第六十五話 帰り際の乱入者
「ねえなぁ……」
「ないなぁ……」
「ないよなぁ……」
「ないですねぇ……」
ルシルたちのギルドメンバー全員が、次々にため息を吐いた。
ちなみに、その順番はルシル、アポロ、ヘロロ、リーグと続いていく。
そんな彼らの様子に、僕は思わず苦笑をしてしまい、ソルグロスは彼らには興味がないようで僕の後姿を穴が空くほど見つめてくる。
ちょ……横に来てくれてもいいんだよ?
「やっぱり、マスターの後姿はいいでござるなぁ……」
うっとりとした声で呟くソルグロス。
あ、これ、僕の声まったく届いていないな。
僕たちが――――というよりもルシルたちが――――意気揚々と森に入ってから、二時間ほどが経っていた。
すっかりと疲れ切ってしまったルシルたちの要望に応えて、僕たちは今、森の中の少し開けた場所で休憩をとっていた。
僕とソルグロス以外の皆は地面に座りこんでおり、汗もたくさんかいていた。
「まったく……。普段、引きこもっておられるマスターでもピンピンしておられるのに、正規ギルドの貴殿たちがそのような様でどうするでござるか」
うん。僕が外に出たいのに、何かと理由に付けてギルド本部に閉じ込めていたのは君を含むメンバーたちだよね?
まあ、最近はそういうこともなくなってきたからいいんだけれど。
僕はソルグロスの毒のある呟きに、苦笑するしかなかった。
とはいえ、ルシルたちの体力がないというわけでもないのだ。
詳しく説明すると、僕たちは何度かこの森に来たことのある僕が知らない場所を重点的に探索した。
僕が普段の散歩コースにしている場所にはほとんど魔物が出てこないんだけれど、どういうわけか、今日初めて探索した場所ではたくさんの魔物が襲いかかってきたのだ。
凶暴な魔物が少ない穏やかな森だとばかり思っていたのだけれど、違ったのだろうか?
しかし、襲い掛かってきたといってもその魔物はゴブリンやリザードマンといった、それほど危険でもない魔物だったので、慌てることはなかった。
これが、以前ララディとマホやユウトたちと遭遇したオーガだったりすると、また話は変わってくるんだけれど。
そうして、襲い掛かってくる魔物と何度も戦って探索をし続けた結果、ルシルたちはここまで疲弊したのであった。
「いや、ゴブリンはまだしも、リザードマンを相手にして何でそんな平然としていられるんだよ……」
「むしろ、俺たちよりも戦ってくれていたのにな」
「闇ギルドは、皆このような人たちばかりなのでしょうか……?」
ルシルが恨めしそうに僕たちを睨みあげ、アポロは諦めたように苦笑する。
最後とばかりに、リーグが酷い風評被害を撒き散らして呟き終えた。
いや、まあ基本的に僕は何もすることがなく、戦ってくれたのはソルグロスなんだけれどね。
ふっと姿を消したと思ったら、どこからか大量の苦無を的確に魔物たちの身体に突き刺していく姿は、流石としか言いようがなかった。
あと、リーグには悪いんだけれど、うちにはソルグロス並の子ばかりだからね。
もちろん、ソルグロスは戦闘特化型というわけでもないから、リースなどには劣ってしまうんだけれど。
皆、僕の自慢のギルドメンバーである。
「どうして、そんなに強いんだ?」
「ふふん。この後、マスターのご褒美が待っているのだから、当然でござる」
ルシルの質問に、胸を張って答えるソルグロス。
……え、ご褒美?
初耳なので僕の笑顔が少し引きつってしまったような気がするけれど、ソルグロスが凄く期待したキラキラとした目で見てくる。
その期待度は、彼女のお尻から尻尾が伸びて、ブンブンと左右に激しく揺らされている幻影を見てしまうほどだった。
……ソルグロスは獣人じゃあないよね?
「はあ……今日はもう無理じゃね?」
ヘロロが疲れたように呟く。
まだ、僕たちがこの森に入って二時間ほどしか経っていない。
普通なら無理もしていないし、まだまだ探索は続けられるだろう。
ただ、この森に入ってから短い時間の間に、それなりの数の戦闘を行っている。
最後の方はソルグロスに任せっぱなしだったとはいえ、ルシルたちも果敢にリザードマンやゴブリンとの戦闘を繰り広げた。
これ以上の無理はしない方がいいだろう。
「で、でも、ルシカが……」
ルシカの兄であるルシルが、呪いに身を侵されている妹のことを心配する。
ラゲルの呪いは非常に強力で悪質なものだから、ルシカが苦しむ姿をただ見るだけしかできないルシルにはつらかったのだろう。
だけど、そこは安心してほしい。
ルシカには僕の魔力を――――十分に薄めているとはいえ――――注いでいる。
確かに、ラゲルの呪いは強いものだけれど、あの程度の魔物のものなら僕の魔力でしばらくは進行も抑えられるし、その間苦しみや痛みなども感じないだろう。
「そ、そっか……。ありがとうな」
「……マスターの魔力は、本当に万能でござるなぁ」
ルシルはほっとしたようにため息を吐き、ソルグロスは感嘆したような呆れたような声を漏らす。
いや、万能ってわけじゃないから。
まあ、使い勝手はいいけれどね。
とにかく、僕がルシカに魔力を注いでからエリクサーを探し始めてまだ一日も経っていない。
そう簡単に見つかるものでもないのだから、今日はこのくらいにしておいたらどうだろうか。
「……そうだな。今、無理をする必要もねえ。今日は、ここまでにするか」
彼らのギルドマスターであるアポロは、そう判断した。
ということは、今日の僕たちのお仕事も終わりか……。
さて、じゃあ、僕たちはギルドに帰ろうか、ソルグロス。
「はっ!やっぱり、そうなってしまうでござるか……っ!」
目をハッと大きく見開いて、悔しそうに地団駄を踏むソルグロス。
あれ?もしかして、『救世の軍勢』が嫌いだったりする?
「い、いえ、そんなことは……(マスター以外のメンバーが嫌いでござる。しかし、ちょっと悲しそうに微笑んでいるマスターに、そんなこと言えないでござる……)」
ソルグロスはくねくねと身体をひねって、何やら悶絶していた。
たまに、メンバーはこんな反応をする。意味はわからない。
「もう帰っちまうのか?親交のために、ちょっと飲み会でも開こうかと思っていたんだけどよ」
そんな僕たちに、アポロが声をかけてきた。
飲み会かぁ……。
でも、僕たちの帰りを待っていてくれている(と思いたい)皆がいるからなぁ……。
「いやいや、せっかくの申し出でござる。ここは、その好意に甘えるのが上策というもの(メンバーはマスターの帰りこそ待ち望んでいるだろうが、拙者のことは『死んどけよ』とでも思っていそうでござる)」
「そうそう。一日くらい、羽目を外してもいいだろ」
まさかのソルグロスがアポロの側に付く。
アポロも嬉しそうに、僕を誘ってくる。
うーん……。まあ、ソルグロスが参加したいというのなら、お邪魔させてもらおうか。
「そうこなくっちゃな!」
「英断でござる!(これで、しばしマスターは拙者のもの!)」
アポロがバシバシと僕の肩をたたき、ソルグロスがそれを叩き落としながら抱き着いてくる。
飲み会となると、やっぱり帰りは遅くなってしまうだろう。
アポロなんて、典型的な飲み会で面倒くさい絡みをしてきそうなおじさんだ。
『救世の軍勢』の本部に、何かしらの連絡をしないといけないのだけれど……どうしようか?
「それなら、拙者に任せるでござるよ」
そう悩んでいた時、ソルグロスが嬉しいことを言ってくれる。
そうか。じゃあ、お願いしようかな。
正直、連絡手段を持ち合わせていなかったし、忍者のソルグロスならそういった手段を持っているのだろう。
「お任せを(絶対に報告しないでござる)」
「じゃあ、この森から出るかぁ」
「……魔物に襲われないといいですね」
ソルグロスがコクリと頷くと、アポロが立ち上がる。
ヘロロやルシルもそれに続き、リーグはボソリと嫌な予想を呟く。
まあ、ルシルたちも軽く回復したようだし、ゴブリンやリザードマンが相手なら大丈夫だろう。
そうして、皆が立ち上がって歩き出そうとした、その時だった。
「――――――いや、ちょっと待ってもらおう」
凛々しくも強い意志が込められた声が、森の中に響き渡った。
その声に込められた力は、僕たちを止めるには充分すぎるほどだった。
声のした方を見ると、複数人の武装した男たちが歩いてきていた。
先頭に立っている男は、とくに鋭い視線を僕たちに向けてきている。
……これは、面倒なことになりそうだなぁ。




