その2
週1くらいで、投稿したい、です。
「着きました。ここが僕の家です」
「ほうほう、ここか」
僕は陣外さんを連れて自宅まで帰ってきた。事務所から大通りへ出るときは、来るときに比べてあまり時間は掛からなかった。陣外さんが言うには「入ってくる者には簡単には入れないように、出ていく者は速やかに出られるようになっている」のだそうだ。
「ふむ、やっぱりね」
「やっぱり?」
「この家には結界が張ってある」
「え……結、界? 結界ってあの?」
「うん、恐らく君の想像通りだよ。邪気を祓って清めたり、その地を安定させたり、とにかく、見えない壁を作って『内』と『外』を分けるもの、と思っておけば良い。この結界の場合、家の中に悪霊とかが入って来れないするためのものだね。しかし、一部に綻びが見られる。おそらく、今この家で起こっていることは、その綻びから少しずつ悪霊らの影響を受けてしまった結果だろう」
「はぁ……なるほど。あ、ということは、最近起こっていたことは祖父の呪いとかじゃないってことですよね!!」
「あぁ、それは間違いないだろう。死後一か月もしないうちに悪霊化する、なんてことはほぼないからね」
「はぁー。良かった……。それにしても、どうして結界なんてものがうちに?」
「誰かが張ったからだろうね」
「誰かって……」
「多分だけど、君のおじいさんじゃないかな?」
「祖父が? どうして?」
「それを調べるためにもおじいさんの部屋を見せてもらえるかな? そうすれば何か分かるだろう」
「は、はい、分かりました。どうぞ、こちらです」
陣外さんをじいちゃんの部屋へ案内した。じいちゃんの部屋は一階の一番奥にある。この部屋に最後に入ったのは葬儀のときだ。幼い頃はよく出入りしていたが、最近ではすっかり足が遠のいていた。
「ここです」
「失礼するよ」
部屋の戸が開く。……懐かしい匂いがした。まるでまだじいちゃんが生きているかのような、そんな気させする。じいちゃんの部屋はこの家で唯一、畳敷きの部屋だ。母の話だと、この家を建てるとき、じいちゃんが強く要望したらしい。畳の部屋でないと寝られないからだったそうだ。
「少し物色しても良いかな?」
「はい、どうぞ」
「では、遠慮なく」
そう言うと、陣外さんはポケットから取り出した白い手袋をはめて、部屋の中で調べ始めた。箪笥の引き出しを片っ端から開けていったかと思えば、押し入れから中身を引っ張り出したりしている。そして、その中から古い本のような、紙の束を紐で留めたものを見つけ、それを読み始めた。
「ふむ……」
「何か見つけたんですか?」
「あぁ、これなんだがね……」
陣外さんは手に取った本を見せてくれた。……読めない。とても古い時代に書かれたもののようで、達筆なのかもしれないが、僕の読めるような文字ではなかった。
「これは、何ですか?」
「どうやら遥か昔の、陰陽道について書かれた書物らしい」
「陰陽道? それって、あの……安倍晴明とかの、陰陽師の?」
「うむ。見たところ、平安時代くらいに書かれたもののようだ」
「どうしてそんなものが? ということは、じいちゃんは陰陽師……?」
「少なくとも、この家の結界を張ったのはおじいさんで間違いないだろう」
僕が疑問に思っていると、陣外さんはこちらに向き直った。
「……少年、いくつか聞いても良いかな?」
「何ですか?」
「君の父親が亡くなった事故というのは、どんなものだったんだい?」
「え? えっと、たしか、父の運転する車に僕と母が乗っていて、急カーブを曲がり切れなくて、僕と母は怪我で済んだんですけど、父は、傷が深くて、助からなかったって聞いてます」
「なるほど。その事故の後、おじいさんから何か貰ったりしなかったかい?」
「あっ」
その言葉に思い当たるものがあった。僕は首から提げていたお守りを取り出して、手に乗せて陣外さんに見せた。10年以上いつも持ち歩いているため、もう外側の袋はボロボロになってしまっていた。
「これは?」
「祖父から、常に肌身離さず持っていなさい、って言われて持たされたお守りです。かなり前のことで忘れてたんですけど、そういえば、これを貰ったの事故のすぐ後だったような……」
「ほう、ふむふむ。これは……けっこうすごいな」
「すごい?」
「うむ。これ一つで、この家に張ってある結界が完全な状態のときよりも、よっぽど強力だ。なるほど、だからか」
「……何が、ですか?」
「君の母親が体調を崩しているのに、何故君にはそういった影響が見られないか、ということさ。君には自覚がないようだが、君は悪霊とか、そういう“良くないもの”を引き付ける体質らしい」
「えぇ!? え、何ですか、どういうことですか!?」
「この家の結界も、そのお守りも、君を“良くないもの”から守るためのものだってことさ」
「僕を守る、ため……?」
「諸々の説明はまとめて、後で話してあげよう。今はこの家の結界を張り直す方が先だ。この家で起きていることは、それで解決できるだろう。そうだな……表の庭がちょうどいいかな」
そう言うと、陣外さんは部屋を出て、玄関から庭へ移動した。突然の衝撃発言に面食らってしまったが、僕もすぐにその後を追う。
「それで、どうするんですか?」
「結界といってもいろいろあるが、今回のこれは、三つの存在を起点にして、展開されているもののようだ。けれど今は、その起点の一つが欠けて、綻びができてしまっている」
「その、起点って?」
「この家の住人、つまり君と、君の母親、そして君のおじいさんだ」
「僕ら家族が、起点?」
「人の命っていうのが重要だ。簡単には代用のしようがないものだからね。それゆえに、人を起点にした結界は強力だ。かつて、大きく重要な建造物を建てるとき、人を地中に埋めたっていう人柱と同じさ。まぁ、あれはその地に住まう神々への捧げものっていう意味合いが強いけれど……」
「あの、それで、具体的にはどうするんですか?」
「要するに、欠けてしまった起点を何かで代用すれば良いんだ。そうすれば、再び結界は機能するようになるはずだ」
「でもさっき、人の命は代用できないって……」
「うん? あぁ、言い方が悪かったね。『人の命』そのものを別の何かで代用することは難しいけれど、『結界の起点』を別の何かで代用することはできるってことさ」
「……?」
「ふっふっふ……。じゃじゃーん!」
陣外さんが効果音付きでジャケットの懐から取り出したのは、百円玉くらいの小さな、真っ白な石だ。淡く光っているようにも見える。
「それは?」
「君のおじいさんの部屋で見つけた、霊験あらたかな石さ。これをこの家の結界の新しい起点にする。まぁ、人間三人だったものが、人間二人と石一つになるから、結界の構造を少し組み替える必要があるけれど、おじいさんの部屋で見た資料を参考にすれば、なんとかなるだろう。イメージ的には、正三角形を二等辺三角形にするって感じかな」
「あっ」
白い石を見て、なんだか見覚えがある気がして、思い出した。以前見た、お守りの中に入っている石とよく似ている。
「おそらく君のお守りの中身と同じものだろう。おじいさんは、自身が死んだときのために、結界の起点の代わりを用意しようとしていた。しかし、間に合わなかったのだろう」
「じいちゃんが……」
「さて、それじゃ結界を張り直そうか」
「……はい、よろしくお願いします。陣が、い、さん……?」
「ん?」
僕は陣外さんに声をかけた、はずだった。事務所からここまでずっと一緒に居た。初めて見たとき、特徴らしい特徴が見当たらない人物だと思った。正直この人で大丈夫だろうか、なんてことも思っていた。そんな人だったはずだ。けれど今、目の前に立っている人物はさっきまでとまるで別人だった。
2メートル近い長身に鋭い目つき、髪は腰まで届くほど長い黒髪をオールバックにしている。服は平安時代の人が着ていそうな、確か狩衣、とか言うんだったか。そんな服を着ている。とにかく、何から何まで違っていた。
「あぁ、すまない。言い忘れていたけれど、私は人間じゃないんだ。そういえばまだ説明していなかったね」
「え? ……えぇ!?」
聞こえてきた声は別人だが、その口調は、確かにこの数時間で聞き慣れた陣外さんのものだった。どうなっているんだ? 突然のドッキリか?
「私は自らの姿を自在に変えることができるんだ。こんな風に……」
そう言うと、また変化があった。瞬きしているうちに2メートルの長身は消え、代わりに現れたのは……
「ぼ、僕……?」
「君とそっくりな姿をとることもできる」
僕が居た。目の前に自分が立っている。毎朝鏡で目にしている、家族の次くらいに見慣れた僕の顔だ。鏡に映った左右反転した姿ではなく、写真から抜け出してきたかのようにそっくりそのままだった。というか、
「陣外さん……人間じゃなかったんですか!?」
「うむ。ほら、名前でも言ってるじゃないか。ジンガイだって」
「え?」
「人ならざる者、人の枠から外れている者、人外、ジンガイ、陣外、ってね」
「……」
あまりにもあんまりなカミングアウトに対して、言葉が、出なかった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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