第四話 リースとリッター
「ここから先は行かせられないぞ」
ララディとソルグロスによって一つの部隊が壊滅していたころ、他の進路から闇ギルドに向かっていた舞台にも動きがあった。
この部隊の前には、一人の女が道を塞ぐように立ちはだかっていた。
「貴様、闇ギルド『救世の軍勢』のギルドメンバーか?」
「ああ、そうだ」
女は闇ギルドに所属しているだけで死刑になってもおかしくないというのに、隠すどころか誇らしげに頷いた。
ツインテールに結ばれた髪の間から、二本の立派な角が生えていた。
「闇ギルドには、魔族の構成員もいるのか?」
「ああ。というか、人間以外の方が多いぞ、うちのギルド」
「……随分とあっさり答えてくれるんだな」
ほとんど情報が入ってこない闇ギルドである『救世の軍勢』。
これまで何度も王国やギルドが情報を得ようと刺客を送り込んだが、徹底した情報統制でほぼまったく情報は入ってこなかった。
大抵の刺客は帰ってこず、帰ってきた場合も二度と仕事に復帰することはできない程度に痛めつけられていた。
この討伐依頼に書いてあったギルドの場所も疑わしかったが、この女が『救世の軍勢』のメンバーだと言うのだから、この情報は正しかった。
しかし、情報が貴重であることは間違いなく、その貴重な情報をペラペラとメンバーが答えることに疑問を持った。
「ん?だってなぁ……」
おかしなことを聞くんだな、と苦笑いする女。
「ここで死ぬ奴らに、何を言ったって問題ないだろう?」
「―――――!?」
自分から何十メートルも離れていたはずの女が、いきなり目の前に現れた。
その顔は端正に整っていて、今まで見たことがないほどの美人なのだが、この異様な身体能力の高さにそういった感情が浮上してくることはなかった。
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
男の隣にいた部下の騎士が、気合とも悲鳴ともとれる雄叫びを上げて剣を振りかぶる。
女に武器を向けるというのは王国騎士としてあまりよろしくない行為だが、相手が闇ギルドのメンバーとなれば話は別だ。
騎士の振り下ろす剣の先には、女の頭がある。
強靭な筋力で振り下ろされた剣は、女の頭を容易く変形させるだろう。
「おっと」
「なっ!?」
そんな予想は、あっさりと裏切られてしまう。
ギィンッと固いもの同士がぶつかり合ったような鈍い音が響き渡る。
騎士が振り下ろした剣は、女の腕によって受け止められていた。
「け、剣が……っ!!」
さらに、信じられないことに剣にヒビが入ったと思うと、次の瞬間にはあっけなく砕け散っていたのである。
「お返しだ」
「ぎゃぁっ!!」
女の鋭い蹴りが、剣を砕かれて呆然としていた騎士の腹に叩き込まれた。
頑丈なはずの鉄の甲冑は、その一撃で無残にも粉々になってしまった。
男よりも非力なはずの女の蹴りは、屈強な騎士を簡単に吹き飛ばしたのであった。
「どういうことだ!?何故、腕を剣に斬られても無傷なんだ!?」
「種族的に頑丈なんだよ、私は。まあ、これのおかげでマスターを守ることができるんだけれど」
ニヤリと誇らしげに笑う女。
その表情も、とても美しかった。
「さて、マスターを狙ってくるお前たちは、ここで死んでもらわないといけないんだ。悪いけれど、受け入れてくれ」
そう言い終えると、女は王国騎士やグレーギルドのメンバーに襲い掛かった。
男たちが剣や甲冑で物々しく武装しているのに対して、女は無手で何も持っていない。
どちらが有利かは、一目でわかる。
だが、戦いは女が一方的に騎士やギルドメンバーを殴り飛ばしていた。
荒事に慣れているはずの屈強な男たちが、線の細い女に素手で圧倒される。
殴られると、血反吐を吐きながら地に沈む男たち。
「くそっ!!」
「……大丈夫?」
「り、リッター様!?」
悪態をつく騎士に届く、無感情な声。
それは、この場にいるはずのない女騎士、リッターのものだった。
「何故、あなたがここに……?いえ、リッター様がいてくだされば、あの化け物女も敵ではありますまい!」
討伐隊にいなかったことは不可解だが、今はそんなことを気にしているときではない。
それに、リッターがいることは歓喜こそすれ悪いことではない。
彼女の高い能力なら、今も討伐隊を次々と殴り地面に打ち倒している角女を倒すことができるかもしれない。
リッターはなにを考えているかわからない鉄仮面の女だが、その実力は王国騎士の中でもトップクラスである。
悲壮な覚悟を決めていた男であったが、希望が見えてきた。
「……?何を言っているの?」
「え……リッター様?」
キョトンと不思議そうに首を傾げるリッターは、男の顔をじっと見ていた。
男も何を言われているかわからず、疑問符を浮かべるが……。
「―――――」
男がかろうじて見ることができたのは、リッターが鋭い剣筋で自分に斬りかかってきたことだった。
男の首は、リッターによって見事に切断されていた。
ポカンとした表情のまま、地面に落ちる男の首。
「おー、お疲れ、リッター。……ん?どうした?」
「……うん。リースに話しかけたんだけど、この人が答えて驚いた」
リッターが殺した男以外の討伐隊を全滅させた女―――リースがリッターを労う。
お前のためにやったんじゃねえよと心の中で思いながらも、相変わらずの無表情を見せるリッター。
「いやー、しかしリッターも容赦ないな。厳密には違うけれど、同僚だろ?」
「違う」
首を飛ばされた男を見てリースが言うと、リッターは強く否定した。
物静かで大人しい部類に入る彼女からは、なかなか見ることのできない強い反応だった。
リッターは瞳の中に怪しい光を灯して言う。
「マスターに手を出そうとする奴なんて、蛆虫以下の存在」
「それは、分かるけどな」
「一撃で終わらせてあげただけ、私は人道的」
マスターに危害を加えようとして、苦しみを与えずに死なせてあげたリッターはまだ優しいだろう。
今頃、ソルグロスに捕まってしまったあの男は、脳みそをかき回される地獄を味わっているのだから。
リッターは自分が落とした首をヒョイと持ち上げる。
「それを、どうするんだ?埋葬でもしてやるのか?」
「ううん。これをマスターに見せて、褒めてもらう」
リッターの心の中では、首を持って行くと大喜びしたマスターがご褒美と称して閨に引きずり込んでくれるところまで妄想していた。
頬がポッと赤く染まり、下腹部が熱くなる。
大丈夫。いつ求められてもいいように、しっかりと準備はしている。
「いや、褒められないんじゃないか?」
血だらけの男の首を渡されて、困ったマスターを思い描いて笑うリース。
まあ、褒めてと言ったら褒めてくれるんだろうけど。
リースもまた妄想に入った。
自分の角を優しく撫でながら、マスターが暖かく抱擁してくれる。
そして、そのままベッドイン。
…………。
「……リースも持って行くの?」
「い、一応な」
この後、男たちの首を届けられたマスターが心の中で絶叫したのは余談である。