第七十八話 分かれ道
「お兄ちゃん、あまり無理はしないでね。お医者さんも、私のために無茶をしないでくださいね」
ルシカはそんな言葉で以て、エリクサーを再び探しに行く僕たちのことを送り出してくれた。
申し訳なさそうにしながらも少々嬉しそうに微笑む彼女が、そのような年相応の感情を見せたことに、僕はほっこりとした。
何故、医者……ということになっている僕が危険なエリクサー探索に向かうのか、頭の上に疑問符を浮かべていたルシカであったが、適当に誤魔化した。
医療の研究のためとか言っておけば、それっぽくていい。
「別に、マスターは貴殿のために無茶なんてしないでござるし、させないでござるから」
ソルグロスはルシカの言葉のどこかが不満だったようで、ぶつぶつと言っていたが、直接それを伝えなかったので良しとする。
この点が、ララディよりも成熟した精神を持っているということだろう。
まあ、そんなわけで、僕たちがルシルたちのギルドにお邪魔させてもらって一夜が明けた。
結局、ギルドメンバーたちに連絡できなかったな……。
また、帰ったら謝ろう。
そんなことを考えている僕とルシルたちは、天然もののエリクサーを手に入れるために、再びワールド・アイさんから仕入れた場所である森に来ていた。
早速森に入ろうかと意気込んでいた僕に、アポロが話しかけてきた。
「なあ、ご主人。エリクサーの探索のことなんだが、ちょっとした提案があるんだが聞いてくれないか?」
提案?
もちろん、聞かせてもらうよ。
現状を打破してくれるかもしれないんだから、どんどんと教えてほしい。
この広い森のどこにエリクサーがあるかわからない以上、いつまで時間がかかるかわからない。
僕もギルドマスターだからそんなに長い期間手伝ってあげることはできないし、無理をさせているであろうソルグロスがこれ以上他のギルドに加入していることを我慢できないかもしれないしね。
「拙者は、大丈夫でござるよ(もちろん、マスターがいることが大前提でござるが)」
僕の考えていることを読み取ったのか、ソルグロスはそんな頼りになることを言ってくれる。
そうか、ソルグロスも成長したなぁ。
とはいえ、やはり負担は少ない方がいいのは間違いないので、僕はアポロに頷いてみせた。
「この森、広いだろ?だから、二手に別れてエリクサーを探さないか?」
アポロは僕が頷くのを見て、提案の中身を話してくれた。
なるほど、二手に……ねぇ。
確かに、この広大な森の中でとても量が少ないであろうエリクサーを探すことは、とても時間のかかることだろう。
ルシルたち四人と僕とソルグロスの二人を合わせた数しか人員がいないのであれば、なおさらだ。
だから、アポロの言うことには一理あると思うんだけれど……。
根本的な問題を忘れていないだろうか?
そもそも、君たちだけでこの森を探索することが難しいから、僕たち闇ギルドにエリクサー探しを依頼してきたんだよね?
僕とソルグロスが別れて、それぞれのグループを率いるということも考えられるんだけれど……。
「拙者は、マスターの後ろ以外に付いていく背中は知らないでござる」
ソルグロスは梃子でも動かないと宣言する。
うん、まあそうだよね。
今でも割と無理をさせている自覚はあるから、強制させることはできない。
……いや、別にギルドメンバーに甘いとか、そういうことじゃないから。
「ああ、それは分かっているさ。だから、あんたたち闇ギルドと俺たちのギルドで別れようぜ」
アポロはこの短い期間で、すっかりソルグロスのことを理解してくれているようだ。
しかし、それでは君たちが探索できないのではないだろうか?
「ご主人の言う通りだ。だから、悪いが俺たちは比較的森の浅い所を探索させてほしい」
アポロが申し訳なさそうに言うことに、僕は納得した。
そうか。確かに、この森では奥に行けば行くほど、住み着いている魔物が強くなっていく。
だから、浅い所ではそれほど強くない魔物しか存在しないのだ。
……うん、合理的な考えだと思うし、僕は全然かまわないよ。
ソルグロスはどうかな?
「うむ。微妙に難解なことを押し付けられているような気がしないでもないでござるが、マスターが良いと言うのであれば、異論はないでござる」
ソルグロスは微妙に納得できていない部分もあるようだけれど、僕の考えを尊重してくれた。
彼女は面倒事を押し付けられたと感じているようだけれども、実際はそうでもない。
何故なら、エリクサーの探索範囲は森の浅い所の方が広いからである。
理由は簡単で、僕がたまに散歩をしていた場所は森の奥ばかりだからである。
これでも一応闇ギルドのマスターという自覚はあるので、むやみに人と出くわすような場所は出歩かないほうがいいかと思って……。
まあ、うちのギルドのことを知っている人はそうそういないだろうけれど、マホやユウトの仲間であって、僕とララディを襲ってきたロングマンの例もある。
念のために、警戒をしておいた方がいいだろう。
と、まあそんなわけで、僕とソルグロスは比較的強力な魔物の相手をする。
ルシルたちは広大な範囲を捜索するという、両者ともにそれぞれデメリットがあるのだ。
……よし、じゃあアポロの案でいこうか。
「そうか。よし、じゃあ俺たちは……」
「ちょっと待ってくれ!俺も、ご主人たちの方に行きてぇっ!!」
アポロが早速ギルドメンバーに指示を出そうとすると、ルシルがそんなことを言いだした。
「お、おい、ルシル。俺たちじゃあ、ご主人たちの足手まといになるから、わざわざ別れることにしたんじゃねえか」
「だって、ご主人たちみたいな強い人と一緒に仕事できる機会なんて、めったにないんだぜ?いつ、エリクサーが見つかってこの協力体制が終わるかもわからねえし、見られるときに見ていた方がいいじゃん!」
ヘロロが慌てて言うけれど、ルシルの気持ちは変わらないようだ。
確かに、このエリクサー探しが終わったら二度と彼らと一緒に仕事をするようなことはないだろう。
僕たちは闇ギルド。
いくらアットホームで温かいギルドだとしても、正規ギルド側が理解してくれるはずもない。
ルシルたちが分かってくれていても、彼らは零細ギルド。
大手と言わずとも、昨日襲い掛かってきた『誇りの盾』のような中堅ギルドに睨まれた程度でも、正常に運営をできなくなってしまうだろう。
とはいえ、ルシルが見たがるほど僕の力はそんなに強くないんだけれどね。
ただ、ソルグロスの力は確かなものだから、見ていて損はないだろう。
「は?大反対でござる。邪魔でござる」
「そんなこと言うなよー。迷惑かけねえからさー」
「ルシル殿の存在自体が邪魔だと言っているんでござる(マスターとの二人きりの時間がぁぁぁぁっ!!)」
ソルグロスはすり寄ってくるルシルを冷たく拒絶している。
もちろん、ソルグロスの許可がなければルシルを同行させられないけれど……僕としては、いいんじゃないかと思う。
ルシルにとってはソルグロスの戦いぶりを見られることは、何らかの刺激になるかもしれない。
それに、ギルド外の人たちの話にも理解を示すことのあるソルグロスであるが、それは他の『救世の軍勢』のメンバーに比べたら、である。
彼女も、ここで一つ苦手を克服するために頑張ってみてはどうだろうか?
「了解でござる」
返事が早い。
提案している僕が言うのもなんだけれど、本当にいいのかい?
「もちろんでござる。拙者の意見など、マスターのご意志の前では塵のようなものでござる」
ソルグロスは、当たり前だと言わんばかりの勢いで言う。
……そうかぁ。そう言って僕の意見を大事にしてくれることは嬉しいんだけれど、僕としては彼女自身の意見も大事にしてほしいところではある。
これは、ソルグロスだけではなく、うちのギルドメンバー全員に言えることだけれどね。
ずっと、僕が彼女たちの側にいて、助言ができるというわけでもないんだから。
「よっしゃあ!」
僕がそんなことを考えていると、ルシルの嬉しそうな声で現実に引き戻される。
「おいおい、マジかよ。本当に、ルシルを預けちまっていいのか?確かに、こいつは弱くはねえけど、ご主人たちに付いていけるほどじゃねえぞ?」
申し訳なさそうに言ってくるアポロに、僕は笑顔で頷いてみせる。
大丈夫。ルシルの安全は保障するよ。
お父さんは、安心して預けてくれていいよ。
僕がそのようにからかうと、アポロはポカンと口を開けた後、恥ずかしそうに笑った。
「あんな喧しいガキはいらねえよ」
そう言いつつも、アポロは満更でもなさそうだった。
「お、おい、アポロ。本当にいいのかよ?」
ヘロロが少し焦ったように聞く。
「ああ、ご主人たちが良いって言ってくれているし、ルシルも行きたがっている。ダメなんて言う理由がねえだろ?」
「……そうだな」
……?
「じゃあ、早く行こうぜ!!」
「こらこら、マスターを引っ張るなでござる。ブッ飛ばすぞ」
ルシルはとても嬉しそうに僕の腕をグイグイと引っ張るので、僕はヘロロから目を離してしまう。
もう一度彼を見てみるが、とくにおかしなところはなかった。
……僕の気のせいかな?
「正午に、もう一度集まろう。場所は、前に見つけた湖の前でどうだ?」
アポロンの提案に頷く。
うん、異論はないよ。
「よし。……おい、ルシル!ご主人たちに迷惑かけんなよ!」
「かけねえよ!!」
「ありえそうですから……」
「ねえよ!!」
最後に、アポロとリーグがルシルに声をかける。
ルシルはムキになって返しているけれど、楽しそうだ。
「じゃあ、悪いけどルシルを頼むわ」
アポロは最後にこう言って、リーグとヘロロを連れたって森に入って行った。
うん、任された。
三人の背中を見送った後、僕もソルグロスとルシルの方を見る。
よし、僕たちも行こうか。
「了解でござる」
「おう!」
こうして、僕たち三人も森に入り込んで行ったのであった。




