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第三百六十七話 最期の会話

 










「ララディ」

「な、何です?」


 僕が声をかけると、ちょこちょこと寄ってくる。

 そう言えば、昔よりも歩くことがそれほど困難ではなくなっているようだね。


 アルラウネという種族上、歩行が得意ではなかったララディ。

 それでもちょこちょこと後ろを付いてくる姿は、とても愛らしかった。


「ララディは小さな身体で、元気だよね。ヴァンピールと並んで、ギルドを明るくしてくれた」

「て、照れるです。……ヴァンピールと同列扱いは少し嫌ですけど」

「ただ、少し物言いが率直すぎるね。その素直さは君の美徳だけれども、それでは余計ないざこざを招いてしまう。少し、心の中に留めることも努力してほしいな」

「……善処するです」


 ララディの良い点と悪い点を言う。


「……本当にララの前から消えちゃうですか?」


 まるで、捨てられる子犬のような潤んだ目を向けられる。

 うっとなってしまうが、こればかりはどうしようもない。


「また、すぐに戻ってくるから。それまで、頑張ってくれるね?」

「……嫌ですけど、帰ってきたらいっぱい甘えていいですか?」

「もちろん。その時は、ララディのエリクサーをもらおうかな。あれはとても美味しいからね」


 そう言うと、ララディは薄く笑って近寄ってきたので、ゆっくりと抱きしめる。

 小さな身体とふわふわの髪の感触は、しばらく忘れられないだろう。


 涙が零れ落ちているのはとても心苦しいけれども、次に目を向ける。

 次に目を向けたのは、目元以外を布で覆い隠しているソルグロスであった。


「君はいつも冷静だね。それが、僕にとってはとても助けになったよ」

「ストーカーは感情を荒げてはいけないでござるからな」


 ストーカーの自覚はあったんだね、よかった。


「……でも、悲しいのは事実でござる。拙者がスライムでなければ、目からボタボタと涙が零れ落ちていたでござるよ」


 スライムは液体で構成された魔族だ。

 毒液をも自在に操ることができるソルグロスは、涙をコントロールすることなど容易なのだろう。


「……ソルグロスは情報の面でギルドを支えてあげてほしいかな。情報はとても大事だ。とくに、うちは闇ギルド認定されて敵も多いだろうから、君の機動力や情報網がとても重要になってくるだろう。頑張ってほしい」

「善処するでござる」


 ソルグロスは頷くと、すすすっと寄ってきた。

 そして、口元の布をずらすと、プルプルの唇を僕の顔に寄せてきて……。


「拙者、近頃房中術を学んだでござる。マスターが戻ってこられたとき、是非お試しいただきたいでござる」

「ダメです」


 とんでもないことをニヤリと笑って呟くソルグロス。

 僕が君たちに対して持っている親心って、知っている?


 次に目を向けたのは、女騎士然としたリッターだ。

 普段無表情であるが、その中にはちゃんと感情があることは知っている。


 今のように、悲しそうに眉を歪めていることは珍しいが。


「リッター」

「やだ」


 とりつくしまもない。バッサリと切り捨てられてしまう。

 普段のリッターの性格からは、僕の話を聞くまでもなく拒絶するだなんて考えられないことだ。


「リッター」

「やだ。マスターがどこかに行くのは、やだ」


 ギュッと強く手を握ってくるリッター。

 ……この子が一番子供っぽいかもしれない。


 うーん……困った。どうして納得してもらおうか。

 今回ばかりは、僕の力が原因なのだから、僕自身がどうこうすることもできないのだ。


「すぐに戻ってくるから。少しの間だけ、我慢してくれるかな?」

「……やだ」


 あぁ、リッターの目から涙がこぼれそう……。


「そうだな……戻ってきたときは、なんでも言うことを聞こう。だから、少しだけ頑張ってほしい」

「……なんでも?」

「うん」


 まあ、リッターなら無理難題は言わないだろう。

 ……手料理を食べてほしいとかだったら、エリクサーを用意する必要があるかもだけど。


 リッターも、僕が消えてしまうということが確定事項であることは分かっているのだろう。

 まったく納得している様子は見せないものの、彼女は小さく頷いてくれた。


「そういえば、サタンの力を解放したようだね。昔のトラウマとかもあるだろうに、よく成長したね。頑張ったね」

「……うん。そのこと、帰ってきたらまた褒めてほしい」


 黒髪を撫でながら言うと、心地よさそうにしながら頷くリッター。

 強大な悪魔であるサタンの力を、短時間とはいえすべて出すことができたのは素晴らしいことだ。


 この子がいれば、ギルドも戦力的な意味では大丈夫だろう。

 そう思い、次に目を向けたのはヴァンピールであった。


「ヴァン――――――」

「嫌ですわー!!」


 ……僕の声がかき消された。

 リッターも僕の言葉を聞く前に拒否していたけれども、静かに否定するものだからまだよかった。


 だというのに、こんなに元気に否定されてしまっては苦笑しかできない。


「嫌ですわ、嫌ですわ!どうしてマスターがわたくしの前から消えてしまわなければならないんですの!?」

「力使いすぎたから。あと、ダメージも結構もらっちゃったから」

「んまっ!!」


 この子、僕の話をろくに聞いていなかったな。


「よく見れば、マスターボロボロですわね。大丈夫ですの?……ちょっと血がおいしそうですわ」


 ヴァンピールが言っているのは……ボジェナに斬りつけられた傷かな。

 この期に及んでじゅるりとよだれを啜っている彼女は、いつも通りで安心してしまう。


 ……そうだな、最後だし。


「最後に血を吸うかい?」

「いただきますわ!!」


 僕が提案すると、ヴァンピールはすぐさま抱き着いてきた。

 そして、傷口からペロペロと血を舐めはじめた。


 おぉ、吸血はしないのか。

 この光景を見て、殺気立つ『救世の軍勢(イェルクチラ)』メンバーたち。が、我慢して。


「ふぅ、流石はマスターの血ですわね。美味しいですわ!」

「そう、よかった」


 うむむ……なんだか不完全燃焼。

 いや、吸血されたいだなんて思ったことは一度もないけれども、なんだかなぁ……。


 いつも、グイグイと吸血を求めてくるので、少し不思議な感覚だ。


「ねえ、マスター」


 そんなことを思っていると、ヴァンピールが話しかけてきた。

 その顔は、おバカをしている普段では見られないような、やけに色っぽい表情であった。


「あなたが戻ってくるまで、わたくしはずっと待っていますわ。真祖の吸血鬼ですもの、百年くらいあっという間ですわ。……ですけれど、できるだけ早く戻ってきてくださいまし。その時まで、吸血はお預けしておきますわ」


 ヴァンピールはそう言って僕の頬にキスをして離れて行った。

 ……え、あれヴァンピール?偽物じゃない?


 いや、昔出会った当初のヴァンピールの側面が出たような……。


「うぎゃぁぁぁぁっ!!なにするんですのぉっ!?」

「うるせーです!!」


 ぼーっと見ていると、ヴァンピールはララディの植物に食べられていた。

 よかった、いつも通りだ。


 次は、なんだかヤバそうなシュヴァルトだね。


「マスター、お供します」


 シュヴァルトは薄く微笑んで凄いことを言ってきた。

 笑顔の後追い自殺宣言である。止めて。


「え、いや……」

「奴隷とメイドは、どこまでも主の後ろについていくもの。マスターあるところに、私ありです」


 どうやら、シュヴァルトは僕が死ぬものと思っているらしいが、それは厳密に言うと違うのだ。

 この世界に存在できなくなるだけで、僕自身は一般的な死というものは経験しない。


「いや、その……僕が戻る先って、使徒しか入れないような場所で……」

「…………死んだら使徒になれますか?」

「なれないからやめてね」


 そこまで言って、シュヴァルトはようやく理解してくれた。

 そう言えば、この子が泣く姿を見るのは久しぶりかも。


 僕は彼女の頬を流れる涙を手で拭いながら、彼女に伝えるべきことを言う。


「そうだな……シュヴァルトはとても僕に尽くしてくれるから、とても嬉しかったよ」

「と、当然のことをしたまでです」


 シュヴァルトは嬉しそうに頬を摺り寄せてくる。

 奴隷になってから……いや、メイド服を着てからこのように甘えてくることが滅多になくなったので、とても新鮮だ。


 戻ってきたときは、もっと甘えてもらいたい。


「でも、少し僕に依存し過ぎかな、とは思う。だから、今回少しだけ離れるから、少し自立心を持ってほしい」


 ただ、シュヴァルトには少し危うさも感じる。

 もしかしたら、そこを突いてくるような敵も現れるかもしれない。


 そんな時、不様に慌てることのないような、しっかりと健全とした関係を築きたいものだ。


「……わかりました。奴隷として、いつまでも待ち続けます!」


 シュヴァルトは決意を固めた顔をして頷いた。

 良い顔だ。でも、奴隷はそんなに強調しないでほしい。


 むしろ、今回のことを契機に奴隷関係を解除するというのはいかがだろうか。


「あ、奴隷は別にもう……」

「奴隷として!!」

「あ、うん」


 ダメみたいですね。

 次に目を向けたのは、リースだ。


 彼女のことは、僕はそれほど心配していなかったりする。

 アナトと並ぶ、『救世の軍勢(イェルクチラ)』をまとめてくれる古参だからね。


「無理だぁぁぁぁぁぁっ!!マスターと離れるのは無理だぁぁぁぁっ!!」

「えぇっ!?」


 そんな考えを打ち破るように、リースは大泣きしながらしがみついてきた。

 え、これがリース?


 普段のキリッとしていた彼女はいったい……?


「り、リース?」

「どうして私の近くにいてくれないんだよぉぉっ!!私も色々と尽くすのにぃぃぃっ!!」


 僕の呼びかけにもまったく反応しない。

 リッターと同じじゃないか!


 しかし、ぐりぐりと頭をこすり付けてくるので、立派な角が当たって痛い。


「いいかい、リース。僕はすぐに戻ってくるから、その間ギルドのことを……」

「マスターがいてくれたらいいじゃないかぁぁっ!どうして消えちゃうんだぁぁぁっ!!」

「は、話が通じない……」


 そもそも、僕が何故消えなければならないかすら理解していないようだ。

 僕の話、聞いていなかったな。


 それにしても、どうして消えるのか、か。

 僕もわがままを言わせてもらえるのであれば、消えたくはない。皆が心配だし。色々な面で。


 ただ、これは良い機会にするべきなんだと思う。

 まあ、僕が消えなければならない理由は……。


「ラルドの残党が意外と強かったからかな」


 マリアの力による拘束を解くのに力を使ったし、アリアとの戦闘で疲労したこともあるけれど、ヒルデが案外強かったのも要因の一つだろう。

 そう思ってぽつりと呟くと……。


「そう、か……。やっぱり、私が弱かったからな」


 深刻な表情で落ち込むリースがいた。

 いや、別に弱いわけではないと思うけれど……。


 実際、アリアが来るまでラルドの残党をボコボコにしていたようだし。


「分かったぞ、マスター。私はマスターが戻ってくるまでに、もっと強くなる。そして、今度は私がマスターを守れるようになる!」

「そっか」


 これ以上強くなる必要があるのかとも思うけれども、何かしらの目標を持てたことはいいことだ。

 僕は微笑んで彼女の決意を受け入れた。


 すると、唐突にもじもじといじらしくなるリース。


「そ、その時は、褒めてくれるか?」

「もちろん」


 何を言うのかと思えば、そんなことか。

 やはり、甘え下手なのだろう。


 僕はそんな彼女にほっこりしながら、頷くのであった。

 次は、真っ赤な髪を持つクーリンだ。


「……納得できないわよ」


 クーリンは髪色と同じように、目を赤くしていた。

 怒りや羞恥ではなく、やりきれない思いからだろう。


「あたしたちがここに来たのは、マスターを助けに来たからなのよ?それなのに、結局マスターはどこぞに消えるだなんて言うし……納得できるわけないじゃない……っ」


 そうだ。僕のためだけに、クーリンを含む『救世の軍勢(イェルクチラ)』メンバーはわざわざ助けに来てくれたのだ。

 ラルドの残党が大勢いるような、この危険な場所に。


 それだけでも僕は満たされるというのに、クーリンはそれでも自分を責めているようだった。

 僕が声をかけようとすると、彼女は一つふーっと大きく息を吐いた。


「でも、これは仕方ないことなのよね?こんな事態を引き起こしたラルドの残党のことを思い返すと、はらわたが煮えくり返りそうだけど、マスターがあたしたちを見捨てるわけないもの」


 ……僕は少し驚いてしまった。

 クーリンは、とても大人びて見えた。


 リッターも悪魔の力に向き合えるほど成長したけれども、クーリンも不条理を飲み込めるほど成長したようだ。


「もちろん、君の言う通り僕が君たちを見捨てるだなんてことはありえないよ。僕の気持ちを分かってくれているのは、流石はクーリンだね」

「そ、それほどでもあるわよ……」


 否定しないのか。

 まあ、それがクーリンの可愛らしいところだけれど。


「そうだね。クーリンは気が強いから、何か仲間が間違ったことをしていても物怖じすることなく意見を言うことができると思う。だから、もしギルドの皆が間違った方向に走ろうとしたら、助けてあげてほしい」

「もう色々と間違っていると思うけど……分かったわ、マスター」


 僕のお願いを受け入れてくれるクーリン。

 アナトと並んでまとめ役だったリースは、案外抜けているということも先ほどのことで再認識した。


 彼女たち二人がダメになってしまったら、おそらくまとめることができるのはクーリンだけだろう。

 後のメンバーは、どうしても自分の欲望を最優先にしがちだろうし。


 この子たちがいれば、僕がいない間のことも任せられる。

 頷いてくれたクーリンは、僕を見上げて悪戯っぽく笑う。


「じゃあ、色々とお願いをしてくるんだったら、マスターももちろんあたしのお願いを聞いてくれるわよね?」

「え、う、うん。できる範囲でお願いね……」


 何でもと言わないところがコツである。

 僕はそれを学んだ。……さっき、リッターになんでもって言っちゃったけど。


「別に、難しいことは頼まないわ。帰ってきたら、あたしとデートしましょう」


 しかし、身構える僕の腕をとって、クーリンはそう笑いかけてきた。

 胸を押し付けることはどうかと思うけれど……可愛らしいお願いの内容に、僕は思わず笑みを浮かべる。


 近くまで来て、彼女の目にうっすらと涙が浮かび上がっているのが分かった。

 それでも、クーリンは僕を笑顔で送ろうとしてくれるのである。


「二人きりで、笑って、デートしましょう」

「……そうだね。そうしよう」


 僕は必ずと頷いた。


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