第七十一話 動き出す鉄の女王
「まさか、『誇りの盾』も倒しちまうとはなぁ」
マスターたち『救世の軍勢』とルシルたちのギルドが去り、ソルグロスに操られた『誇りの盾』のメンバーも去ってしばらくした後、彼らがいた場所に何人かの人影があった。
例にもれず、闇ギルド『鉄の女王』の面々である。
「あそこのラストは、そこそこ強かったのになぁ」
「あひゃひゃっ!しつこく突っかかってくる鬱陶しい奴が消えて、こっちとしても万歳じゃねえか!」
筋肉質の大男の言葉に、『鉄の女王』のギルドマスターであるルーセルドが狂笑を浮かべる。
『誇りの盾』のラストは、『鉄の女王』のことを嗅ぎまわる鬱陶しい正規ギルドの人間だった。
正義、正義と、ルーセルドにとっては非常にうるさい虫であった。
何かと『鉄の女王』の活動を邪魔してくる、正規ギルドの中でも最もうるさい奴だったのだ。
それが、『救世の軍勢』によって撃破された。
「いやよ。俺たちでも結構手こずらされたラストを、こうも簡単にやっちまうなんて……」
「おう。テメエ、まさか『救世の軍勢』にビビってんじゃねえだろうなぁ……」
「い、いや!それはねえよ、マスター!!」
ルーセルドは腑抜けたことを言う大男を、ギロリと睨みつける。
イルドのようなことを言うやつは、あいつだけで十分だ。
これ以上増えられたら、彼の精神衛生が非常によろしくない状態になってしまう。
自分より小柄なルーセルドに睨みつけられて、慌てて否定する男。
自分のギルドマスターを敵に回すことが、どれほど恐ろしいことかしっかりと認識しているのであった。
「でも、マスターもまさか『誇りの盾』が出てくることは、予想外だったでしょ?」
「イルド……」
ヘラヘラと笑いながら声をかけてくるイルド。
そんな彼の言葉に、ルーセルドの額に青筋が浮かび上がる。
「ば、馬鹿!お前、本当に馬鹿だな!」
「な、何でそんな酷いことを言うんですか!?」
先ほど怒りを向けられそうになった男は、イルドを糾弾する。
彼が勝手に殺されるのは勝手だが、その余波で自分が殺されるかもしれない。
そんなのはごめんだ。
しかし、怒鳴られても自分が何を言ったのかいまいちよく理解していないイルドは、理不尽を感じるほかない。
「はぁ……。まあなぁ……」
「えっ……」
だが、男の予想に反してルーセルドは怒りを示さなかった。
いや、まあ大きく息を吐いて何とか抑えたというような感じだが。
とはいえ、ルーセルドにとっても、まさか今回のことに『誇りの盾』が出てくるとは思っていなかった。
『救世の軍勢』の情報統制は凄まじいものがある。
ルーセルドも自分たちのギルドが闇ギルドではなく、さらに王子とつながりがなければ『救世の軍勢』のことは知らなかったかもしれない。
それほどの秘匿されたギルドなのだが、『誇りの盾』に情報を提供した者は、いったい何者なのだろうか。
「……まあ、あいつしかいねえだろうなぁ、くそったれ」
ルーセルドには簡単に予想が付いていた。
まず、間違いなく自分たちがスパイ活動をさせている『奴』だろう。
闇ギルドと手を組むことを、今更恐れているのだろうか?
それは、もう遅いと言わざるを得ない。
「でも、馬鹿はそんなことも分からねえんだろうなぁ……」
「イルドのこと言ってんじゃね?」
「違いますよ!……多分」
近くでギャアギャアと騒がしい音も、ルーセルドはシャットアウトしていた。
仕方ない。少々、計画を変更しよう。
「おう、お前ら。そろそろ、俺たちも動くぞぉ」
「おっ!やっとか!」
「えぇ……」
ルーセルドが声をかけると、大男は気合十分といった様子で拳を付きあわせる。
どうやら、先ほど言ったことに偽りはないようだ。
問題は、相変わらず弱気な態度のイルドである。
「あのラストを手玉にとって、あんな悲鳴を上げさせていたんですよ?近づきすぎるとばれるから直接は見られなかったですけど、絶対とんでもないことされてますって」
「あひゃひゃひゃひゃ!それこそ、俺らの望むところじゃねえかよぉっ!!」
怯えるイルドを笑い飛ばすルーセルド。
そうだ。それでこそ、闇ギルドにふさわしい。
あのグレーギルドのことといい、陰に引きこもっていただけではないことが今回のことではっきりとした、『救世の軍勢』は、『鉄の女王』の倒すべき敵である。
ルーセルドの望む最強の闇ギルドになるまでの過程では、あの闇ギルドを武力で完全に打ち負かすことが必要なのだ。
それ相応にやってもらわないと、こちらとしても期待外れだ。
「いやー……本当、そんなうまくいきますかね……」
「うるせぇっ!うまくやらねえなら、死ぬだけだぞぉ?」
「ひぃぃ……」
ルーセルドに凄まれて、イルドはフルフルと震える。
本当に、どうして闇ギルドに入ったのかさっぱりわからない男である。
そんな彼をつまらなそうに見たルーセルドは、大男や剣を持った痩せた男に指示を出す。
「とりあえず、『救世の軍勢』の人間を何人か殺してこいや。その時、何か身体の一部を持ってこい。他の奴らに見せて、自慢するから」
「おうよ!」
「分かった」
ルーセルドの指示を受けて、大男と痩せた男は森から抜けて行った。
「おら!テメエも行くんだよ!!」
「ひぎぃっ!!」
ルーセルドに尻を蹴られて、何とも情けない悲鳴を出すイルド。
彼も尻を鞭で叩かれた馬のように、物凄い勢いで走って行ったのであった。
「さぁて……。全面戦争と行こうじゃねえか、『救世の軍勢』さんよぉ。あひゃひゃひゃひゃ!!」
ギルドメンバーを見送ったルーセルドは、一人夜の森の中で狂ったように笑い続けるのであった。




