優しい思い
お盆休みに、長野の友人宅を訪れる事にした。
東京からは、関越自動車道から上信越自動車道へと入り、インターを下りてから更に一時間ぐらい走った山の中だ。
去年の暮れのボーナスで買ったSUVでの初めてのロングドライブとなる。
お盆の休暇時期ともなれば、当然のように渋滞が予想されるので、昼間に仮眠を取り、出発は日が暮れてから、友人宅には翌朝に到着する予定を立てた。
それでも、同じ様な事を考える人間が居るようで、関越道は一部で渋滞していたが、上信越道に入る頃には車も減り、スムーズなナイトドライブを満喫できた。
予定が狂い始めたのは、上信越道のインターを下りる頃だった。
夜空に電光が走り、フロントガラスに大粒の水滴が当たり始める。
直ぐに雨は本降りとなって、ワイパーを忙しなく動かさないと視界が保てないほどになった。
「まいったなぁ……これじゃ撥水加工でも太刀打ち出来ないか……」
幸い、カーナビがあるので道に迷う心配は無いが、山道の視界は悪い。
彼女に出会ったのは、そんな時だった。
見通しの良い直線道路で、手を振る人影があった。
こんな土砂降りの夜に、どうしたのかと車の速度を緩めると、道路脇には赤い軽自動車が停まっていた。
「すみません、急に車が動かなくなってしまって……この先の所まで乗せて行ってくれませんか?」
そういう事ならば断る理由も無い。
助手席には、菓子やCDが置いてあったので、後部座席に乗ってもらった。
「すみません、シートが濡れてしまって……」
「あぁ、大丈夫ですよ、気にしないで下さい」
雨に打たれたからか、彼女は少し青白い顔をしていたので、エアコンの設定温度を少し上げた。
「この先のカーブ……急なので気を付けて下さい……」
「トンネルを抜けると、直ぐに右カーブになります……」
「下り切って、直ぐに曲がりますから、気を付けて……」
彼女は地元の人らしく、危ない場所を後部座席から教えてくれて、視界の悪い中でもヒヤリとする事も無かった。
「シートを濡らしてしまって、ごめんなさい……」
友人宅のある集落へ着いた所で、彼女はふっと姿を消した。
きっと、とても優しい人だったのだろう……