町の匂い
町の匂い
久々に、生まれ育った町の商店街へ足を運んだ。
そぼ降る雨の中、傘を差して歩いているのは僕だけで、他には猫の子一匹見当たらない。
殆どの店は、シャッターが下ろされたままで、開いているのは昔は無かったコンビニだけだ。
いずこも同じ、近くに大きな商業施設が出来て、そちらに客足を取られ、後継者もおらず、店を畳むというパターンなのだろう。
僕が子供の頃には、雨の日でも沢山の人が買い物に訪れ、通りは傘の花が満開に咲き誇ったものだ。
「ここは確か靴屋さん、その先は豆腐屋で、その先は布団屋さんだったかな……」
子供の頃の記憶を引き出して、商店街だった通りを歩く。
昔、通りには色々な匂いが漂っていた。
肉屋さんの店先では、メンチやコロッケなどの揚げ物を揚げる匂いがして、パン屋さんからは香ばしいパンの焼ける匂いがした。
魚屋さんからは、魚の匂いがしていたし、八百屋さんからは、野菜や果物の匂いがしていた。
お茶屋さんからは、焙じ茶の良い香りがして、薬屋さんからは漢方薬の匂いがした。
母親に手を引かれ、目を閉じて歩いていても、町のどこに居るのか匂いで分かったものだ。
焼き鳥の匂いのする鳥屋さんを通りすぎ、鰹節の匂いのする乾物屋の角を曲がって、路地を抜ければ、これから訪ねる友達の家がある。
でも、今日は雨の匂いしかしない。
僕は、迷子になってしまいそうだった。