第五十話 晴れの日の討伐
今日もいい天気だ。
普段、ギルド本部に引きこもっていても、天気の具合ぐらいは確認することができる。
しかし、今の天気はとても晴れやかに感じる。
それは、おそらく僕が久しぶりにギルド本部から外に出ているという気持ち的な要因が大きいだろう。
ララディと二人で花畑に出かけて行った後、またしばらく出てこられなかったからな。
皆がやたらと心配して、また外に出られなくなったのだ。
確かに、オークやらオーガやらと戦ったけれど、ララディもいたしユウトやマホたちがいたからまったく問題はなかったんだけれど。
……いや、結果的に勇者パーティーを壊滅させてしまったから、何も問題がなかったというわけではないか。
『ギィィィィィィッ!!』
とにかく、僕はそんな暖かいお日様の下、魔物の討伐に勤しんでいたのであった。
……うーん、どうしてこうなったんだっけ?
「マスター、右でござる」
どこからか聞こえてくる少女の堅苦しい言葉。
その指示に従って右を見ると、今討伐中の魔物――――リザードマンが無骨な剣を握って僕に迫り来ていた。
リザードマンは、簡単に容姿を説明すると人間の形をしたトカゲである。
他には、二足歩行の爬虫類だろうか?
赤い鱗に、光り輝くぎょろぎょろとした目。
長い舌が、時折ひょろひょろと口の外に出てきている。
僕は、とりあえず降りかかる火の粉を払うために、適当に魔力を込めた弾を撃つ。
すると、リザードマンはあっけなく消滅してしまった。跡形もなく。
これは、僕が特別凄いというわけではなく、リザードマンがそれほど強くない魔物だからである。
「流石はマスター。見事な瞬殺でござる」
しかし、この子は僕を恥ずかしいくらいに褒め称える。
僕とリザードマン以外に誰もいなかったはずの空間に、ソルグロスがいつの間にか音もなくどこからか現れて、パチパチと拍手をしてくれる。
それが嫌味に感じないのは、彼女が唯一出している目がキラキラと輝いていることだ。
あれは、純粋に他人を尊敬している人がする目だ。
というか、一応僕はソルグロスの付添という形で付いてきているわけだから、僕ばかり戦っていてもいいのだろうか?
流石に、闇ギルドのマスターが他所のギルドに……それも合法的に認められているギルドに潜入するのは、シャレにならない。
それに、他のギルドには入りたくないと言ってくれた他の子たちを裏切るということにもなりかねない。
だから、ソルグロスが受けた依頼を、一般人協力者である僕が勝手についてきているという形になっているのだが……。
「勿論でござる。拙者は、マスターの勇姿を後ろからじっと観察しているだけでとっても幸せでござる」
ううん?何だか、よく分からない答えが返ってきたぞ?
……まあ、いちいちソルグロスが戦っていないかなんてギルドの人が確認するために付いてきているということもないし、僕ばかり戦っていても問題ないか。
そもそも、協力者なんだから僕が戦わないでどうするんだという話だ。
それに、ソルグロスの支援があるからこそ、リザードマンとはいえこんなにスムーズに討伐ができているのだ。
まったく姿を現さずに、どこから敵が迫ってきているとか教えてくれたり、撃ち漏らした魔物を苦無で仕留めてくれている。
人間よりも嗅覚や気配に鋭い魔物たちが、一切気づくことができない隠密をしているソルグロスは凄い。
熱心に僕のサポートもしてくれるし、何かお礼がしたいな。
「ご褒美でござるか!?い、いや……。拙者、マスターの御姿を陰からじっと見つめていられるだけで十分でござる。し、しいて言うなら、ぼ、房中術の鍛錬を……」
そっかー。ソルグロスは謙虚だなー。
……房中術はダメだよ。僕、君を娘みたいに思っているせいで枯れているし。
身体の大部分を忍び装束で隠しているソルグロスは、唯一確認できる目を何かの感情で燃え上がらせながら、くねくねと身体をひねっていた。
それにしても、こんな魔物の討伐依頼をするのも久しぶりだなぁ。
「い、嫌でござったか?拙者が見たところ、ずっとギルド本部に閉じこもっているのが苦痛のようだったので、お誘いをしたのでござるが……」
シュンと申し訳なさそうに頭を下げるソルグロスに、僕は慌てて手を振る。
いやいや、嬉しかったよ。
少し前に、ララディと二人でちょっとした外出をしたが、本当にそれっきりだったからね。
その後は、引きこもってずっと書類仕事。
もちろん、ギルドマスターとしての職務を放棄するつもりなんてないし、皆のための仕事をすることはまったく苦ではない。
でも、やっぱり申し訳なさがあるんだよね。
ソルグロスたちが命を懸けるような危険な仕事をしているのに、僕は安全なギルドでぬくぬくと仕事をしているというのが、我慢ならない。
今回のように、僕にもたまには仕事をさせてほしいかな。
……でも、僕が外の出たがっているって、ソルグロスはよく分かったよね。
常時笑顔を心掛けている僕の感情を読み取ることなんて、なかなか難しいことだと思うんだけれど。
「ふふ。拙者はいつもマスターを見ているでござるから……」
布の上からでも、ソルグロスがどこか陶酔したような笑みを浮かべていることが分かった。
ああ、そうなんだ。
……一瞬、背筋がゾクリとしたのはどうしてだろうか?
「さ、マスター。まだ、依頼の討伐数には達していないでござる。次のリザードマンの群れを探してくるでござる」
いつの間にか、リザードマンの鱗を切り取っていたソルグロスが提案してくる。
手が血まみれにしながら笑いかけてくる彼女は、何だか凄い迫力があった。
でも、ソルグロスの言う通り、頑張らないと。
今は、他のギルドにお邪魔させてもらっているし……。相手は闇ギルドのメンバーなんて絶対に受け入れたくないだろうけれど。
許可も得ていないし、ばれたら絶対に襲われるだろうなぁ……。
僕とソルグロスは、『救世の軍勢』にきた依頼を受けているというわけではない。
闇ギルドには、今している魔物の数を間引きするような討伐依頼はほとんど来ない。
そういうのは、正規ギルドやグレーギルドに集まって、まだ経験の浅い駆け出しメンバーなどが鍛えるために受注されることが普通だ。
対して、闇ギルドには非合法な殺人依頼やら、正規ギルドではどうにもならないような超危険種である魔物の討伐、果ては凶悪な犯罪者を捕まえるような依頼が来る。
闇ギルド自体が違法なのだから、やってくる依頼だって胸を張れるようなものではないことが多い。
まあ、基本的にそういう依頼は僕が省いちゃうんだけれど。
でも、そうしていると、うちにやってくる依頼数は非常に少なくなってしまう。
闇ギルドに依頼を出すくらいだったら、犯罪すれすれの行為もするグレーギルドの方がまだマシだからね。
だから、たまーに素性を隠して他のギルドに紛れ込める子は、お邪魔させてもらっているのだ。
大体のギルドには、サービスの良いことにお試し期間なんてものがある。
その期間でそのギルドで仕事をして、いいと思えたらそこに加入する。
だけど、うちは一時的にとはいえ他のギルドになんて入りたくないという子が多いので、基本的に報奨金の多い危険な魔物討伐で稼いでいる。
だからこそ、僕の申し訳なさがどんどんと増していってしまうのだ。
……でも、この子たちに殺人依頼なんて非人道的な依頼をさせられないしなぁ。
「マスター?」
黙り込んでいた僕を見て、何かあったのかと心配そうな目で見つめてくるソルグロスの頭を撫でる。
今日は、僕も一生懸命頑張るから、よろしくね。
「ど、どどどどうしたでござるか!?拙者、褒められるようなことをしたでござろうか?……はっ!ついに、マスターが拙者の魅力に気づいて手を……!?」
まるで、クランクハイトのようにあわあわと口を懸命に動かすソルグロスに、僕は苦笑してしまう。
君が魅力的なのは全面的に同意するけれど、娘みたいな子に手は出さないよ。
さて、依頼された討伐数まで、頑張ろうか。
「了解でござる」
僕とソルグロスは、気合を入れなおして依頼に取り組むのであった。




