々な術を行使する。霊力が無ければ何も出来ない。――廃業した理由もそんな所かもしれないが―― 君はそういった霊力がとても強いんだよ。何百年も前に失われた力が君の代で偶然にも発現してしまった。そして、強い霊力はそれだけで様々なものを引き寄せる。良いものも、悪いものも。それが、君の父親の事故にも関係している」

「! どういうことですか!?」

「おじいさんの部屋で、日記のようなものも見つけた。それによると、君の父親が事故を起こしたのは、君の霊力に引き寄せられた悪霊が取り憑いて、急激に体調を崩し、身体の自由が利かなくなったため、とあった。それで君の体質にも気付いたのだろう。そして……」

「お守りと、結界……」

「そう、それらで君を守ろうとした。おじいさん自身もわずかながら力を持っていたのだろう。陰陽師のことは話に聞く程度だったろうに、資料を基にどうにかこうにか頑張ったのだろう。自身が死んだ後のことまで考えて」

「じいちゃんっ……」


 じいちゃんは、自分が死んだ後まで、僕を守ろうとしてくれてたなんて……。不意に、じいちゃんの笑顔を思い出して涙が込み上げてきた。この一か月、一度も思い出すことのなかったものだから、なんだか嬉しくもあった。


「教えてくれて……ありがとうございました」

「なに、アフターサービスだよ、この程度」

「本当に、本当に……」

「……」


 陣外さんはそれ以上は何も言わずに静かにコーヒーを口に運んだ。僕は、涙を流し続けた。今までのじいちゃんとの思い出を、一つ一つ噛み締めながら。

 しばらくして、コーヒーがすっかり冷める頃、ようやく涙が収まった。落ち着いた所で、ふと、聞いてみたいことがあったのを思い出した。


「陣外さん」

「何かね?」

「陣外さんって、なに、なんですか?」

「うん?」


 陣外さんは人間じゃない。姿かたちを自在に変えることができてしまう、それは一体何なのか。先日からずっと気になっていたのだ。


「ドッペルゲンガー、とか?」


 ヨーロッパあたりの妖怪? みたいなもので、自分とそっくりの姿をしていて、出会ってしまうとその人は死んでしまう、とかなんとか。


「いや、違うよ。本物と会って確めたから間違いない」

「え」


 本物!? 会ったの? ていうか実在するの??


「じゃ、じゃあ」

「私にも分からないんだ」

「えっ」


 自分の正体が、自分が何者か、分からない?


「50年くらい前、気が付いたら山の中にいた。何故そこにいたのか、自分が誰なのか、全く分からなかった。自分の姿を変えられることと、人間じゃないってことは感覚で分かった。けれど、それ以上のことは分からなかった。だから、いろんな所を彷徨(さまよ)ったよ」

「日本中を?」

「いや、世界中を」

「えっ、世界中!?」

「ヨーロッパ、アフリカ、南北アメリカ。南極にも行ったな。まぁ、当時はそんなことも知らなかったけれど。その途中でドッペルゲンガーとも知り合ったんだ」

「そ、それで」

「20年くらい前に日本へやって来て、ある人物と出会ってね。いろいろあって、この事務所を開くことになった、という訳さ」


 最後の方は適当になった。面倒くさかったのだろうか。


「じゃあ、名前って……」

「自分で付けた。人間じゃないから人外、ジンガイ、陣外と。“名は体を表す”って言うけれど、私の場合は“名で体を表している”のさ」

「……」


 陣外さんは何でもないことのように語ってくれた。50年以上も自分が何者か分からない状態なのに、些細なことであるように。人ではない陣外さんにとっては、本当にそうなのかもしれない。けれど、


「あの、陣外さん!」

「ん?」

「僕に何か、できることはありませんか!? 僕は、何も知らないし、大したことはできないかもしれません。だけど、僕を助けてくれた陣外さんの力になりたいんです!!」

「……さっきも言ったが、あれは仕事でやったことだ。そこまで恩を感じる必要はない。恩を感じる相手がいるとすれば、それは君のおじいさんだよ」

「それは分かっています。けど、その祖父のことも陣外さんがいなかったら気付けなかった。だから、だから僕も陣外さんに何かを返したいんです!!」

「……はぁ。分かった。そこまで言うなら、そうだな、私の助手でもやってみるかい? 給料に関しては保証できかねるが……」

「構いません! 是非やらせてください!!」


 こうして、(少々強引ではあるが)僕は陣外さんの助手となり、陣外相談事務所で働くことになった。



助手ができました。

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