第三百四十八話 救世の軍勢vs.ラルドの残党
マスターのストーカーの達人であるソルグロスは、アリアが残して行った微量の魔力を見抜いた……というわけではない。
実際、彼女の力ならば、本気で手がかりを探そうとしていたらアリアの魔力に気づいていただろう。
だが、ソルグロスのストーカー技術が駆使できるのは、マスターが対象の時だけである。
彼女は、アリアが残そうとは思っていなかったマスターの匂いで、彼がどこに連れて行かれたのを割り出してしまった。
恐怖のストーカーである。たとえ、どこにいても見つけ出さんとする根性は大したものである。
「……で、ここがソルグロスの言っていた場所か」
リースはソルグロスが割り出した場所に立ち、小さく呟いた。
そこは、草木の生えない荒野であった。
リースは知らないことだが、ここはリミルがラルドの残党に捕まってしまった場所であった。
もともと荒野であったのだが、その激しい戦闘の余波で規模が拡大してしまっている。
風が吹けば砂煙が舞い、リースは煩わしそうに目を覆う。
そして、彼女の隣にはもう一人いた。
「うぇっぷ。……砂が口の中に入りましたわー!」
「…………はぁ」
相変わらず騒がしい真祖の吸血鬼に、リースはため息を吐く。
今、この荒野にいるのはリースとヴァンピールであった。
「まさか、こいつと一緒に行動しないといけないとはな……。私もついていないな……」
「あら?どうかされました、リース?膝でも痛めましたか?」
「年寄り扱いすんな」
相変わらず、ムカつくことを無神経に言ってくる吸血鬼だ。
昔はこれほどおバカではなかったという話だが……にわかには信じがたい。
アナトの指示でヴァンピールと行動することになってしまったのだが、早くも辞退したい。
マスターが関係していなければ、さっさと飛んで逃げているところだ。
「しかし、本当にあのスライムの言う通り、ここにマスターがいるんですの?砂煙が鬱陶しいだけで、何もありやしませんわ」
キョロキョロと辺りを見渡してため息を吐くヴァンピール。
ソルグロスが嘘の情報を教えたと考えている。
真っ先に仲間を裏切った想定ができるのが、『救世の軍勢』クォリティである。
「いや、それはないだろ。状況も状況だしな」
しかし、リースはそれを否定した。
彼女がギルドの中では比較的良心的で、仲間を信じる気持ちが一ミクロンほど残っていたということもあるが、そう言い切れる理由はソルグロスに嘘をつくメリットがないということである。
普段であれば、嘘情報を流してくることはしょっちゅうなのだが、今はマスターを取り返すための大切な作戦である。
ここで嘘をつくのは、『救世の軍勢』メンバーにはいない……はずである。
「それに、お出迎えもあるようだしな」
「あら」
リースとヴァンピールが視線を向ける先に、砂煙に隠れる影があった。
彼らは不意打ちを仕掛けようとは考えていないようで、堂々と歩いてくる。
そして、ついにその姿が露わになった。
「ヒルデの言っていた通り、本当に来たな」
「私たちがラルドの残党だと知っているのかしら?」
女の方は青白い肌を持ち、チラチラと見える牙が鋭い吸血鬼。
そして、もう一人は立派な体格のドラゴンであった。
「あら?わたくしたちが来ること、ばれていたのかしら?」
「ああ。何だか知らんが、アリアとかいう女に教えられたらしい。胡散臭い女だったが……情報は正確なようだな」
「アリア……?」
ドラゴンの言った人の名前に、リースは首を傾げる。
アリア……リミルではないのだろうか?
聞いたことのない名前に、少し思案する。
しかし、今はどうでもいいことであると判断して切り捨てる。
マスターをさらったのがリミルであろうがそのアリアという女であろうが、どちらにしても生まれてきたことを後悔させるほど痛めつけることは確定しているのである。
「あなたたち、よく二人だけでここまで来たわね。生きて帰れると思っているのかしら?」
吸血鬼の女が馬鹿にしたようにクスクスと微笑む。
彼女とドラゴンの後ろには、何人ものラルドの残党たちが現れて嗜虐的な笑みを浮かべていた。
「俺は純血のドラゴン、ダニエル」
「私は吸血鬼、オレーシャよ。あなたたちを『救世の軍勢』最初の死者にしてあげるわ」
殺気を漲らせてリースとヴァンピールに言う二人。
彼らもまたヒルデから受け取った玉の力のおかげで、本来の何十倍もの力を得ていた。
「ふーん。まあ、私たちは名乗らないぞ?」
「ええ。いちいち、死にゆく者たちに名を教えてあげるのも面倒ですしね」
「……言ってくれるな」
余裕の表情を崩さないリースとヴァンピールを見て、ダニエルはギリッと巨大な牙を強く噛みしめる。
それだけでも、見る者を十分に威圧するのだが、やはり彼女たちは一切怯まない。
「そもそも、ここに来ているのは私たちだけじゃないぞ。さまざまなルートからマスターの元に向かっているだけだ」
「それは、私たちの方でも予測しているわ。だから、私たちも散っているのよ」
だろうな、とリースは頷く。
だからこそ、彼女はわざわざ別の仲間がいると言ったのだから。
「でも、わたくしたちがこのルートで来たのは、理由があるんですのよ。……そうでしたわよね?」
「ああ。……というか、わからないんだったら言うなよ」
ちらっと確認してくるヴァンピールにため息を吐く。
馬鹿が無理をしてはいけないのである。
「へー。どういう理由かしら?」
「ん?ああ、それは簡単だ」
オレーシャに尋ねられ、リースは簡潔に答えてやる。
彼女の口元に集まった黒い炎と、ヴァンピールの手に集まった巨大な火球で。
「私たちはギルドの中でも火力重視でな。宣戦布告の意味も込めて、ド派手にやれるということだ」
「マスター直伝の太陽魔法、お見せしますわ!!」
『ッ!?』
黒龍のブレスと真祖の太陽魔法が、ラルドの残党たちに向かって放たれた。
『救世の軍勢』の中でもトップクラスの火力を誇る二人の、宣戦布告である。
凄まじい爆発が響き渡り、それはそれぞれのルートにいる『救世の軍勢』メンバーやラルドの残党たちにも届くのであった。
◆
「相変わらず、あの二人は馬鹿力ですね。結構離れているというのに、地面が揺れていますよ」
「……うん」
リースとヴァンピールが正面からラルドの残党たちと衝突している間に、シュヴァルトとリッターはさらに奥へと進んでいた。
目の前には、荒野の中に不自然にできた洞穴があった。
ここが、ラルドの残党たちのアジトである。
彼女たちは中に入ろうとしない。
いや、入りたいのはやまやまなのだが、塞ぐように立っているラルドの残党たちが彼女たちを通さないのだ。
「いやはや、敵は女ばかりだと聞いていたが、まさかメイドまで出てくるとはな」
「まったくだ!俺たちの相手になるのか!?」
そんな残党たちを率いているのは、二人の男たちであった。
それぞれ、極東の島国の民族衣装を身に纏い、手には抜身の刀を持っている。
「メイドではありません、奴隷です」
「お、おぉ……何で誇らしげなんだ?」
ドヤッと無表情ながら胸を張るダークエルフのメイドに、ラルドの残党たちはうろたえる。
隣で女騎士が、同じく無表情ながら羨ましそうにしているのも意味不明であった。
「まあ、どうでもいい!この刀で、お前たちを切り捨てよう!強き剣士を殺し続ければ、我らが最強の剣士となるのだ!」
「そうだな」
二人の剣士は、細い刀をシュヴァルトとリッターに向ける。
今まで、何人の生き物を斬ってきたのだろうか。
血を吸い過ぎた剣に特有の、すーっと冷たくなるような気配を放っていた。
「剣の扱いなら、遅れはとりません」
「……うん。マスターに教えてもらったから、大丈夫」
だが、異様な雰囲気を醸し出すのは刀だけではなく、『救世の軍勢』側は人そのものがその雰囲気を放つのである。
シュヴァルトは魔剣『ハッセルブラード』を抜き、リッターは左腕を悪魔のそれへと変えて剣を構える。
ここに、剣士が入り混じった激しい近接戦闘が繰り広げられるのであった。




