第六十三話 観察者
「へー。簡単にギルドを抜けることができたのか。お前らって強いから、そう簡単に退団を許されるとは思わねえけどなぁ」
「ふふ。拙者たちのいたギルドは、とても物わかりのいい(グレー)ギルドでござってなぁ。快く了承をしてくれたでござる。あと、ルシル殿は口の利き方を勉強した方がいいでござる」
ルシルの言葉に、ソルグロスがにこやかな声質で返事をする。
僕とソルグロスはグレーギルドを抜け出した後、ルシルたちのギルドと行動を共にしていた。
……物わかりのいい……快く……?
ソルグロスは平然と嘘をつくので、僕も笑顔を保つのが大変だ。
ついつい、突っ込んでしまいたくなる。
「俺たちが仕入れたエリクサーの情報だと、とある森の中にあるらしい」
アポロが僕に近づいて、そう教えてくれた。
へー。天然もののエリクサーは森の中にあるものなのかぁ。
人類が叡智と技術を結集させて何とか完成させた人工もののエリクサーは、王の住まう王城や天使教の総本山である教会本部のような、簡単には入り込めない場所で厳重に保管されている。
天然ものよりも効力が劣る人工ものとはいえ、大半の怪我や病気を治癒してしまうあのエリクサーなのだから当然だろう。
きっと、王族や天使教の偉い人がマズイ状況になった時に使われているに違いない。
「……何だか知らねえけど、ソルグロスは機嫌がいいな」
「うん?別に、そんなことはないでござるよ」
「嘘つけ。俺と話していて笑った時なんて、さっきが初めてじゃねえか」
「(まあ、貴殿たちと話していても、楽しくはないでござるからな)」
ルシルがソルグロスの顔を覗き込みながら言うと、彼女は不思議そうに首を傾げる。
いや、ルシルの言う通り、確かに彼女はどこか浮かれた様子だった。
冷静沈着なソルグロスが、今にもスキップをし出しそうなほどの浮かれようだ。
天然もののエリクサーがある所は危険そうだし、浮かれすぎてミスをしないといいけれど……。
まあ、その時は僕がギルドマスターとして彼女をサポートするから、大丈夫だと思う。
「なあー。何か、面白いことでもあったのかぁ?」
「こら、ルシル。女性の顔を見つめすぎるものではありませんよ」
口を開こうとしないので、さらに疑わしそうにソルグロスを見つめるルシル。
そんな彼に苦言を呈したのは、リーグだった。
見た目もそうだけれど、言動も柔らかいよね、リーグ。
今も、そっとソルグロスに助け船を出しているし、優しい性格の男なんだろう。
でも、天使教の信者なんだよねぇ……。
僕は思わず、小さなため息を吐いてしまう。
彼のような優しい態度を見ているとそんなことはないと思うんだけれど、僕は同じく心優しかった勇者パーティーの一人だったメアリーという前例を知っている。
だから、どうしても天使教の信者に対して構えてしまう。
リーグも、僕たちのギルドが天使教を信仰していないと知ると、豹変して襲い掛かってくるのだろうか?
メアリーの二の舞にだけは、させたくないものだ。
「おーい。索敵、手伝ってくれよー。一人は寂しいぞー。俺も混ぜてくれよー」
少し僕たちから離れた所から、そう声をかけてくるのはヘロロだ。
ルシルたちのギルドでは、彼が戦闘に立って索敵を行うようだ。
ちなみに、『救世の軍勢』のメンバーはそれぞれ差はあれど広い索敵範囲を持っているので、誰が索敵要員かとか、そういうことは一切ない。
逞しい限りだ。
ヘロロは和気藹々としている僕たちの方を振り返り、寂しそうにしている。
まるで、捨てられた子犬のような顔をしている。
「しゃあねえな。俺が行ってやるか」
この中で一番年下であるはずのルシルが、やれやれと大人っぽい態度をとってヘロロの元へと向かって行った。
ヘロロはルシルを嬉しそうに迎え入れていた。
……一番、しっかりしているんじゃないか?
こうして、僕たち闇ギルドとルシルたちの正規ギルドの混成チームは、大してぶつかり合ったりもせずに案外うまくやれていた。
理由として、僕と行動を共にしているのがソルグロスだからということがあげられるだろう。
僕以外の子が、清濁併せのむことができるソルグロスではなく、排外主義的なララディなどだったら衝突が起きていたかもしれない。
また、他の理由として、ルシルたちが僕たちに大して敵対心を持たなかったことも大きいだろう。
もちろん、闇ギルドである僕たちを警戒していないわけではないだろうけれど、彼らはそれを表に出すことはなかった。
だからこそ、このようにうまく事が運んでいるのだ。
こんなに良い雰囲気だと、ルシカを助けてあげたいという気持ちが強くなってくる。
うん。頑張って、天然もののエリクサーを見つけよう。
僕は気持ちを新たにして、意気込むのであった。
「…………」
その時、僕はじっと僕たちを観察していた人影には気づかなかった。
「(……めっちゃ、見てくるでござるなぁ)」
◆
「ここが、あの情報屋、ワールド・アイから聞いたエリクサーのある場所だ」
アポロがそう言って、木々が生い茂るいかにも深そうな森を指さす。
……見たことのある森だなぁ。
ここで本当にあっているのかと、ついつい聞いてしまう。
「ワールド・アイはそう言っていたぞ?」
「てか、これが嘘だったらシャレにならねえよ。こちとら、ほぼすっからかんになるまで金を出したんだからな」
「確かに……」
ルシル、ヘロロ、リーグが続いて言う。
確かに、ヘロロの言う通りだ。
僕たちが一度お邪魔した彼らのギルドには、ほとんど備品が備え付けられておらず、しかもルシカの病室を除けば廃墟と変わりないくらいボロボロだった。
おそらく、彼らが持っていたお金だけでは情報量を払えなかったのではないだろうか?
足りない分を補うために、備品などといったものも全部お金に変えたのだろう。
そして、今はボロいギルド本部を修繕するお金もない、と……。
ワールド・アイさんがルシルたちの懐事情を知らなくても当然だろうけれど、やっぱりがめついという印象はぬぐいきれないよ……。
「……!?」
僕がボソリと呟くと、何故かソルグロスがびくりと身体を震わせた。
何か知っているのだろうかと彼女を見るが、その後アポロやヘロロが僕に続くように、僕よりも酷いワールド・アイさんの悪口を言っていた間にはまったく反応しなかったので、気のせいのようだ。
「ワールド・アイとやらは、嘘はついていないと思うでござるよ。もし、嘘をつくようなら、情報屋としてこの先やっていけないでござろう」
「確かに、そうですね」
ソルグロスの言葉に、リーグが頷く。
僕は情報屋とやらは利用しないのであまり詳しくはないが、確かな情報を渡さない情報屋など誰も信用しないし、利用しないだろう。
……ソルグロスがワールド・アイさんのことを知っているような口ぶりに聞こえたのは、僕だけだろうか?
まあ、他の皆は何も疑問に思っていないようだし、杞憂だろう。




