第五十三話 差し伸べる手
「頼む!俺たちを助けてくれ!」
少年――――彼らが呼んでいた名前を聞く限り、ルシルは頭を下げて、僕とソルグロスにそんなことを言ってきた。
助け?
僕は接触した四人の男たちを観察する。
うーん……皆、怪我をしているわけでもなさそうだし、どういった助けが必要なのだろうか?
街の外で冒険者に助けを求めるときは、大概はパーティーメンバーが怪我をして動けなくなったやら、回復アイテムを分けてほしいといったものだ。
だが、この四人は全員元気に動けるようだし、そういった助けは必要ないのだろう。
……どんな助けが必要か見えてこないので、できれば事情を教えてほしいんだけれど。
「断るでござる」
僕がそう聞こうとしていたら、何故かソルグロスがきっぱりと言い切ってしまう。
は、早い。まったく考慮することもなく、即答で拒絶したね。
「主様にお力を貸していただこうとしている立場にも関わらず、敬語も使えないとか論外でござる。死んで出直せ」
僕が闇ギルドのマスターだとばれないように、他の人が近くにいるときは僕の呼び名を『マスター』から何かに変えてとお願いしていたことを実行してくれるのはいいんだけれど、言い方がきつい。
ルシルはもちろん、他の三人も一歩退いてしまっているじゃないか。
彼を見る限り、かつて勇者をしていたユウトよりも小さい。
ルシルは見たところまだまだ子供だし、僕は全然気にしていないよ。
まあ、ララディのように見た目と実年齢が異なる種族という可能性もあるので、ルシルが子供だと断言するのはまだ早いが。
とにかく、話くらいは聞いてあげてもいいんじゃないかな?
もちろん、ソルグロスが嫌じゃなかったらなんだけれど。
「主様がそう仰るのであれば、拙者の異議はないでござる」
ソルグロスは澄ました顔で、再び僕の斜め後ろに陣取った。
もし、何かあってもすぐに対処できるような位置だ。
何もないとは思うけれど、ソルグロスの心遣いが嬉しい。
「それで、どういう用件か、さっさと的確に話すでござる」
ソルグロスの質問に、何故かルシルたちは辺りを気にする仕草をする。
誰も周りにいないことを確認しても、声を小さくしてひそひそと話し始めた。
「ここじゃあ、誰に聞かれていてもおかしくねぇ。俺たちのギルドに来てもらっていいか?」
「だから、敬語でござる」
ちっと舌打ちをするソルグロス。
ま、まあ、彼女のことは置いておいて、他所のギルドの本部にかぁ……。
ちょっと、行きづらいなぁ。
「貴殿たちがどのような用件で主様のお力を借りたいのかは存ぜぬが、よく知らない者たちのギルド本部に行くわけにはいかないでござるよ」
呆れたようにため息を吐きながら言うソルグロスであったが、まさに彼女の言う通りであった。
彼らがどんな目的で僕たちに接触してきたのかわからない以上、のこのこと彼らの庭に入り込むわけにはいかない。
ここでしなくとも、仲間が大勢いるギルドに連れ込んでから強盗をしないとも限らないのだから。
まあ、彼らの様子を見てそんなことをするようには見えないのだけれど……。
僕たちが普通のギルドの冒険者ならこれほど警戒しなくてもよかったんだろうけれど、僕たち、正規ギルドどころかグレーギルドでもない、闇ギルドの冒険者だからね……。
「ち、違う!俺たちは……っ!」
「ルシル」
すげなく断られたルシルはまだ言いつのろうとするが、四人の中で一番歳を取っていそうな男が彼の肩に手を置いて首を振る。
彼らも、無茶を言っていることは自覚しているのだろう。
男の反応を見て、残念だけれど別れを告げようとしたその時だった。
「頼む!いや、お願いします!俺たちを信じてくれ!」
「る、ルシル!?」
ルシルは膝をつくと、頭をガツッと痛そうな音を立てて地面に押し付けたのだ。
だ、大丈夫か……?
「こ、これは……!?」
ソルグロスが目をハッと大きくさせて驚愕する。
し、知っているのか?
こんな風に聞かなければいけない気がして、その本能に従う。
「これは、DOGEZA!東方で最上位の謝罪方法でござる。存在は聞いていたでござるが、まさか使い手がいるとは……!」
ソルグロスはごくりと喉を鳴らして戦慄していた。
……いや、土下座ってそんな物々しいものだったっけ?
というか、忍者も東方の戦士だよね?忍者の姿をしているのに、見たことなかったの?
それにしても、ここまでされたら断りづらいよねぇ……。
「主様。しかし、怪しいと思うでござる」
悩む僕を見て、ソルグロスがそう進言してくる。
うん。確かに、まだ完全に疑いが晴れたわけではない。
まだ、ルシルたちの目的もさっぱりわからないし、彼らが誘い込んだ冒険者たちを襲うグレーギルドの人間ではないと決まったわけでもない。
しかし、僕には必死に頼み込んでくるルシルのことが、どうしてもそんなことを考える悪い子には見えなかったのだ。
「本当か!?」
僕は、彼らのギルドに行くことを伝える。
すると、四人とも大喜びしていたが、一番笑顔を輝かせていたのは土下座までして頼み込んできたルシルだった。
子供らしい快活な笑みを浮かべている。
……少し前までは、ギルドの子――――ここではソルグロスだが――――を最優先して少しでも危険があるのなら付いて行かなかっただろう。
誰にでも心優しかったユウトに、ほんの少し影響されたのかもしれない。
「主様……」
心配そうにこちらを見上げてくるソルグロス。
いつも僕の陰にいて表情を見せてくれないので、非常に新鮮に感じてしまう。
なに、大丈夫だよ。
もし、何かあっても、君だけは僕が守りぬいてみせるから。
「主様……っ!」
ソルグロスは感激したような声を出す。
うん、大丈夫だ。最悪の場合は、ソルグロスを無理やり『救世の軍勢』の本部に送りつけよう。
……それにしても、ソルグロスの態度がおかしい。
目は潤んでいるし、布に覆われている口はポカンと開いてハアハアと荒い息をしている。
自分の腕で身体を抱きしめて、何か変な動きをしないように押さえつけているようだし。
「主様。拙者、もうたまらないでござる」
うん、何が?
「おーい!早く来てくれよ!」
ルシルがブンブンと手を振って僕たちを呼ぶ。
「ちっ!あの者たちがいなければ今頃押し倒すこともできていただろうに……!」
四人の男たちの元に歩いて行く僕の背中から、そんな言葉が聞こえたような気がした。




