第七十二話 宴会
「かんぱーい!!」
アポロが音頭を取り、酒がなみなみと注がれたジョッキをぶつけ合う。
そう言えば、こういった文化は何代か前の勇者からもたらされたものらしいが、彼もマホやユウトたちと同じ世界から来たのだろうか?
まあ、今はそんなことはどうでもいいか。
僕とソルグロスはルシルたちのギルドにお邪魔をしていて、何とか無事にエリクサー捜索の一日目を終えた打ち上げをしていた。
見つかってもいないのに打ち上げかとも思うけれど、この初日が非常に濃いものだったのでこういったことをするのもいいだろう。
まさか、正規ギルドの『誇りの盾』に襲われるとは思ってもいなかった。
もし、下手をしていれば僕たちとルシルたちの協力は崩れ、僕たちは王都に連行、ルシルたちはグレーギルド堕ちをしていたかもしれないのだ。
いやー、ラストという犠牲はあったものの、何とかうまい具合に落ち着いたのではないだろうか?
「よぉっ!飲んでいるかぁ、ご主人!?」
あいたっ!?
肩に強い衝撃を感じて驚いて見ると、隣にアポロがやってきていた。
顔は赤く染まり、吐く息は非常に酒臭い。
も、もう酔っているのか……。
「いやー、本当に大変だったぜぇ……。闇ギルドと手を組むことになるし、正規ギルドからは襲われるし……」
僕の隣にドカッと腰を落ち着かせて、肩を組みながら愚痴り始めるアポロ。
ひ、ひぃ……。やっぱり、面倒な絡み酒じゃないか……。
り、リーグ。抑え役であろうリーグはどこに……。
「…………」
リーグは、僕たちから少し離れた場所に座っていた。
僕と視線が合うと、ふっと微笑んでサムズアップをする。
た、助けてくれるつもりはないようだね……。
自分が絡まれていないためか、静かにちびちびとお酒を飲んでいた。
「俺にも酒よこせよー」
「ダメだっつの」
他にもアポロを止めてくれそうなルシルとヘロロは、お酒の取り合いを繰り広げていた。
うぅ……。こっちも、僕を助けてくれる余裕はなさそうだ。
「だからよぉ。俺としてはよぉ、もっとこのギルドを盛り立ててよぉ……」
くそぅ……。僕は、アポロの絡みを受け続けなければいけないのか……。
「なに肩組んでいるんでござるか。退け」
「ぐぇっ!」
しかし、こんな僕にも救いの手を差し伸べてくれる子もいた。
娘のような存在であるソルグロスである。
僕に絡みついてくるアポロを吹き飛ばし、スッと何でもないように隣の席に座る。
おぉ……。いつもはやり過ぎだと思うときもあるが、今回は本当に助かったよ。ありがとう。
「いやいやー。過分なお言葉でござるよー……ひっく」
…………。
じょ、冗談だよね?
ソルグロスは座りながらゆらゆらと身体を揺らし、何だか危ない。
表情は布で隠されているため窺えないが、目はトロンと蕩けている。
ま、まさか……。
「ぐへへへ……。ますたぁ……」
ソルグロスはそう言って、僕の身体に抱き着いてきた。
こ、この子も酔っていたかぁぁぁっ!
ソルグロスがこんなに酒に弱いなんて……。
もしかして、彼女の種族が原因なのだろうか?アルコールが回るのが、早そうだしなぁ……。
「すんすんすん!はふぅ……。拙者は匂いフェチではないでござるが、ますたぁの匂いは格別でござるなぁ」
ソルグロスはそう言って、猛烈に鼻を鳴らしている。
や、やめてっ!僕、そんなに良い匂いしないから!
君たちの方が、良い匂いがするからっ!
しかし、僕が制止をしても、お酒に酔わされたソルグロスは一向に止まる様子がない。
くっ。ここまで酒乱だとは……!
「ますたぁ。抱っこを所望するでござるぅ……」
すりすりとすり寄ってきながらそんなことを言うので、仕方なく膝上に座らせてあげる。
まあ、娘に甘えられていると思えば、可愛いものだ。
……年齢的には、あまり子供というべきではないだろうが。
「ふへへへ……。ますたぁのぬくもりを感じるでござるぅ……」
彼女は器用に僕の膝の上でくるりと反転し、ギュッと抱き着いてきた。
む、胸が当たっているんですけれど……。
い、いいのかい?娘というのは、父親に反感を持つものだと聞いているんだけれど。
「ますたぁ。そろそろ、拙者も子種が欲しいでござるよぅ……」
ソルグロスは蕩けた目で、僕を見上げてくる。
子種!?そろそろってなに!?
当然、上げるつもりもないので慌てて首を横に振る。
「子種ってなんだ、リーグ?」
「あ、えーと……それは……」
何がルシルの琴線に触れたのか、彼は博識であるリーグの元へと質問しに向かっていた。
答えられるはずもないリーグは色々と誤魔化そうと躍起になっている。
そして、怒り半分助力を乞う半分が混じった視線を向けてくる。
うん、ごめん。
でも、君もアポロに絡まれていた時に助けてくれなかったから、お相子だよね。
「…………っ!?」
そういった目を向けると、絶望したような表情を浮かべるリーグ。
なぁに、彼は賢いから何とかうまくやりぬくだろう。
「はぁ、はぁ……」
ソルグロスが何やら熱っぽい吐息を漏らしている。
……こらこら、何腰をくねくねと振って僕の脚にこすり付けているんだ。ダメでしょ。
酔っぱらってどう考えても暴走しているソルグロスを止めるため、僕はお得意の魔法を使うことにした。
「ぐぅ……」
結果、ソルグロスはとても健やかな寝息をたてはじめたのであった。
ふぅ……危ない、危ない。
まだ、子供のルシルと彼の対応に追われていたリーグ以外の男たち、アポロとヘロロが凄い目で見ていたからね。
酔った勢いでソルグロスに襲い掛かられても困る。
僕がこの二人を抑えられるかどうかは分からないけれど、彼女を背に戦わなければならないことになっていたかもしれない。
「お兄ちゃん?」
「る、ルシカっ!?」
そんな状況で、ガチャリと音を立てて扉が開き、奥の部屋から赤い髪の少女が現れるのであった。




