第三百五十九話 復活の男
僕はアリアにげんこつをすると同時に、拘束していた腕を離す。
そのままじゃあ、僕も地面に叩き付けられてしまうからね。
しかし、これほど強めにげんこつしたのは久しぶりだ。
アリアが叩き付けられた地面は、クレーターになってしまっていた。
地盤が緩いのかな?
「い、痛いです……」
少しの間ピクピクしながら地面に顔を突っ込んでいたアリアは顔を上げて、僕に抗議の視線を送ってきた。
とてつもなく巨大なたんこぶができていそうだ。ごめん、リミル。
ただ、アリアには謝るつもりはない。
「これも、君の行いのせいだからね。甘んじて受け入れてほしい」
「うー……」
本当なら、『救世の軍勢』のメンバーがあんなにボロボロにされてしまったのだから、地獄に叩き落としてもいいのだ。
もし、その身体がリミルのものでなくて、かつ憑依していたのがアリアでなければそうしていただろう。
「……はー。お兄様を連れ帰ることはできませんでしたか」
アリアは仰向けになって、天を仰ぎ見た。
その際、重たげな胸を嬉しそうに見つめる。
……うん、その気持ちは女性ではないから分からないんだけれどね。
「おや、諦めてくれたの?」
「ええ。お兄様があの子たちのことをとても大切に想っていることがわかりましたし……無理やり連れ帰ることも失敗しましたしね」
ため息を吐きながら身体を起こすアリア。
確かに、彼女の身体をよく見るとボロボロだ。
火傷や切り傷などが多く見られる。
それをした僕がこんなことを言うのもなんだけれど、なかなか酷い状態だ。
止めに、僕のげんこつで頭にダメージを負ったのがまずかったのだろう。
フラフラしている状態で、先ほどまでのような素早い動きをすることはできないだろうからね。
まあ、これ以上戦う必要がないのはありがたいことだ。
僕も体力と魔力の消耗が非常に激しいし、これ以上リミルの身体を傷つけることはためらわれる。
というか、僕も結構重傷なんだよね。腕、もげそうだし。
「あーあ。せっかくお兄様を連れて帰れると思ったんですが……。マリアお姉さま、凄く寂しそうでしたよ?もちろん、私も」
「うっ……」
アリアの責めるような目に、僕は言葉を詰まらせる。
確かに、もうずっとマリアと会っていないね。
今はアリアと話しているけれど、彼女本体とは出会っていないし。
「ま、また顔を出すよ」
「本当ですか?なんだかんだ言って、ここに残るつもりなんじゃないですか?お兄様の居場所は、私たちの隣なのに」
「いやいや、そもそも僕は人間だし」
どうにも、アリアは僕を自分たちと同類と見ているようだ。
そのあたりの認識を、一度直してあげないといけないだろう。
「まだ認めていないんですか?まあ、私はその場にいたわけではないから分からないですけれど……もう、私たちと同類でしょう?」
「違う。僕は人間だ。絶対に認めないぞ」
「今は違うでしょうに……」
アリアが何と言おうが、僕はそれを頑なに主張し続けるだろう。
別に、人間という種族にこれといった思い入れがあるというわけではない。
だが、なんというか……認めたら負けになってしまうような気がして認めたくないのである。
「まあ、いいです。お兄様が帰ってきてくれるという言質をいただきましたし……」
ふぅっと息を吐きながら立ち上がるアリア。
「そうか。僕はあのげんこつで許してあげるけれども、『救世の軍勢』の皆には、直接君の口から謝るんだよ?」
「えっ?」
露骨に嫌そうな顔をするアリア。
いや、当然だろう?
「……でも、あれだけ私が圧勝をしたので、次顔を合わせたら問答無用で殺しにかかってきそうなんですけど。相打ちも辞さないクレイジーな連中でしたし。お兄様の腕もボロボロにしてしまいましたし、お兄様大好きな彼女たちが私を許すでしょうか?」
……確かに、あの子たちは負けず嫌いな子が多いから、もう一度勝負を挑まれるかもしれない。
「でも、それがけじめだよ。ちゃんと謝ってね」
「……はい」
まだ嫌そうだけれども、ちゃんと頷いたしひとまずはこれでいいだろう。
あとは……リミルのことだ。
「今のリミル、どうなっているの?」
「ちょっと前から意識は目を覚ましていましたよ。『救世の軍勢』の子たちをやっつけていた時は小さく喜んでいましたが、お兄様と戦っている時は凄く暴れていました」
おぉ……暴れていたのか。
もしかしたら、アリアが一撃を食らって戦闘を止めたのは、リミルの内心での抵抗があったのかもしれないね。
しかし、意識はちゃんとあるのか。
死んでいなくてよかった……。
「じゃあ、目的も失敗したんだし、そろそろリミルに身体を返してあげても……」
「嫌です」
僕の提案を即座に切り捨てるアリア。
は、早い……。
「こんな素晴らしい身体を手放すだなんて、まだできません。もう少し謳歌させていただきます」
そう言って、アリアは豊満な胸を揺らす。
うん、僕のいないところでやってほしい。気まずいから。
「なんだったら、触りますか、お兄様。普段の私では決して得られない優越感を得ることができそう……あ、痛い痛い。分かりました、止めますから暴れるのは止めてください」
アリアは胸を張って僕に近づいてくるが、何故か頭を抱えてすぐに下がってしまう。
……もしかして、リミルの意識が止めたのかな?ナイス。
しかし、案外リミルとアリアはうまくやっていけるのかもしれない。
まあ、身体を乗っ取られているリミルからすれば、堪ったものではないのかもしれないが……。
とりあえず、このことはまずアリアが皆に謝ってからだね。
「多分、そろそろ『救世の軍勢』の皆も起きるだろうから、覚悟しておきなね」
「……了解です」
不服そうにしながらも頬を膨らませるアリア。
僕はそんな彼女に苦笑しながら、ふーっと息を吐く。
なんとか、今回もうまくいった……のかな。
そんなことを思った、次の瞬間であった。
「…………え?」
ドッ……と音がした。
僕はその音に目を丸くして、そしてアリアもまた驚きの表情を浮かべて。
アリアの腹部から突き出た、歪に曲がった刀身の剣を見るのであった。
「あははははははははははははははははははっっ!!!!うまくいきましたぁ、いきましたよぉっ!!」
女にその肩を支えられながら、剣の柄を持ち、嬉々として大笑いしている男がいた。
それは、ヒルデ。ラルドの残党であった。




