第三百三十五話 人工天使
「不敬にもほどがあるな、異教徒のシスター」
天使は不愉快そうに顔を歪める。
自身を超常の存在だと触れ回り、下界の存在とは違うと強く信じている天使。
そんな彼が、下界の人間に……それも、異教徒のシスターにタメ口で言葉を向けられたら、怒りを覚えるのも当然だろう。
「聖具を使用したデニスを倒せたから、同じ聖なる力を行使する私にも勝てるとふんだか?はっ、愚かだな!」
アナトの強気な態度を、デニスを倒したことから付いた自信からきているものだと判断した天使。
そんな彼女を、鼻で笑ってやる。
「聖具とは、天使の力の一部を分け与えただけにすぎん。私の翼も、私の槍も、聖具とは比べものにもならん」
聖具とは、人間が天使をまねるために造りだしたもの。
それらを使って、限りなく天使に近づくためのものだ。
聖杖『スカリオーネ』、聖具『ホイッスラー』、聖槍『ザッパローリ』も全て天使が持つ力をまねたものである。
ゆえに、贋作に勝てたとしても、本物に勝てるはずもないのだ。
「私が降りてきた時点で、お前たち異教徒の敗北は確定しているのだ。そこの役立たずの信徒たちを圧倒できてうれしいのかもしれんが、あまり調子に乗らないほうが身のためだぞ?」
自分が参戦した以上、すでに魔王軍の……マスター教の敗北は確定しているのだ。
痛い目を見たくなければ、大人しくしていろ。
そういう言葉を、アナトは逆に鼻で笑って返してやった。
「そうかしらぁ?私はぁ、マスターの方があなたなんかより偉大で強いと思うわぁ」
「なに?……ふん、その男か。私の光を防いだのも、お前だな?」
アナトの言葉に、彼女の近くにいて微笑んでいる優男を見る。
新たな魔王であり、異教徒の信仰対象でもある男だ。
「なるほど、確かにお前は人間の中では強いのかもしれんな。あの防壁は、見る価値はあった。褒めてやろう」
ど、どうも……と頭を軽く下げるマスター。
天使にしては、珍しく相手を褒める言葉である。
彼も別に下界の存在を認めたいわけではないのだが、実際マスターは彼の光を広範囲にわたって防御しているため、認めざるを得ないのである。
「だが、魔力の消費も馬鹿にならないだろう。そうなると、私を打ち負かすことは不可能だろう。所詮は人間。天使である私とは、比べるまでもないのだ」
「あぁん!?」
天使の言葉に、マスターよりも早く反応したのがクーリンであった。
彼女だけに限らず、『救世の軍勢』メンバーが殺気を撒き散らす。
自分以外のギルドメンバーのことだったら『もっと言ってやれ』と煽るのだが、マスターとなれば話は別だ。殺したい。
「それよりも、だ。魔王のことも気になるが、お前だよ、シスター」
「あらぁ?なにかしらぁ?」
天使はマスターから目を離すと、側に立つアナトを見る。
いつも通りの穏やかな声音だが、やはり憎き天使が目の前にいるためか、少し強張っていた。
そんな彼女を、まるで見世物を見るように興味深そうに身体を見回す。
「その黒い翼……堕天した天使を象徴するものだ。つまり、お前は元天使か?」
天使の興味はアナトの背に生える翼に注がれていた。
聖具も使っていないのに、あのような立派な翼は天使以外持ちえないからである。
しかし、彼は首を横に振る。
「いや、違うな。私のような神聖さが少し薄い。ということは、だ」
彼の頭は、一つの答えを導き出した。
「お前、人工天使だな?」
アナトの身体がピクリと反応する。
それを見て、天使はニィッと笑みを浮かべた。
「私は当時あの事には関わっていなかったが……そうかそうか!お前、あの人工天使か!くははっ!面白い、面白いぞ!!」
「…………」
宙に浮かびながら、大笑いし始める天使。
アナトは下を向いて、何も言い返さない。
人工天使という聞きなれない言葉にざわめき立つのは、マスター教徒だけではなく天使教徒もであった。
そんな人々に説明してやるように、天使は話しはじめる。
「私たち天使を盲目的に信じて、人間でありながら天使になったもの!いや、我々がたわむれに造ってやったと言った方が正しいか?だが、真実を知ったのか、堕ちているな。まさか、このような面白い存在に出会えるとは……なかなか下界も悪くないな!」
天使は心の底から愉快なようで、腹を抱えて笑い続ける。
ひとしきり笑った後、彼はいつくしむように微笑んでアナトに手を伸ばす。
「シスター、こっちに来い。お前は面白い。私と共に天に戻り、私のものになるがいい。なんだったら、その黒い翼を元に戻してやってもいいぞ?堕天使も面白いが、人工というものの方が重要だ!!」
「…………ッ!私はあなたたち天使の元に戻ることはない!私は……私は……!!」
普段の穏やかな声音もなくし、強く歯をかみしめて天使を睨みつけるアナト。
いつもの姿を知っているマスター教徒たちが動揺するほどだ。
そんな彼女の強い殺意と敵意を向けられても、天使は笑い転げるだけだ。
「ふはははっ!ならば、無理やりにでも連れて――――――!?」
だが、次の瞬間彼の笑顔は凍り付いた。
濃密な魔力が込められた魔力弾が、彼に襲い掛かったからである。
天使は翼で自身を覆い隠して、強力な防護壁を纏う。
結果、魔力弾は彼の身体に直撃こそしなかったものの、大きな衝撃を与えたのであった。
「……何のつもりだ、魔王?」
天使は翼を元に戻すと、血走った目で地面を見下ろす。
彼の視線の先には、どこか冷たい笑みを浮かべたマスターがいたのであった。




