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【書籍化】闇ギルドのマスターは今日も微笑む  作者: 溝上 良
第三章 勇者パーティー編
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第四十三話 できるよ

 









 久しぶりに戦闘をしたが、案外身体は覚えているものだ。

 ララディが舐めてかかったせいで、オーガに思わぬ反撃を受けたので思わず助けざるを得なかった。


 やっぱり、娘みたいなララディにはできるだけ傷を負ってほしくないもんね。

 しかし、いくら油断していたとはいえ、ララディをあそこまで追い込んだあのオーガは異質だった。


 僕の知識よりも全然強かったし……特異なオーガだった。

 まあ、僕でも何とかできる程度の強さだったし、それこそ本気になったララディと戦えば一分も持たないだろう。

 気を付ける必要もないかな?


「はぁ……。もう、わけのわからないことが一瞬で起きすぎよ。マスターも、信じられないくらい強いし……」


 マホが心底疲れたとため息を吐く。

 彼女は苦楽を共にした勇者パーティーメンバーのうち、二人をここで失ったのだ。

 精神的にヘトヘトになっていてもおかしくない。


「ロングマン……。メアリー……」


 ユウトもまた、疲れ切った顔をしている。

 じっくりと見るまでもなく、マホよりもその疲労は激しそうだ。


 ユウトは優しいし、パーティーのリーダーとしての責任感があったから、色々とため込んでしまっているのかもしれない。

 その二人を殺してしまったララディの上司としては、申し訳なく思う気持ちがないわけではない。


 だが、言い方は悪いけれど先に仕掛けてきたのはロングマンたちだし、ララディは狙われる僕を守るために戦ってくれたのだ。

 謝罪するとそんな彼女の行為を無駄にすることになってしまう。


 だから、言葉にはできないけれど、心の中でだけ謝罪しよう。ごめんね。

 それに、ララディのことも少し心配だ。


 極々短い間とはいえ、同じパーティーだったロングマンとメアリーをその手で殺したのだ。

 精神的にまいってしまっていることも……。


「マスター!!」


 ぐぇ。

 そんな僕の心配を吹き飛ばすように、ララディが抱き着いてくる。


 幸い、彼女の強力無比な能力と違って、彼女自身はそれほど強い力を持っていないので、リッターやリースが甘えてくることに比べれば容易く受け止めることができた。

 あの子たちの抱き着きアタックは、僕の骨がギシギシと悲鳴を上げるんだよね……。


「マスター!今は、あんなゴリラ共のことは考えないでほしいです!」


 僕の考えをナチュラルに読んだね、ララディ。

 それに、二人のことをゴリラ呼ばわりもなかなか酷いと思うよ。


「ララ、頑張ったですよ!マスターに逆らう愚か者をやっつけたです。忠実なララは、ご褒美がほしいです!」


 ララディの言葉に、マホとユウトがピクリと反応する。

 ただ、ユウトは『愚か者』のところで反応し、マホは『ご褒美』のところで反応するという違いはあったが。


 い、今二人を刺激するような過激な言動は控えてね、ララディ?

 せっかく僕たちの味方をしてくれたのに、戦わないといけなくなったら嫌だよ。

 とにかく、彼らを挑発するようなことを言えなくするためにも、僕はふわふわの髪を撫でるのであった。


「にゅふふー」


 ララディは頬を染めて気持ちよさそうに目を瞑る。

 よし、誤魔化せた。


「それにしても、マスター格好良かったです!守られることがあんなに気持ちいいことだったとは、ララ知らなかったです」


 僕の身体を指でぐりぐりと弄りながら、照れた様子で言ってくるララディ。

 い、いやー、そうかな?

 娘みたいなララディにそう言われると、凄く嬉しい。褒められる父の気分。


「ララもご褒美をもらったですから、マスターも幸せにならないとですね。いいところを知っているです。ちょっと植物の中に入ってくれるだけで、マスターに幸せが待っているですよ」


 ララがドロドロとした目で熱心に誘ってくれる。

 へー。植物の中に入るだけで幸せになれるの?


 それって、違法薬物みたいな危ない成分とかで幸せになるとかじゃないよね?

 そ、それに、何だか目が怖いんだけれど……。


「これから、どうしたらいいのかな……?」

「ちっ……邪魔を……」


 ぽつりとユウトが呟き、僕の目が彼に引き付けられる。

 ララディが小さく何かを言っていたが、僕の身体に顔を押し付けたためうまく聞き取ることができなかった。

 ユウトたちのパーティーはロングマンとメアリーの二人を失い、最早今までと同じような活動はできないだろう。


「私はもう勇者を続ける気はないわよ。『王子派』だか何だか知らないけど、王国の騎士が私たちを殺そうとしてきたのは事実だわ。こんな奴らのために、魔族と命を懸けて戦うなんて、絶対にごめんだわ」

「マホ……」


 マホは周りに散らばっている数々の死体を見ながら、吐き捨てるように言う。

 だが、裏切られたと言ってもいい彼女の目には、怒りや恨みといった感情はなく、ただ悲しみだけが宿っていた。

 ツンツンとしていて分かりづらいが、やっぱり優しい子だ。


「あんたはどうするの、ユウト?まだ、王国に都合のいい勇者を続けるつもり?」

「僕は……」


 マホに聞かれて、ユウトは一瞬のためらいのあと、口を開く。


「僕はいったい何のために戦うのか、戦うべきなのか、わからなくなったよ……。少し、考える時間を作ろうと思う……」


 ユウトもまた、勇者の活動を停止すると宣言した。

 そうか……。この決断が未来にどのような影響を与えるのかはわからないけれど、僕は悪い選択ではないように思うよ。


 それにしても、これで勇者パーティーは文字通り全滅かぁ。

 王国も勇者が帰って来ないとなるとその異変にすぐ気が付くだろうし、王国騎士を派遣していることから僕たちのギルドが関係していることはすでに知っているだろう。


 ……これは、ただでさえ仲の悪いうちのギルドと王国が、さらに険悪になることは避けられないだろうなぁ。

 まあ、ロングマンたち勇者パーティーとグレーギルドと一緒に、先に仕掛けてきたのはあちら側なんだし、絶対に引かないけれど。


 僕だけならばまだしも、今回のララディのように、娘のように思っているギルドのメンバーが狙われるのであれば戦おう。

 決意も新たにした僕は、ふと疑問に思ったことを口にする。


 勇者という役目を放棄するマホやユウトは、これからどうするのだろうか。

 僕とララディには帰るべきギルドがあるけれど、彼らはどうなのだろうか?


「本当に帰りたい家は世界が異なるから帰れないし、王国にはもうコリゴリよ。どこかのギルドに入って、面倒を見てもらうわ。一応、勇者パーティーの魔法使いだったんだから、他の人よりは戦えるだろうし」


 なるほど、マホの考えは非常に現実的だ。

 ギルドは王国だけではなく、それこそ世界中に星の数ほど存在する。


 王国のギルドならマホの素性は知られているだろうが、他国のギルドなら簡単に受け入れてもらえるだろう。

 見た目も可愛らしいし、戦力としても申し分ないということが分かれば、引っ張りだこになるのではないだろうか。


 僕が彼女の考えに納得してうんうんと頷いていると、マホが何かを言いたそうにもじもじと身体をひねる。

 うん?何かあるのかい?


「あ、う……」


 僕が聞くと、しばらくあうあうと口を開閉させたあと、何か覚悟を決めた顔を見せた。


「よ、よかったら……なんだけど……」


 うん。


「私を、マスターのギルドに入れてくれない……?」

「はぁっ!?」


 マホが頬を染めながら言ったことに、僕は目を丸くする。

 ララディも驚いているのか、凄い声を出す。


 僕のギルドって、闇ギルドだよ?

 王国からは目の仇にされているし、正規のギルドやグレーのギルドからもやたらと敵対視されているよ?

 そのことを、ちゃんと分かっているのかな?


「勇者パーティーから抜けるって時点で、王国と仲良くなんてできないわよ。それに、どうせなら、私たちをこき使った挙句にポイ捨てしようとしたあいつらに嫌がらせもしたいしね」


 片目をぱちりと瞑って、悪戯そうに笑うマホ。

 ふふ、負けん気が強い子は嫌いじゃないよ。

 そうだねぇ。ちゃんと闇ギルドであることも理解しているようだし、マホならうちのギルドに入れてもいいかなぁ……。


「ダメです」


 うわっ。

 そんな風に考えていると、僕の前でララディが両腕を交差させてバッテンを作り出す。

 あまり立つことに慣れていないのに、ピョンピョンとジャンプまでするからフラフラしている。


「な、何でよ!?」

「はんっ!マスター狙いのブタは、もう十分です」

「そ、そういう訳じゃないし!それに、あんたが決めることでもないでしょ!?」

「マスターがわざわざ判断をするまでもないです。ララが見極めてやるです。お前、不合格」

「ふざけるなぁっ!!」


 僕の目の前で、激しい口論が繰り広げられる。

 ララディは色々と言っているが、彼女がギルドメンバー以外にこれほどの感情を露わにしたことはあっただろうか?


 何だかんだ言って、二人は仲良くやれそうだ。

 僕は微笑ましく思いながら、彼女たちを見る。


 マホは、うちのギルドに新しい風を入れてくれそうだ。

 ララディもああ言っているけれど、僕が認めたら文句は言ってもそれ以上反対はしないだろう。

 僕はそう思いながら、まだ何も言っていなかったユウトを見る。


「僕は……そうですね。旅でもして、見聞を広げようと思います。本当は、マホと同じように元の世界の家に帰ることができたらいいんですけどね」


 ユウトが寂しそうに笑って言う。

 彼の実力なら、降りかかってくる旅の危険も振り払うことができるだろう。

 ……あれ?そういえば、以前マホの気持ちをぶつけられた夜に、彼女に言うことができなかったことがあったような……。


「もう!できないことを言っても仕方ないでしょ!」

「待つです!まだ、ララは認めてねーですよ!」


 小柄なララディを引きずりながらやって来たマホは、ユウトを叱咤する。

 そんな彼女に苦笑するユウト。


「そうだね。……うん、マホの言う通りだ。なんだったら、僕は元の世界に帰る方法を探す旅をしようかな」

「ええ!その意気よ!」


 ようやく少し元気が出てきた様子のユウト。

 うんうん、良いことだ。マホの明るさが、彼を救ったね。


 友情の尊さを改めて実感していた時、僕の頭の中にふっと何かが下りてくる。

 あ、思い出した、言いたいこと。

 僕は、マホとユウトを呼んで伝えることにした。


 ―――――できるよ。


「……え?」

「な、何を……?」


 主語を抜かして僕が言ってしまったから、二人は何のことやらと首を傾げている。

 ああ、ごめん。早く伝えてあげたくて、ついつい大事なところを抜いてしまった。

 もう一度言うね。


 ―――――君たちを元の世界に戻してあげられるよ、僕。


「―――――!?」


 しばらく間が空くと、ユウトとマホ、それにララディの絶叫が森中に響き渡ったのであった。



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