第三十九話 オーガオーガオーガオーガ
そんな最悪の空気の中、口を開いたのは心底どうでも良さそうに勇者パーティーのいざこざを見ていたララディであった。
最初はいつ終わるのかと話を聞いていたが、長くなったのでマスターにじゃれついて遊んでいた。
……が、そろそろ気持ちの悪い人間どもに取り囲まれることにいらだちを覚え、辛辣な言葉を口にしたのであった。
「ララディちゃん、口の利き方には気をつけろよ。これから、簡単に死ねなくなっちゃうぜ?」
ロングマンは周りを囲むグレーギルドと王国騎士を見せびらかすように両腕を大きく広げる。
しかし、そんなことはララディに対してまったく意味を為さない。
雑魚がどれだけ集まろうと、並外れた強者には勝てないのである。
「その心配をするのは、お前たちの方ですよ」
ララディがそう言ってニヤリと笑う。
すると、彼女の右の頬にうっすらと黒い線が現れた。
それはどんどんと濃くなっていき、形も複雑になっていく。
そして、ついにはあるギルドの紋章を作り出したのであった。
「それがあの……」
ごくりと、マスターたちを取り囲んでいた中の一人である王国騎士が息を飲む。
王国から闇ギルドとして登録されている数少ないギルドで、正規ギルドのみならずグレーギルドにも常に討伐依頼が申し込まれている最悪のギルド。
―――――『救世の軍勢』。
最悪のギルド称される闇ギルドの中で、最も知られておらず、知っている者からは悉く恐れられている闇ギルドの紋章であった。
「は、ははっ!ビビってんじゃねえよ!おら、俺たちには『これ』があるだろうがぁっ!!」
ロングマンはララディの雰囲気ががらりと変わったことに、ゾクリと冷や水をかけられたような錯覚に陥る。
さらに、冷や汗も止まらないが、自分たちには強力な手管があることを思い出して声を張り上げる。
ロングマンの言葉を合図ととらえたグレーギルドのメンバーが、魔法陣を展開するとそこから甲高い音が鳴り響いた。
「うっるせえです!迷惑を考えろ!……です」
マスターと自分以外はどうでもいいという考えの元、他人の迷惑を一切顧みないララディが『お前が言うな』と言われるような言葉を吐き捨てる。
その言葉の後、ドスドスという音と共に複数の『あの魔物』が現れた。
「う、嘘でしょ……?」
マホはその魔物を見て、顔面を蒼白にする。
それもそのはず。その魔物には、先ほど手も足も出なかったのだから。
『ゴァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!』
魔物―――オーガは一斉に咆哮を上げる。
その数は四体。四方からのっそりと現れて、マスターやララディをギロリと睨みつけている。
「ど、どうしてオーガが……。倒したんじゃ……」
「あのオーガは、こいつらが使役していた魔物だったんだよ」
呆然と呟くマホに、ロングマンがせせら笑いながら教える。
「魔物が人に従うことなんてないはずだ……」
今度は、ユウトが問いかける。
これは、この世界の常識であり、メアリーに教えられたことでもあった。
彼女に目を向けると、今まで散々見てきた穏やかな目ではなく、強い怒りを孕んだ目を返してくる。
「その通りです。でも、何事も抜け道というものがあるんですよ」
「こいつらは、生贄をささげて召喚した魔物だから、俺たちに従っているんだってよ!まあ、それでも今日限りしか操れないらしいがな」
メアリーの後を無理やり引き継いで、ロングマンが話す。
どうしても、話がしたくてたまらない様子だ。
マホは聞き捨てならない言葉を見つけ、もう一度聞き返す。
「い、生贄……?」
「ははっ!オーガみたいな強力な魔物を、一日限りとはいえ操ることが何の犠牲もなしにできるわけねえだろ?しかも、お前らが倒したオーガを含めれば五体。そりゃあ、生贄くらい必要になるって」
平然と最低なことをのたまうロングマンを見て、マホはすでに彼女の知っているロングマンはいないのだと悟ってしまった。
確かに、彼のことは好きではなかったが、決してこのような悪逆非道なことはしなかった。
性格をここまで悪化させるほど、ユウトに嫉妬していたのだろうか?
「あんた……っ!もしかして、生贄って……」
「おうよ!あの村に元々住んでいた奴らだよ。オーガ一体を一日操るのに、大体二十人くらいかなぁ。マホ、お前みてえな優れた魔力を持っていたら、もっと数を少なくできたかもしれねえけど、所詮何もできねえ雑魚だったからな」
最悪の返答に、ロングマンとマホの会話をおぼつかない意識の元聞いていたユウトは、頭がふっと遠くなってしまう。
マホはユウトのように、別に異世界の人々のために戦っていたわけではない。
だから、怒りこそ覚えても、それほど大きなショックは受けなかった。
しかし、ユウトは違う。
彼だってマホと同じように、いきなり異世界に召喚されて魔族と命がけて戦わされて、激しく精神を消耗していた。
そんな彼が消耗の対処としてしたことが、何の罪もない異世界の人々を助ける自分を作り上げることである。
その守るべき人々を殺されて、ユウトはロングマンに立ち向かう気力すら失ってしまった。
「はははっ!軟弱だなぁ、勇者様よぉっ!やっぱり、俺が勇者をしていた方がよかったじゃねえか!なぁっ!?」
ロングマンは膝をつくユウトを見て、マスターたちを囲むメンバーに問いかける。
そうすると、笑い声が響き渡った。
天使教以外の信者がいると思い込んでいるメアリーもどこか頭のねじが吹っ飛んでしまったようで、クスクスと笑っている。
「こ、こんなのって……っ!!」
マホは歯を強く噛みしめて、ロングマンとメアリーを睨みつける。
少し前まで、ユウトは勇者パーティーを引っ張って積極的に前衛に立ち、自分たちを助けてくれた勇者である。
そんな彼に、そこまで言うのか。彼のことを、笑うのか。
マホは怒りを覚えずにはいられなかった。
「あんたたち、絶対に許さないわよ!!」
「はっ!ここで死ぬんだから、後なんてねえよ!許す許さないの問題じゃねえしな!」
マホは燃え上がるような怒りを覚えながらも、少なからず残っていた冷静な部分がロングマンの言葉を肯定していた。
もし、ユウトではなく、マスターが笑われていたらどうだっただろうか?
恥ずかしいところ―――精神的な意味で―――を見せたとはいえ会って数日であるマスターよりも、それなりの日数を一緒に過ごしてきたユウトを笑われた方が怒るはずである。
だが、現在マホの中でのマスターは、ユウト以上に大きくなり始めていた。
烈火のごとく怒り、魔法を乱射していた可能性すらあるほどだ。
さて、ロングマンの言葉だが、確かに四体のオーガに囲まれて無事に逃げられるとは到底思えなかった。
オーガ一体ですら、ララディがやらなければマホたちは倒すことができなかったのだ。
ララディも、いくら強いとはいえ四体のオーガを同時に相手をして、勝てるわけではないだろう。
悔しいが、マホは歯を噛むしかなかった。
「マスター。あなたに逢えてよかったわ。もし、ここで私が死んでも、あなただけは絶対に守ってみせるから」
マスターの近くに寄り、決意を固めた目で彼の碧眼を覗き見る。
たとえ、マスター(とついでにララディ)が闇ギルドに所属している人間だとしても、マホは彼らの味方をすることに決めた。
すでに、オーガとの戦いで魔力はほとんど尽きてしまったのだが、ひねり出せばいくらかの魔法は使えるだろう。
悲壮な決意を固めていたマホであったが、それをララディが一笑の元に切って捨てる。
「はっ!ララとマスターは、お前なんかに助けてもらうほど落ちぶれてないです」
「そんなこと言ったって、相手はオーガが四体にロングマンとメアリーの勇者パーティー、グレーギルドと王国騎士よ?いくら、あんただって一人じゃあ厳しいでしょ?」
マホはララディが強がっていると思ってため息を吐く。
そう、相手はオーガだけではない。
防御の硬いロングマンや怪我を癒すことのできるメアリーがいるし、グレーギルドや王国騎士は戦闘に慣れた猛者たちだろう。
マスターにちょっと気を許してからやたらとマホに辛辣になったララディであるが、今はそんなことを言っている場合じゃないでしょと説得するマホ。
だが、彼女は知らなかった。
ララディは、別に強がって一人でやると言っていたわけではないことを。
「はぁ……。ララが……というより、マスターの手足である『救世の軍勢』のメンバーが、こんな雑魚に負けるはずないですよ」
ララディはその愛らしい容姿からはかけ離れた獰猛な笑みを見せる。
そして、次の瞬間ドゴォッと巨大な音を立てて地面が大きく割れて、地面を揺らす。
「うぉぉっ!?」
ロングマンやマスターたちを囲んでいた者たちの驚きの声が響き渡るのと同時に、ララディの声が騒がしいこの場でもすっと通った。
「ララは『救世の軍勢』所属のギルドメンバー。その仕事は、マスターの前に愚かにも立ちふさがる大馬鹿者を、植物の養分に変えることです」
「冗談だろ……?」
ゴゴゴゴゴ……と重たげな音がして、ロングマンの首はどんどんと反っていく。
それは、空へと伸びていくララディを目で追っていたからだ。
ロングマンの前には、巨大すぎる植物と下半身を一体化させたララディがいた。
先ほどまで人の肌色をしていたのだが、今ではすっかりと薄い緑の色へと変えている。
身体に纏っていたふんわりとした衣服は全て脱がれており、慎ましながらも確かな凹凸が感じられる肢体を惜しげなく披露していた。
もちろん、大事なところはバッチリと植物で隠されていたが。
余談だが、マスターの位置からは胸部の膨らみやら蕾やら、さらには薄いながらも張りのありそうな臀部までバッチリと見ることができていた。
そんな扇情的な姿を見ても、マスターは娘同然のララディに欲情することなく、ニコニコ笑顔のままだが。
ちらっとマスターの反応を覗き見て、がっくりとうなだれるララディ。
「あ、ちなみにララは人間じゃなくて、アルラウネ……魔族です。よろしくはしないです。さっさと死ね」
やる気なさそうに、ララディはそう宣言するのであった。
そんなララディを見て、マスターは思っていた。
―――――何で力を使うと、露出度が急上昇するんだろう?




