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第三百二十四話 ヴァスイル魔王国の戦争準備

 










「マスター!準備は順調ですよー!」


 ニコニコと笑って元気に報告してくれるララディに、僕も笑顔でお礼を伝える。

 ゼルニケ教皇国が聖戦を宣言し、ヴァスイル魔王国も抗戦を発表した。


 今、戦争の準備が着々と進められていた。

 とくに、以前までと違うのは、昔は人類に強い敵意を抱いていた者たちだけが魔王軍に加わって戦争していたのだけれども、今回は国全体が一致団結して戦争をしようとしている点だろう。


 アナトの悪行によってほぼ全ての国民がマスター教徒となってしまったため、今回のような宗教戦争はまさに挙国一致なのである。やめて。


「マスター。色々と援軍が来ているでござるから、少し顔見せしてほしいでござる」


 ソルグロスがやってきて、そんなことを言いだした。

 ……援軍?そんなものがあるんですか?


 僕は不思議に思いながら、ソルグロスに手をひかれるがまま広場に連れて行かれると……。


「お久しぶりです、マスター様」


 ペコリと頭を下げてくる小柄なメイドがいた。

 この子は、吸血鬼領にいるはずのヴァンピールの眷属であるメルだ。


 ……あれ?どうしてここに?


「マスター様の一大事とのことで、吸血鬼領も魔王軍に加わることになりました」


 おぉ、以前は魔王軍と敵対した吸血鬼たちは、今回手助けしてくれるのか。

 強力な種族である彼らの力を借りられるのは、とても嬉しい。


 ……メルの後ろで僕に祈りを捧げているのはおかしいと思うけれど。

 くそぅ。ヴァンピールが以前マスター教を領内で布教させていいと言った結果がこれか!


「あちらには、真祖のリトリシア様も……」


 メルの示す先には、この子と同じく小柄な少女――――リトリシアがいた。

 まあ、見た目に反して数少なくなった真祖の吸血鬼という凄い子なのだけれど……。


「何であなたまで来ているんですの?呼んでいませんわよ」

「あなたのために来たわけじゃあないもの。(マスター)のためよ」

「今、マスターと言ってなんと呼びました?」


 現在、『救世の軍勢(イェルクチラ)』の真祖であるヴァンピールと睨み合っていた。

 相変わらず、仲がいいなぁと見ていると……。


「マスター!」


 また呼びかけられて振り向くと、こちらににこやかに笑いながら駆け寄ってくるエルフの姿があった。

 僕が知っていて友好的な笑みを向けてきてくれるエルフなんて、シュヴァルトを除けば一人しかいない。


 ルーフィギア、元気だったかな?


「ええ。長老として働くのは大変だけど、元気よ」


 深緑の森に住むエルフ、ルーフィギアだった。

 しかし、まさか引きこもりがちのエルフまで助けに来てくれるとは……。


「恩があるからね。エルフは排他的だけど、恩知らずというわけではないわ。今回は、なんとドワーフまで来てくれたのよ」


 ルーフィギアはそう言って嬉しそうに笑う。

 おぉ、深緑の森でエルフと激しい領土紛争を行っていたドワーフたちがいる。


 ルーフィギアは新たなエルフの長老として、うまくやっているようだ。凄いね。

 顔見知りであるドワーフ族の長であるドルフが、軽く手を挙げてくれる。


「……ねえ、マスター」


 僕もそれに応えて手を挙げていると、軽く袖を引っ張られる。

 うん?なにかな、ルーフィギア?


 彼女が僕を見上げるその目は、少し潤んでいた。


「(長老とかやっぱりしんどいこともあるし)私とけっこ――――――」

「そこまでです、虫」


 ルーフィギアが何かを僕に伝えようとしてきたときに、シュヴァルトがやってきた。

 その声音の冷たいことよ。


「しゅ、シュヴァルト!?タイミングの悪いときに……!……というか、私を虫呼ばわりしなかった?」

「マスターに色目を使うエロフなんて、虫で十分です。さっさとこっちに来なさい」

「エロフ!?私はエルフよ!」


 ぎゃあぎゃあと言いながらも、シュヴァルトに引きずられていくルーフィギア。

 いやー……あの子たちも仲がいいよねぇ。


 僕が苦笑しながら彼女たちを見ていると……。


「兄上!!」


 元気な声でそう呼ばれた。

 このように僕を呼ぶのは一人しかいないので、今度は見ずとも誰が来たかわかった。


 振り返ると、やはり僕の予想通りの子がいた。

 久しぶり、アリス。


「ええ、お久しぶりです、兄上」


 目の前で微笑むのは、最強の魔族と名高いドラゴン族の長であるアリスであった。

 僕とはずいぶん昔からの知り合いで、『救世の軍勢(イェルクチラ)』メンバーを入れてもアリスよりも前に出会った子はほとんどいない。


 ……もしかして、ドラゴン族も味方になってくれたり?


「はい、そうですよ。そもそも、我らが人間の味方をするはずないですし」


 アリスはあっけらかんとして答える。

 ドラゴン族は、魔族の中でもプライドが高い種族だ。


 割と人間のことも見下しているので、僕もゼルニケ教皇国側につくとは考えていなかったけれど……まさか味方してくれるとはね。

 しかし、ドラゴンたちが味方してくれるとなれば、百人力だしとても頼りになる。


 最強の魔族の力に、たくさん頼らせてもらうとしよう。


「ええ、任せてください!」


 ニッコリと笑って、胸を張るアリス。

 ……本当、昔から成長したよねぇ。あの時はあんなに……。


「も、もう!昔のことは止めてくださいってば!!」


 顔を赤らめて口を塞ごうとしてくるアリス。

 はは、ごめんごめん。


「むぅ……」


 僕が笑いながら謝ると、少し不満そうに頬を膨らませる。

 そして、何を考え付いたかニヤリと笑う。


 ……なんだろう?怖いぞ。


「兄上、姉上とは進展がありましたか?」


 ニヤニヤとほくそ笑みながら、そんなことを聞いてくる。

 ……進展?何の話かな?


 いまいち話が見えてこないので、僕は首を傾げる。


「えっ?ま、まだ何も知らないのですか?」


 驚いたという風に目を丸くするアリス。

 いや、知らないも何も……僕はなにを知らないのかすらわからないのだけれど……。


 そう伝えると、アリスはあちゃーと額に手を当てる。


「はぁぁ……。姉上は歳のくせにうぶだと知っていたが、まさかまったく進んでいないとはな……」


 随分頭が痛そうだ。

 その様子を見守っていると、アリスは何かを決意したかのようにキッと目を吊り上げる。


「姉上が言えないのであれば仕方ない。ここは私が……。兄上、少し聞いてほしい話が」


 おや、何だろうか。

 僕は微笑みながらアリスの言葉を待つ。


 彼女は決意を固めた強張った顔つきで、ついに口を開く。


「兄上!姉上は兄上のことがす――――――」

「おぉっと手が滑ったぁぁぁぁっ!!」


 アリスが何かを言おうとした瞬間、また乱入が発生する。

 割り込んできたのは、アリスの姉である黒龍リースであった。


 彼女は手が滑ったと称しながら固く拳を握りしめ、ドラゴンの強大な力を解放し、アリスの腹にその拳を突き入れた。


「ぶほぉっ!?」


 あぁっ!アリスが普段絶対に口に出しそうにない悲鳴を……!

 まあ、それも仕方ないだろう。


 本来の姿ではないとはいえ、リースの力は非常に強い。

 それが無防備な腹に叩き込まれたのだから……アリスがドラゴンでなければ、腹部を貫かれていたかもしれない。


 それにしても、妹にほとんど本気に近い腹パンを叩き込むとは……。

 アリスはリースに何か怒らせるようなことをしたのだろうか?


「は、はは……。ま、マスター、またな!」


 リースはぐったりとするアリスを肩にかつぐと、すたこらと去って行ってしまった。

 な、なんだったんだろう……。


「……マスター」


 またまた名前を呼ばれてしまう。

 今日はやけに大人気だと思いながら振り返ると、そこにはここにいるはずのないリッターがいた。


 り、リッター?どうしてここに……。


「マスター……」


 僕の質問に答えることなく、リッターは僕に抱き着いてきた。

 エヴァン王国の騎士であるリッターは、基本的に王国にいなければならないためあまり僕と会うことができない。


 彼女はさっさと騎士を辞めたいらしいのだけれど、ニーナ女王が必死に引き留めているようだ。

 王国最強と名高いテルドルフを倒したこともあるリッターだ。彼女に抜けられたら、戦力の穴が大きいのだろう。


 リッターもなんだかんだと王国に残ってあげているので、僕から言うことはないけれど……。

 ……しかし、いつまで抱き着いているつもりだろうか。


「は、離れなさい……!」


 どうしようかと悩んでいる時に助けてくれたのは、クランクハイトであった。

 僕にへばりついていたリッターを引っぺがす。


「……なに?」

「い、いきなり抱き着いたらマスターが何もわからないでしょ。ちゃ、ちゃんと説明しなさいよ」


 冷たい目でクランクハイトを睨みつけるリッター。

 クランクハイトも負けじと睨み返す。


 ……あのぉ……雰囲気が悪いのですがぁ……。

 折れたのはリッターの方だった。クランクハイトの言うことにも一理あることを認めたのだろう。


「今回の戦争に、エヴァン王国から援軍として参加する」


 えっ!?

 リッターの報告に、僕は驚いてしまう。


 エヴァン王国はこれまでの協力を申し入れてくれた種族と違って人間だ。

 当然、天使教も入り込んでいて天使教徒も多いだろうに……こちらに味方して大丈夫だろうか?


 その心配を、リッターは大丈夫と頷く。


「魔王軍が負けなければいいって、ニーナが。いい加減、天使教鬱陶しいって」


 負けなければいい、か。

 ニーナ女王のことは知っているけれど、相変わらず決断力がある子だなぁ。


 ……まあ、鬱陶しいということが理由の大半を占めていそうだけれど。


「これからも良いお付き合いを、だって」


 そうか。僕としても、知り合いが何人かいるエヴァン王国と険悪な関係になりたくないし、その考えはもろ手を挙げて賛成しよう。

 さて、ここまで来たら、僕も腹をくくろうか。


 吸血鬼やエルフ、ドラゴンという魔族が協力を申し入れてくれた。

 そして、人間の国で本来ならゼルニケ教皇国側につきそうなエヴァン王国も味方してくれるとなった。


 この戦争、端から負けるつもりはなかったけれども、余計に負けられないものになった。

 僕が国のトップとして戦う初めての戦争だ。うまいところに収まるよう、頑張ろう。


 ……たとえ、これがカルトvs.カルトの宗教戦争だとしても、だ!

 あぁ……本当はしたくないです……。



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