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詩集その1

夕暮れに

作者: 浅黄 悠

僕はモーター式のボートをひとり操縦していた。


穏やかな港から沖に出て右に舵を取る、モータの音と水が跳ね上げられる音。潮の生臭いような心を騒がせるような独特の匂い。

海の上でボートは軽やかに揺れる。ボートの運転というと車と同じにはいかない、波は気まぐれだ。けれども僕はボートにいまだ乗り続けている、馴染んだものに沸く愛着というやつかもしれない。僕のボートは大型車ぐらいの大きさだが、このボートはさらにもう一回り大きいし、年季もそれなりに入っているのでいつもと微妙に感じが違う。僕は感覚をつかもうとぐっとハンドルを握る。

いつも深い闇を底にためている海の色が徐々に変わる、遠くにヨットがオレンジ色のシルエットになって見える。帆の先が一瞬だけ、ウインクするようにきらりと光った。

おっと、別の所に気を取られてはいけない。僕はただ前を見つめてハンドルを動かし続けた。


しばらくモータの音と水が裂かれる音だけが響いた。ボートは港から浜辺、切り立った崖へと進んでゆく。

そろそろ日が沈むかという頃に僕は崖の間にできた小さな入り江の横でボートを止めた。モータの音が徐々に静かになり、ぱしゃりと水音を残して消える。

もう東の空は暮れ始めていた。僕は操縦席から降りて舳先へ回った。


視界にある全てが金色に輝いていた。

空と海が何にも邪魔されず、ただ自由に、だだっ広くひろがっているだけだった。遠く雲が幾層も沸きあがっている。

僕はまぶしさに目を細めながらも、何も考えずにそれを眺めていた。

その世界は…見た人だけにしかわからないし、僕はうまく説明できない。そしてこの景色は今ここで、僕だけが見ることができている。つまり僕にしかわからない。

綺麗なものであることに変わりはないけど…


いつからか特に何もすることが無いときでさえこうやって僕は海に出るようになった。特に夕方は風も凪いでいるし、僕の中で一番好きな時間でもある。一日たりとも海は同じ顔を見せないし、増してや夕方の海の色は瞬間的だ。

だから来るたびに僕はいたって真面目に目に焼き付けていく。この空気、この感覚、この景色。

幼い頃に、両親と遊覧船に乗った時のことを思い出す。船の後ろに、白い泡の筋がどこまでも2本の道を作っていて、僕は身をあぶなっかしく乗り出しては肩を支えられた。あの時僕は海辺の街や魚の群れなんかも見ていたのだが、あの泡の道は例えば眠りの狭間になんかに突然はっきりと思い出すことがあるのだ。なぜだろう。


……潮っぽい手すりの上にもたれかかっているうちにも夕日は落ちてゆく。地球の自転を再認識させられるような速さだ。

僕は、その片隅でぷかぷかと今、ひとり浮いているのだろう。

空は薄い朱色に、雲が燃えるような緋色に染まっていった。微かな風が、サイズの合わない濃紺のジャンパーに触れて化学繊維のかすれた音がした。

もう日は沈んでいた。


持ってきた缶コーヒーのタブを抜いて一口あおると、口の中に苦みが広がって僕は少し顔をしかめる。その顔のまま上を見上げた。

入り江を包むのは波の音だけ。周りの波は金色の輝きを失い薄いコバルトブルーになりつつあった。波しぶきがはねる。ゆられて気分が悪くならないうちに僕はコーヒーを飲むのをやめた。

じゃあ暗くならないうちに帰ろう。


僕はまだ来るだろう。

…いつかの日まで。



暗い群青の空には星がほの白く光り出す。

その空の下、ボートに乗る人影が一つ立っていた。どこかを見つめていたがやがて操縦席に戻り、姿は見えなくなった。エンジンを再び動かす音。

青白い水しぶきをあげながらボートは向きを変えて遠ざかっていく。

夕闇に紛れていくその後ろに、わずかに細い金色の糸のようなさざ波の道が生まれていった。



浅黄です、ありがとうございます。

あまり考えずに作りました。疲れでも癒せたならいいな、そんな感じで…

ボート(やその知識)については、ほぼ想像や推測です、すみません…

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