第三百六十話 最後の戦いへ
「けほっ……!」
歪な剣が引き抜かれ、アリアは口から血を吐き倒れこむ。
僕は彼女が地面に叩き付けられる前に、彼女の身体を受け止めた。
アリアの腹部から流れる血が、僕の身体を汚す。
「おぉっ!おぉっ!これが使徒の力ですか!!本来求めていた使徒マリアの力ではありませんが、それでも素晴らしい!私の身体が破裂してしまいそうです!!」
あの剣は……確か、吸血鬼領でゲヒルネッドがヴァンピールから力を引き抜いたものだったかな?
どうしてヒルデが持っているのかは知らないけれども、その剣から力が流れ込んでいる様子の彼は狂喜していた。
今彼が感動している力も、本来のアリアの力と比べると半分程度なんだけれどね。
「くはははははははははっ!!どうですか、マスター!あなたの大切な存在が、目の前で傷つけられた気分は……!?」
「な……」
凄く気分が良さそうなヒルデに何か言おうとしたら、その前にアリアが口を開いた。
え、なに?
「なんじゃあこりゃぁっ!?」
「血だよ」
血以外の何だというのか。
「え、あ……え……?」
先ほどまで大喜びしていたヒルデは、ようやく僕とアリアがそれほど慌てていないことを確認したのか、なんだかうろたえてしまっている。
「おい。あんたら、どうしてそんなに落ち着いているんだよ?」
話せないヒルデに代わって、女が話しかけてきた。
……あれ?あの子、確か吸血鬼領で……。
へー。彼女もラルドの残党だったのかぁ。
「これはっ!刺した相手から力を吸い取る恐ろしい剣です。マスターとの戦闘で疲労しており、精神体として降臨したアリアは消滅してしまうはずで……!!」
「ええ、その通りですね。……というか、まさか裏切られるとは……」
「だったら……!!」
落ち込む様子のアリアに言いつのるヒルデ。
そんな恐ろしい剣で刺されてしまえば、それは心配だ。
でも……。
「私の本体、上にありますから。確かに消滅しますが、それはこの下界に滞在できなくなってしまうだけでして……」
「はぁっ!?」
驚愕するヒルデ。
ヒルデは使徒という存在を、いまいちよく理解していなかったのだろう。
でなければ、あんなにぬか喜びしているはずがないからね。
マリアを召喚しようとしていたラルドの残党なら知っているかと思っていたのだけれども……どうにも不思議だね。
アリアが僕の方を見る。
「本当に……本当に名残惜しいのですが、私はどうやらここまでのようです」
悔しげに顔を歪めるアリア。
なんだろう……僕との別れを惜しんでいるというよりかは、リミルの身体から離れることを嫌がっていそうだ。
そんなに胸の大きさは重要なの?
「約束通り、ちゃんと顔を出してくださいね」
「うん、わかった。またね。君のやったことは褒められたことではないけれど、久しぶりに話せてうれしかったよ」
僕がそう言うと、アリアは嬉しそうに微笑んで……。
「私もです」
ガクリと頭を落とすアリア。
僕は彼女を見送ると、なけなしの魔力を使って回復魔法を行使し始める。
幸い、力を吸い取る剣はアリアのように不治の力を持っているというわけではないようで、アリアの……いや、リミルの傷はすぐに治っていった。
「あ、いたっ……マスター?」
「おはよう、リミル。僕の妹分が、申し訳ないことをしたね」
次に目を開けたのは、アリアではなくリミルである。
彼女は不思議そうに目を丸くして、状況が飲み込めたのか、痛みに顔を歪める。
アリアに身体を乗っ取られていたとはいえ、意識はあったようだからね。
「本当だよ。これは、マスターが僕に何かしらの穴埋めをしないといけないね」
「できる範囲でお願いするよ」
相変わらず要領のいいリミルの言葉に、僕は苦笑する。
うん、やっぱりこの身体にはリミルが合っている。
「……まあ、いいでしょう。アリアをこの世から消すことはできたのですから。しかし、マスター。リミルに回復魔法を使っても大丈夫なのですかぁ?見たところ、もはや魔力に余裕はないようですが……」
ニヤニヤと嬉しそうに言うヒルデ。
ちょっと思うところはあるけれども、彼の言うとおり僕の魔力はすっからかんだ。
マリアの厄介な拘束を外すのにも使ったし、アリアとの戦闘、『救世の軍勢』メンバーの回復と、魔法を使うことが多かったからね。
「あいつの言うことに同意はしたくないけど、大丈夫なのマスター?僕、代わりに戦ってあげることが……」
リミルは自分が回復してもらったためか、申し訳なさそうに言ってくる。
アリアに身体を動かされていたし、ヒルデに力を吸い取られたことでリミルにも余裕はないのだろう。
「うーん……どうなるかわからないけれども、頑張ってみるよ」
リミルの回復が終わった。
僕は彼女から離れて、ヒルデと女に向き直る。
「はっ!頑張る?今のあなたに、この私が倒せるとでも思っているのですか?」
ヒルデはそう言って、全身から力をほとばしらせる。
彼自身ももともと強かったのだろうけれど、アリアの力を吸収したことでさらに強力になっている。
使徒の力を得られれば、これほど高慢になるのも当然かもしれない。
マリアとアリアの力は強大だからね。
「ようやく……ようやくあなたを殺すことができる……マスター!!」
「僕は凄く君に恨まれているようだけれど……」
「当たり前でしょう!?私たちの国を……私たちの祖国を滅ぼしておいて、よくのうのうと生きていられるものです!!」
ヒルデは感情を露わにした。
彼は、本当に僕の復讐のためだけに生きてきたのだろう。
なんというか……ご苦労様?
「いやぁ……でも最初に仕掛けてきたのはそっちだったじゃないか」
僕が何の理由もなく、目についたからラルド帝国を滅ぼしたとでも?
そんなことはしない。
ただ、あまりにも目に余ったのだ。
マリアを無理やり召喚して隷属させようとする行為。
世界征服だがなんだか知らないけれど、そんな野望のために利用されていた子たちも、『救世の軍勢』の中にいる。
それこそ、本当に酷い利用のされ方だったよ。
「僕が滅ぼさなくても、いずれどこかに滅ぼされていたよ。諸国の連合とか組まれたり、もしかしたら使徒が降りてきていたかもしれないね」
まあ、ラルド帝国を滅ぼした後、連合軍が向けられたのは僕の方だったけれども。
「黙れ!!」
ヒルデの言葉は、ますます乱暴になっていた。
「私には……生き延びてしまった私には、これだけが……あなたを殺すことだけが生きる意味なのです……!!あなたが何を言おうと、この目的は変わりません!!」
「そっか」
凄く切羽詰っているようだけれども、正直ヒルデはどうでもいいので僕も適当に返事をする。
別に、僕を恨んでくれてもいいし。
ただ、『救世の軍勢』に手を出したことはダメだよね。うん、ダメだ。
……しかし、仮に彼が僕を殺すことができたとして、その後はどうするんだろうか。
復讐者というのは、その人生のすべてを復讐に賭ける人もいる。
そういう人は、目的を果たしたらどうするのだろうか。
……どうでもいいか。
「おい、ちょっと待てよヒルデ。先に、あたしにやらせろよ」
「ボジェナ……」
女性――――ボジェナというのか――――が一歩前に出て、好戦的な笑みを浮かべる。
それを向けられる僕は苦笑しかできないけれども。
「あんたの指示に従って、あたしは戦いたい奴らを目の前にしてずーっと黙っていたんだ。そろそろ限界だぞ」
なるほど、戦闘狂か。
こういった手合いは面倒なんだよなぁ……。
まるで、餌を目の前にして待てをされていた飢えた猛獣を相手にするようなものだし。
「……いいでしょう。あなたにはいろいろと助けられましたからね。所詮、万全の状態ではないマスターなど、アリアの力を得た私はもちろんのこと、あなたでも相手にならないでしょう」
ひ、酷い言われ様だ。
とはいえ、僕が万全の状態ではない、ということは事実である。
魔力はすっからかんだし、アリアに破壊された片腕は治らないし……。
いや、もしかしたら彼女が帰った今治るのかもしれないけれども、もう回復魔法を使う魔力はない。
……治して行ってほしかったなぁ。無理か。
「まっ、あんたは準備運動かな?他の『救世の軍勢』に期待させてもらうわ。とくに、真祖にはね」
「自慢の子たちだからね。君を楽しませるには、十分な力を持っていると思うよ」
「だよな!期待しているぜ」
ぐっぐっと身体を伸ばして準備をするボジェナ。
僕はそんなことを言っていたくせに、彼女にメンバーと戦わせるつもりは毛頭なかった。
ラルドの残党……このような事態を引き起こした連中。
彼らは、僕の手でケリをつけなければならない。
……と言っても、もうメンバーによって壊滅状態で、残党もあの二人くらいしか残っていないようなんだけれども。
うーむ……締まらないなぁ……。
「マスター、僕も……」
「くははははははははっ!!万全の状態でも私たちに捕らえられたのに、アリアの力を得た私に立ち向かうことができると思っているのですか!?いいから大人しくしておきなさい、雑魚」
「はぁっ!?僕にボコボコにやられていたくせに、何言ってんだよ!」
「やられていません!」
睨み合うリミルとヒルデ。
「でも、今回は見といてよ。これは、僕がやらなくちゃいけないことなんだ」
「マスター……」
そう、ラルドの残党は僕が潰さなくちゃいけない。
この因縁は、ここで断ち切ろう。
◆
「面白くないですねぇ」
ヒルデは舌打ちをする。
アリアを殺せば、マスターが悲鳴でも上げてくれると思っていた。
しかし、アリアは死ぬことはなく、マスターも狼狽することはなかった。
使徒の力を得られたのはよかったが、これではマスターを殺すことしかできない。
彼は、絶望を与えてから殺したいのだ。
「そうだ!!今から戻って、『救世の軍勢』のメンバーを一人ずつ殺してきましょう!」
良いことを思いついた。
マスターもピクリと反応を見せたので、ヒルデはにやぁっと笑う。
「おいおい、あいつの戦い方、見てなくていいのかよ?というか、あたしが殺しちまってもいいのか?」
「それは困りますねぇ。できるだけ、生かしておいてください。ただし、動けない程度に痛めつけていただいて構いませんよ。動けない彼の目の前で、大切なものを壊してやります。ちょうど、あなたが私にしたように」
ラルド帝国を滅ぼしたマスターに、これほど意趣返しになるものはないだろう。
あの時の無力感、絶望をマスターにも味わわせてやるのだ。
「あたしは戦いたいだけなんだけどなぁ。まあ、やってみるよ」
「ええ、お願いします」
剣を構えるボジェナ。
吸血鬼ハンターとして活動していた時と、同じ戦闘スタイルだ。
だが、ヒルデの指示であまり目立たないようにと言われていたため、全力で戦ったことなどまったくない。
しかし、今その時のうっぷんを発散するのだ。
「それでは、あとはたの――――――」
ヒルデはそこで言葉を切った。
いや、切らされたのだ。
彼の頬に、マスターの硬い拳が叩き込まれていたのだから。




