第九十四話 馬車の中
王城とは、王国の最高権力者である王のいる最も重要な建物である。
当然、そこに入ることは、一般国民には許されていない。
それどころか、王国騎士でさえ王に認められた者や王位継承権を持つ王子たちの側近しか許されない。
王国の国家を運営していく首脳陣レベルの重要人物が数多く集まる場所なのだから、それくらいして当然なのかもしれない。
このような王城に、闇ギルド『救世の軍勢』のギルドマスターである僕が関係あるはずもない。
もし、入りたいなんて言ったって、むしろとっ捕まって処刑となることが簡単に予想できてしまう。
そんな僕なのだけれど……。
「見えてきたな。あれが、王国が誇る王城だ」
僕の前で、自慢げにそう語る女性。
キリッとした顔つきは、リースにどことなく似ている気がする。
見た目から意思の強さがにじみ出ており、僕は彼女が王国騎士だと言われたら簡単に納得していただろう。
実際は、もっとすごい人だったんだけれど……。
それよりも、本当に僕が王城に入っていいのだろうか?
僕、王国にとっては不倶戴天の敵である闇ギルド『救世の軍勢』のマスターなんだけれど。
……考えるまでもなく、ダメだろうけれど。
「ふっ。確かに、お前が自分を私に売り込んできていたとしたら、このように王城に連れてくることなんてなかったさ。これは、お前を私に推薦したのがリッターだったからさ」
そう言って、彼女は僕の隣に座る人物を見た。
その目には、強い信頼の色があった。
それを受ける少女――――リッターは、そんな視線を意に介さずボーっと虚空を見上げていた。
黒々とした髪を肩に届かない辺りで切りそろえている。確か、ボブカット……だったっけ?
目は何の感情も宿さず、無色であることが多い。
僕のギルドにはシュヴァルトという感情表現の薄い子がいるのだが、リッターはそれに輪をかけて感情を表に出さない。
シュヴァルトの場合は、しっかりと感情を持っているが理性でそれを抑えている。
逆に、リッターの場合は、その感情自体が非常に薄いものだと思う。
それでも、威圧感を与えないのは彼女の容姿が優れているからだろう。
僕の、自慢の娘です。
簡易な騎士甲冑を身に纏った少女リッターは、僕の横で馬車の動きに身体を揺らされていた。
……その、あなたはとてもリッターのことを信頼しているんだね。
「もちろんだ。色々と厄介な身の上である私の数少ない友人で、私の最強の騎士だ」
女性はニコッと微笑んで、高くリッターを評価してくれていた。
うん、そのことは凄く嬉しいんだ。
リッターが褒められることが、まるで自分が褒められたように嬉しい。
……ただ、女性が強く信頼しているこの子が、僕が(一応)トップである闇ギルド『救世の軍勢』のメンバーであることが問題なだけで。
……問題が大きすぎる!
というか、かなりすごい地位にいるこの女性に、リッターはどうやってここまで信頼されるようになれたんだ?
「…………?」
僕がリッターに視線を向けると、虚空を見つめていた目が僕の目を捉える。
彼女の目は酷く純粋で、綺麗な鏡のように僕の顔を映していた。
「…………」
どうして僕が見ているかわからないようで、首を傾げていたリッターであったけれど、何か納得したのか、ポンと手を叩いた。
そして、無表情ながら何故か仕方がないなぁといった雰囲気を醸し出しながら、僕の身体にさらにすり寄ってくる。
そもそも、人と人との距離が近くなってしまう狭い馬車の中で、僕とリッターは完全に密着してしまっていた。
……柔らかいものが、色々と当たっているんですけれど。
「……仲が良さそうだな。あんまり親しげだと、少し嫉妬してしまうな」
目の前に座る女性は、微笑みながらそんなことを言ってきた。
それが本当の笑顔なら、僕とリッターの間柄をからかってくる大人の女性といった感じなのだけれど、目が本気なので怖い。
その嫉妬は、もちろんリッターをとっている僕に向けられたものだ。
……友人を奪って処刑とかはないよね?
「マスター、どうかした?笑顔、ちょっとだけ引きつっている」
無表情だが、言葉の端に心配を滲みこませて僕を見上げてくるリッター。
心配してくれるのは凄く嬉しいんだけれど、君の友人が原因なんだよね……。
とはいえ、リッターの友人である女性を邪険にできないのも事実。
うちのギルドメンバーって、やけに保守的というか……ギルド外に友人を作っていない子が多いんだよね。僕が言える立場ではないんだけれど。
最近では、ララディがマホという友人を得ていたし、ソルグロスもルシルやルシカと話をすることはあるだろう。
そんな中で、友人をつくるのが難しそうなリッターのことを友人と呼んでくれる彼女のことを、ないがしろに扱うわけにはいかない。
「……それにしても、リッターにマスター……師匠と呼ばれるお前は、いったい何者なんだ?」
そう、これもリッターが純粋故に起きた面倒事。
人前で僕のことをマスターと呼ばないでほしいと伝え、リッターも頷いてくれたのだけれど、そのすぐ後には女性の前で僕のことをマスターと呼んでいた。
……本当、純粋なんだ、リッターは。
女性の前で言ったときは冷や汗が出たものだけれど、何とか僕がリッターの剣術の師匠的な存在だということで誤魔化した。
僕より断然強いんだけれどね、リッター。
「そろそろだな」
僕が女性の質問に曖昧な笑みを返していると、返事を諦めた彼女は窓の外を見やる。
僕もチラリと目をやると、街から少し離れて見晴らしのいい光景へとなっていた。
王城が近いのかと思い胃を痛めていると、外からとても大きな声が響いてきた。
『王国第一王女、ニーナ・エヴァン様がご到着なされました!!』
……僕の前に座る女性が、とてつもなく高い地位にあることを再認識してしまう。
本当、どうやって王国の第一王女と友人関係を築き上げたんだ、リッターは……。
「…………?」
僕の目線を受けても、リッターは首を傾げるだけであった。




