第五十九話 気勢を上げるグレーギルド
「は、ははっ……!できるわけねえだろ……!」
リールの口から最初に出てきた言葉は、そんなものだった。
彼の目の前には、恐ろしいほどの殺気を身体から放つ忍者姿の女がいた。
最近、このグレーギルドに一時入団してきた女だ。
グレーギルドであるから必然的に女の数が少なく、そのせいで彼女に欲望のこもった目を向けるメンバーは非常に多かった。
リールもまた、同じだった。
ソルグロスはグレーギルドだから警戒しているのか、いつも忍者装束を身に纏って肌をさらさず、ぼーっとした目だけを出していた。
彼女の考えは正しく、もし正規ギルドにいる女冒険者がするような軽装備の恰好をしていたら、ギルドの中でそれこそ女の尊厳を奪うようなことをされていてもおかしくなかっただろう。
いや、そんな一切肌をさらさないソルグロスでも、相当男たちからちょっかいをかけられていた。
忍び装束の上からでも分かる、適度に実った乳房。
高い身体能力を誇るからか、臀部も上を向いてプリッとしていた。
そんなものを見せられたら、そもそも犯罪者だらけのグレーギルドの構成員が黙っていられるはずもない。
何人もの男たちが彼女に迫り、そして消えていった。
リールは、何故彼らが消えたのかはいまいちよくわからなかった。
よっぽどこっぴどく振られて傷心しているとしか考えられなかった。
荒事に慣れたグレーギルドの猛者が、線の細いいかにも弱そうな女に負けるとは思えなかったからである。
「(だが……)」
しかし、先ほどのソルグロスの行動を見れば、その認識は間違っていたと改めさせられた。
ソルグロスが主様――――今はマスターと呼んでいるが――――と呼ぶ男を捕まえていた二人の男が、一瞬のうちにその首を飛ばしたのだ。
B級冒険者であるリールにも、いったい何が起きたのかさっぱりわからなかった。
だが、ソルグロスがあの男を抱きかかえて目にうっすらと涙を浮かべ、嬉しそうに、申し訳なさそうに彼を抱きしめているのを見ると、彼女が二人を殺したのだと理解した。
このグレーギルドでも最高の実力を誇り、自身の力に誇りを持っていたリールでも理解できない速度で二人を殺したソルグロス。
そんな彼女を見て、リールはゾクリと背筋を恐怖で凍らせていた。
「ふざけるなよ!」
その怒声は、二人のギルドメンバーを殺したソルグロスに対してのものでもあったが、一番は自分に向けられたものだった。
このような女に、少しでも怯えた自分が許せなかった。
「――――――それは、こっちのセリフでござる」
リールの独り言に、ソルグロスが反応する。
彼女はマスターの頭を名残惜しそうにしながら胸から解放すると、スッと据わった瞳で彼を見る。
彼だけでなく、ここにいるギルドメンバー全員を見渡す。
「拙者が何をされても、限度を越えなければ見逃してきたでござる。しかし、マスターには貴殿らは指一本触れることすら許されないでござる。本当に……許せない……!」
「――――――!!」
リールは彼女に向かって剣を構えていた。
これは、今から攻撃するから構えたのではない。
自分よりも強大な敵と自分との間に、剣を入れて気持ちを楽にしたかっただけである。
「そんなもので、拙者から身を守ることはできないでござるよ」
ソルグロスは心底呆れたといった様子でリールを見やる。
その目は明らかに彼を侮って見ていた。
「はっ!随分と余裕だな、おい」
「まあ、余裕でござるからな。貴殿らを皆殺しにするくらい、なんてことはないでござる」
「おっ、言うじゃねえか!」
「あんまり俺らを怒らせないほうがいいぞ!?」
ようやく、二人のギルドメンバーが殺された事実から立ち直ったのか。
リール以外にも多くメンバーたちが立ち上がり、それぞれ武器を持ってソルグロスとマスターを取り囲む。
「男は殺して、ソルグロスちゃんは痛めつけてから楽しもうぜ!」
「お前に言われなくても分かってるよ!」
そう言ってゲラゲラと笑い合う二人のグレーギルドメンバー。
彼らに、仲間二人が殺されたかたき討ちをするというつもりは毛頭なかった。
もちろん、仲間意識は持っているものの、ソルグロスという高嶺の花を手折る機会を与えてくれてラッキーとさえ思っていた。
所詮、グレーギルド。『救世の軍勢』よりは多少マシという程度であった。
ソルグロスはその二人をギロリと睨みつける。
自分のことで憤怒したのではない。
この二人はマスターのことを言ったのだ。この中でも、苦痛を与えてから殺されることがソルグロスの中で確定した瞬間だった。
「でもよぉ、油断していたから、お前の大切なマスターとやらが捕まったんじゃねえのか?」
リールの言葉に、身をピクリと反応させるソルグロス。
そして、ふうっと長い息を吐いた。
「癪でござるが、貴殿の言う通りでござる。あとで、拙者をむちゃくちゃにする権利をマスターに与えてご勘弁を願うでござる」
いや、そんな権利いらないから。
マスターは笑顔のまま拒絶した。その頬には冷や汗が垂れている。
ソルグロスは、『またまたー』と言いながらマスターの脇腹を肘でちょんちょんと突いている。
何がまたまたなのだろうか。
「ま、それでお許しをいただくつもりもないでござる。その後のことは、貴殿らを皆殺しにしてから考えるでござる」
「はははっ!だからよぉ、この数を皆殺しになんてできるわけねえだろ?」
ソルグロスの言葉に、今度こそリールは心の底から笑った。
辺りを見渡してみれば、武器を持って好戦的な雰囲気を醸し出している十名以上のグレーギルドのメンバーたち。
それぞれが、人間同士の戦闘にも慣れた荒くれ者たちである。
いくら、一瞬で二人を殺したソルグロスといえども、この数に勝てるはずもない。
そう、思っていたのに……。
「――――――貴殿ら程度なら、五分もかからないでござるよ?」




