第七十九話 不吉な匂い
「やっぱり、ソルグロスって強ぇんだなっ!!」
ルシルがキラキラとした目で、襲い掛かってくる魔物たちを次々と屠っていくソルグロスを見る。
見事な腕前で簡単に強力な魔物を倒していく彼女のことを、ルシルは尊敬のまなざしで見つめていた。
「いやー、照れるでござるなー(ルシル殿よりも、マスターに褒められたいでござる)」
ソルグロスは頭の後ろに手を置きながらそんなことを言うが、大して照れている様子はない。
彼女にとっては、これくらい造作もないということだろうか?
うんうん。ソルグロスのギルドマスターとして、少し鼻が高くなってしまう。
「俺も、強くなれるかなー?ひょっとしたら、ソルグロスの真似をすれば俺も……!」
「いやー、それはひょっとしないと思うでござるよ」
ルシルは剣をブンブンと振り回しながら言うと、ソルグロスが呆れたような声音で返す。
確かに、ルシルとソルグロスの戦い方というのは根本から違うような気がする。
ソルグロスは苦無を投げつける投擲技術が高い中距離・遠距離型の攻撃を主とし、戦闘も奇襲を得意とする。
ルシルは、正直あまり戦闘しているところを見たことがないから分からないが、剣で真っ向から斬りかかるパワータイプのような気がする。
無理に彼女の真似をしても、デメリットにしかならないだろう。
「おっ……?」
ぎゅるるるるる……という、健康的な音が響き渡る。
僕ではない。ソルグロス……は違うだろう。彼女はちょっと特殊だし。
ということで、消去法的に残されたのは……。
「へへっ。腹減った」
少々恥ずかしそうに頭をかくルシルであった。
僕は空を見上げて、太陽の位置を確認する。
太陽はちょうど僕たちの頭上に出てきており、明るく辺りを照らしてくれていた。
エリクサー探しに夢中になっていて、こんなに時間が過ぎているとは気づかなかった。
もう、いい時間だ。もしかしたら、すでにアポロたちは待ち合わせ場所で待っていてくれているかもしれない。
「そっか。じゃあ、早くあいつらの所に行ってやらねえとな。腹も減ったし、途中で何か食べられるものを採ってもいいか?」
ルシルはそう言って僕を見上げる。
うーん、そうだね。今日は、ここでお昼ご飯を食べるのかな?
昼の間に、ギルドに戻ろうと思っていたんだけれど……。
「いやいや!ここは、親善のためにもルシル殿たちと一緒に食事をとった方がいいでござるよ!」
僕が呟くと、ソルグロスが慌てたように言いつのってくる。
そ、そうかな?もう、それなりに仲良くなれたと思うんだけれど……。
「はっは。マスターはそうでも、拙者はそうでもないでござるよ」
ソルグロスは胸を張って主張する。
うん、自慢げに言うことではないよね?
……まあ、ソルグロスがそう言うなら、ルシルたちと食事をとるとしようか。
「(ようし。これで、鬱陶しいギルドメンバーからの介入を防げるでござる)」
ぐっと握り拳を作るソルグロス。
もしかして、ルシルたちと仲良くしたいのだろうか?
それは、とてもいいことだ。僕も、全力で手助けさせてもらうよ。
「なあ、早く行こうぜぇ……」
ルシルが僕とソルグロスを切なそうな目で見上げる。
お腹を鳴らして空腹を主張するほどだったから、もう限界が近いのだろう。
僕は苦笑しながら謝罪し、歩き出そうとした。
「ブモォォォォォォッ!!」
そんな時、僕たちの前に現れたのは、イノシシ型の魔物だった。
普通のイノシシと違い、まず身体の大きさがそもそも違った。
さらに、とても長くて鋭そうな牙が生えており、目は真っ赤に光っていた。
えーと……名前はなんだっけかな?
でも、その突進力が非常に脅威な魔物であることは覚えている。
「はぁ、面倒でござるなぁ……」
ソルグロスはそう言って一歩前に出る。
まあ、彼女なら一分もしないうちに倒してしまうだろう。
「ちょっと待った!俺にやらせてくれよ!」
しかし、そんなソルグロスに懇願するルシル。
……ソルグロス。目しか見えていないからルシルにはばれていないけれど、君、物凄く面倒くさそうな目をしているよ。
「な、いいだろ、ご主人!」
ソルグロスに言ったら時間がかかると理解しているのか、僕に頼み込んできたルシル。
うーん……そうだなぁ。まあ、この魔物ならルシルでも倒せるかなぁ……。
アポロから彼のことを頼まれているから、あまり無茶はさせられない。
危なくなったら手助けするけれど、それでいいかい?
「おうよ!」
ルシルはニカッと笑って、魔物の前に立った。
「ルシル殿、大丈夫でござろうか?」
ソルグロスが下がってきて、僕の横に立って問いかけてきた。
心配は……していないね。
割とどうでも良さそうに、ルシルと魔物を見ている。
うん、多分大丈夫だと思うよ。
僕の見立てでは、おそらくちょうどいいくらいの魔物ではないだろうか。
まあ、ずっと前線から離れてきた僕が言うことに、信ぴょう性はないのだけれど。
多分、ルシルはソルグロスの戦いぶりを見せられて刺激されたんだろうね。
仲間が格好よく戦っていたら、そりゃあ自分も……と思ってもおかしくない。
「……仲間?」
ソルグロス。その言葉に、意味が分からないといった仕草をするのはやめようか。
ルシルが追い詰められたら助ける必要があるんだけれど……君はそこまでやってくれるだろうか?
「マスターのご命令とあらば、十全にこなしてみせるでござる。……何本か苦無が刺さってしまうかもしれないでござるが」
よし、わかった。僕がやるから、ソルグロスは見ておいてよ。
僕は苦笑しながら、魔物と戦うルシルを見るのであった。
◆
「あー……うまいこといかねえなぁ……」
ルシルは手に果物を持ちながら、そんなことを呟く。
納得できていなさそうに眉を歪め、ぶすっとしている。
僕の見立て通り、あのイノシシの魔物はそれなりの強さだった。
魔法やソルグロスの苦無のように、遠距離から攻撃できる手段があればそんなに苦戦するような魔物ではなかったのだけれど、近接戦闘一辺倒なルシルは、随分と手こずっていた。
結局、少々危なくなったので、僕が手助けをしたというわけだ。
……跡形もなく魔力弾で消し飛ばしてしまったのだけれど。
もう少し、前線に戻って加減というものを覚えなければいけないような気がするね。
「ソルグロスは食わねえの?」
「拙者は、マスターの後姿を見るだけでお腹がいっぱいでござるので」
いや、そんなわけないでしょ。
僕の予想では、単にルシルから受け取った果物を食べたくないだけに見えるんだけれど……。
そ、そこまで酷くはないよね……?
それにしても、たくさん果物を採っているね、ルシル。そんなに食べられるのかな?
僕がそう聞くと、ルシルは恥ずかしそうに笑った。
「いや、あいつらにも渡してやろうかと思って……。こんな果物、浅い所じゃあ生っていないかもしれねえし」
あぁ……また、ほっこりとしてしまった。
なるほど、なるほど。両腕いっぱいに果物を乗せていたのは、そういう理由があったからか。
食いしん坊だなぁと苦笑してしまった僕を許してほしい。
アポロたちも、喜んでくれると思うよ。
「そ、そうかな……。ま、まあ、別に喜ばなくてもいいけどな」
ぷいっと恥ずかしそうにそっぽを向くルシル。
そんな彼に思わず笑顔になっていると……。
「そろそろ、待ち合わせ場所でござる」
ソルグロスがそう声をかけてくれた。
彼女の言う通り、その後少し歩くと昨日見つけた小さな湖の前に出てきていた。
アポロたちは……まだ、いないようだね……。
「本当だな。ちっ、遅いなぁ。俺が全部食べちまうぞ」
ぶーっと不満げなルシルが、湖の近くに走り寄って行く。
でも、おかしいな。ルシルをとても大切そうにしているアポロたちなら、心配で先に待っていてもおかしくないと思うんだけれど……。
僕が首を傾げていると、ソルグロスが僕に顔を近づけて囁いた。
「マスター」
その後、ソルグロスは何でもないように言った。
「このあたり、血の匂いがするでござる」




