その1
初めて投稿させていただきます。よろしくお願いします。
5月にしては少し肌寒いと感じる学校帰りの夕方、僕はノートの切れ端に書かれたメモに従って、とある場所を目指して歩いていた。そのメモには大通りから路地に入って、そこからどう進めばいいかの指示が書かれていた。ただ、その指示は『十字路を右へ』とか『突き当りを左へ』などといったものではなく、『東に24歩』とか『西に向かってスキップで6歩』といったものだった。なぜこんな面倒くさい書き方をしたのか、もっと分かりやすく図で示してくれれば良いものを……。そうして、思っていたよりも多くの時間を掛けてようやく目的地に到着した。
そこは、外観は普通の2階建ての建物で、向かって右側に外付けされた階段から2階に上がることができるらしい。しかし、どうやら目的地は1階のようだ。ドアの横には『陣外相談事務所』と書かれた看板が掛かっている。こんな所にこんな事務所があるなんて今日まで全然知らなかった。学校でこの事務所のことを聞いて、藁にも縋る思いでここまで来てしまったけれど、本当に大丈夫だろうか? 今更ながら少し不安になってきた。けれど、他に頼れそうな相手も思い当たらない。2、3回深呼吸して、頬を叩く。「よしっ!」と気合を入れて、入口の前に立った。
とりあえずドアを開いて、隙間から中を覗き込む。事務所の中は電気が点いておらず、薄暗い。手前の方にソファがガラステーブルを挟んで向かい合わせに置かれている。奥には『所長』と書かれたプレートの載った立派な机が見えた。「すいませーんっ」と声を掛けるが、返事はない。留守かもしれないが、ここへ来た目的を考えると、このまま帰る訳にはいかない。中で待たせてもらおうかと、事務所に足を踏み入れ
「ようこそ、陣外相談事務所へ!」
「っうわぁぁぁ!!!!!」
突然の声に驚いて、思わず尻餅をついた。声のした方を見ると、奥に置いてある机の大きなイスが回転してそこに座っていた男が立ち上がった。というか、いつの間にか電気が点いている。
「いやぁ、驚かせてすまない。最近は相談に来る人が少なくて退屈だったものでね。久しぶりの来客に少しばかりテンションが上がって、幼稚なドッキリを仕掛けてしまった」
「は、はぁ……」
子どもかよ……、と思いつつ立ち上がり、目の前まで歩み寄って来た人物を見る。大学生くらいの好青年といった感じで、服装も白いワイシャツにジーンズと特に変わった所はない。なんというか、とにかく特徴らしい特徴が見つからない人物だ。
「私は陣外。ここ、陣外相談事務所の所長だ。少年、君は?」
「えっと、牧口翔太郎、です」
「牧口少年、だね。よろしく。早速だけど一つ聞いても良いかな?」
「何ですか?」
「この事務所がどういう所か分かった上で来たのかい?」
「……幽霊とか、妖怪とか、そういう変なものを専門にしてるん、ですよね?」
「うん、だいたいそんな感じ。幽霊や妖怪、妖精、精霊、魔物に怪物、とにかくそういう人ならざる者全般だ。まぁ、時々それ以外も扱うけれど」
「!」
やっぱり聞いていた通りだ。ここなら、僕の抱えている問題も解決してもらえるかもしれない。そう思うと居ても立っても居られず、思わず所長さんに詰め寄ってしまった。
「あのっ、助けてほしいんです!!」
「まぁまぁ、落ち着いてくれ。ここは相談事務所だ。座ってゆっくり相談してくれたまえ」
「は、はい……。すみません」
「気にすることはない。ここにやって来る人は皆、何かを抱えているものだ。お茶を入れるからそこに掛けていてくれ」
そう言って所長さんは事務所の奥へ引っ込んでいった。僕は言われた通り、手前のソファに腰掛けた。目の前のガラステーブルを見ると、薄く埃が積もっていた。あまり掃除とかしないのだろうか。そんなことを考えているうちに所長さんがお盆にお茶を2つ載せて戻ってきた。
「どうぞ」
「あ、どうも」
「君はここのことをどうやって知ったんだい?」
「えっと、同級生に教えてもらいました」
「その同級生の名前は思い出せるかい?」
「え? えーっと……あれ?」
僕にこの事務所のことを教えてくれた相手のこと思い出そうとしたが、名前も、顔も全く思い出せない。たしかに言葉を交わしたはずなのにその声も、男子だったか女子だったさえ全く記憶に残っていない。
「思い出せないだろう?」
「どうして、ですか?」
「知っての通り、この事務所の専門は特殊だ。そういったものに無関係の人間が関わるのは危険だから、この事務所は普通の人間には辿り着けないようになっているんだ。そして、君のように本当に助けを求める者の前には、この事務所のことを伝えるメッセンジャーが現れるんだ」
「メッセンジャー?」
「そのメッセンジャーからこの場所を教えてもらった者だけが辿り着ける、という訳だ」
「な、なるほど」
仕組みはよく分からないけれど、とにかく普通の人はここに来ることができない、ということは分かった。あの分かりにくい指示書きもセキュリティーの一環みたいなものだったのだろう。
「まぁ、それでもたまーに迷い込んでくる人もいるけどね」
「そういうときはどうするんですか?」
「帰り方を教えてそのまま帰ってもらうだけさ。……では、そろそろ本題に入ろう」
「は、はい!」
「まず、この事務所のシステムを教えよう!」
「システム?」
「あぁ、まず初めに相手の事情を聞く『相談』、それに対してこちらから対処法を伝える『助言』、ここまでなら1回につき500円。そして、私が自ら出向いて事態の解決を図る場合、追加料金が発生する。これを『実行』という」
「お金取るんですね……」
「一応、仕事だからね。まぁ、半分くらい趣味みたいなものだけど。さぁ、君の話を聞こうか」
「は、はい」
ようやくここへ来た目的を果たすことができる。一度お茶を飲んで喉を潤してから、話し始めた。
「実は……僕の周りで不吉なことばかり起きてるんです」
「ほう、具体的には?」
「家の鏡や花瓶が突然バラバラに割れたり、壁に黒い染みのようなものが浮かんできたり、母が体調を崩して寝込んでしまったり、ここ最近そんなことばっかりなんです!」
「ふむ、そういったことがいつ頃から起き始めたか、わかるかい?」
「えっと、1か月くらい前からです」
「その頃に君の周りで何か変わったことは? 例えば、誰か亡くなった、とか」
「はい、その頃ちょうど僕の祖父が病気で亡くなりました。それで、知り合いからは祖父の亡霊が僕ら家族を呪ってるんだ、なんて言われることもあって……けど、祖父がそんなことするはずないんです!!」
「それはどうして?」
「祖父はとても優しい人でした。僕のことも小さい頃から可愛がってくれて、母ともすごく仲が良くて、だから、その……」
「しかし、君が気付いていなかっただけで、実は君のおじいさんと母親は仲が悪かったのかもしれないんじゃないか、と周囲の人々は思った訳だ」
「……はい。僕の知っている祖父はいつも穏やかで、優しくて、そんな祖父が死後、僕ら家族を呪うなんて考えられない。だから、」
「何か別の原因があるんじゃないか、と考えてここへ来たということか、なるほどなるほど」
「……」
僕の話を聞き終えた所長さんは目を閉じたまま、考え込んでいるようだ。僕はようやく自分の事情を話し終えて、どっと疲れが湧いてきた。残っていたお茶を一気に飲み干す。火傷しない程度にぬるくなっていた。落ち着いたところでなんとなく事務所の中を見回してみると、いろいろと変なものが置いてあった。どこか外国の部族っぽい彫り物や包帯がぐるぐる巻きにされた棒状の何か、大量のお札が貼られた不気味な箱などなど。……黒いオーラみたいなものが出ているように見えるが、最近の心労から来る幻覚か気のせいだろう。そう信じたい。そんなことをしているうちに、ようやく所長さんは顔を上げた。
「いくつか聞いても良いかな?」
「はい。なんでしょうか?」
「1か月前、君のおじいさんが亡くなる以前は、そういう変なことは起こっていなかったのかい?」
「はい。祖父が亡くなって、1週間くらい過ぎてからです」
「さっきの話には出て来なかったが、君の父親は?」
「僕が小さかった頃に、事故で亡くなりました」
「母親の体調はどんな具合だい?」
「家の中なら、立って歩くくらいはできるんですけど、玄関から一歩出ただけで立って居られないほど胸が苦しくなるって……」
「? 家の中では苦しくないのかい?」
「苦しいんですけど、立って居られないほどじゃないって、言ってました」
「ほう、なるほど」
所長さんは勢いよくソファから立ち上がると、机の横にある帽子掛けに掛けてあったジャケットを着込み、「では、行こうか」と宣言した。
「えっ、何処へですか?」
「もちろん、君の家さ。どうやら今回の件は、私が直接出向いた方がよさそうだ」
「! 原因が分かったんですか!?」
「まだ確証はない。だから行くのさ。案内してもらえるかい?」
「は、はい! もちろんです!」
「あぁ、それともう一つ、君に頼みたいことがある」
「なんですか?」
「私のことは是非『陣外さん』、と呼んでくれ」
「それは、何故?」
「響きが好きなんだ。語呂が良いっていうかね」
「はぁ、分かりました。陣外さん」
「うんうん、やはり良い響きだ!」
呼び方を変えただけなのに妙に嬉しそうだ。今にも鼻歌でも歌い出しそうなほどに。……あ、ホントに歌い出した。
そうして、鼻歌を歌う所長さ、いや、陣外さんを連れて、僕は自宅へ向かうこととなった。
とりあえずここまで読んでいただきありがとうございます。
その2もできるだけ早く上げられるようにがんばります!!
早ければ……来月くらいには?