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第三百十九話 下準備とお仕置き

 










 ゼルニケ教皇国との会談が失敗してから、数日が過ぎていた。

 マスターは珍しく執務室から出て、とある人物を探していた。


 それは、少女を引きずって行ったアナトであった。

 彼女があまりにも非道なことをしていれば止めようと……そして、マスター教に引きずり込むことを何とか制止できればと考えての行動であった。


 マスターは早速探索魔法をかけて、魔王城のどこにアナトがいるのか気配を探るのであったが、その魔法に彼女の気配は引っ掛からなかった。

 もしかして、外に出たのか。


 そうなると、おそらく彼女の居場所は王都郊外の立派なマスター教の教会だろう。

 マスターの顔が引きつる。


 マスター教徒が崇めてくるため外に出ることすら敬遠してきたというのに、とくに狂信的な者たちが集まる教会になんて行きたくもない。

 しかし、今アナトがどのような活動を行っているのかを確認しなければならない。


 放置していた結果が、この異常なまでのマスター教の広がりなのだから。

 マスターは憂鬱な気分になりながら、久しぶりに外出することを決めたのであった。










 ◆



 マスターはこの国の魔王とは思えないほど、陰から陰へと移動しながら街中を忍び歩いていた。

 決して、国民の人目に触れてしまってはいけないのだ。


 もしばれてしまったら最後、彼は一斉にマスター教徒たちに囲まれて、ひたすら拝まれ続けることになるだろう。

 白目をむいて気絶するわけにもいかないので、マスターはまるでストーカー(ソルグロス)のようにこそこそと行動しなければならなかった。


 マスターが外出していることは漏れていないため、国民たちはいつも通りの日常を送っている。

 普段は普通の人たちなのに、とマスターがホロリと涙を流したのは余談である。


「ん?」


 ――――――!?


 つい油断してしまったためか、建物の陰に隠れているマスターの方に視線を向ける人がいた。

 彼はハッと即座に身体を隠し、息を止める。


「どうかしたか?」

「いや……一瞬、俺の信仰センサーにマスター様が引っ掛かったような気が……」


 なんだそれは。マスター、愕然とする。

 やっぱり、魔王国は恐ろしい所だと、国のトップである魔王が思っていた。


「はぁ?何言ってんだ。マスター様は俺ら愚民のために、今も魔王城で働いてくださっているだろ。お前のセンサーもあてにならねえな」

「っかしーな……」

「お前が、序列が上がってあの大教会で祈りを捧げられるのはいいけど、今の感じだと不相応なんじゃねえのか?」

「そ、そんなことねえよ!俺の信仰の深さをマスター様と大シスター様が分かってくださっているから……!」

「はいはい」


 からかわれながらも仲が良さそうに離れていく二人の男たち。

 その会話を聞いていたマスターは、半分白目をむく。


 まさか、階級制も敷かれてあるとは……。

 マスター教の基盤が着々と固められていることを実感し、震えるのであった。











 ◆



 なんとかマスターは誰にも見つかることなく、大教会までやってくることができた。

 幸いなことに、朝の祈りの時間でもないためか、ここにそれほどマスター教徒はいなかった。


 マスターは全力で自身の姿を隠蔽しながら、こっそりと中に侵入する。

 その本気具合と言えば、前魔王ウロボロスを倒したとき以上である。


 辺りを見渡してみるがアナトの姿がなかったので、彼は探索魔法を使ってアナトの気配を探る。

 すると、彼女は地下にいることが分かった。


 彼女のすぐそばにはもう一つの気配もあった。それは、あの異端審問官の少女だろう。

 しかし、地下もあるとは……。


 マスターは驚愕しながら、見えづらい場所にあった地下への階段を下りていくのであった。

 中は、日の光が届かない暗い場所であった。


 ずっとこのような場所に閉じ込められていたら、気がおかしくなっても仕方ないだろう。

 洗脳なら、このような場所で行われそうだとマスターは考えた。


 しばらく暗い道を歩いていると、奥にうっすらと光が見え声も聞こえてきた。


「ぁぁぁぁぁぁあああああああっ!!」


 ――――――!?


 奥から聞こえてきた悲鳴に、マスターは頬を引きつらせる。

 今更、誰かの悲鳴程度で怯えるほどピュアな性格をしているわけではないマスターであるが、まさに拷問や尋問が行われていそうなこの雰囲気が得意というわけではなかった。


 この声は、異端審問官の少女のものであった。

 いったい、アナトはどのような責め苦を行っているのだろうか。


 マスターはおそるおそるといった様子で近づいていき、こっそりと覗くと……。


「ああん!」

「ふふ~。随分従順になってきたわねぇ」


 天井からつるされ亀甲縛りで身体を拘束されている少女と、そんな彼女をいたぶって楽しんでいる女性がいた。

 縛られている少女は目隠しもされており、明らかにいけない姿である。


 声からして、異端審問官の少女だろう。

 あんなに反抗心をむき出しにしていたというのに、これはいったいどういうことだろうか。


「あの時の凛々しいあなたはどこにいっちゃったのかしらぁ?」

「いやん!苛めないで、お姉さま!いえ、やっぱり苛めてください!」


 媚び媚びの声音でアナトに縋り付く少女。

 マスターが『なにこれ特殊プレイ?』と思ってしまったのも仕方ないだろう。


 凄惨な拷問が行われているかと思えば、まさかのSMプレイである。

 しかも、すでに調教が完了してしまっている。なんだこれ。


「あらぁ、マスター。いらしていたんですねぇ」


 ポカンと突っ立っているマスターに気づいたアナトが、ニッコリと微笑みかけてくる。

 マスターも微笑み返すが、次の瞬間顔が凍りつく。


 それは、アナトの姿にあった。


「え~?これですかぁ?」


 アナトは普段の修道服を着ていなかった。

 露出が過激なまでに多く、サキュバスが着ていそうな刺激的な服(?)を着ていた。


 普段は修道服で隠されているものの、『救世の軍勢(イェルクチラ)』ではクーリンに次ぐ豊満さを誇る双丘が、ほとんど丸見えだ。

 あまりにも刺激的な服に、マスターは意識が遠くなりそうになる。


 娘が過激な服を着ていたらぎょっとする父親の気分である。


「やっぱりぃ、こういうことをするなら形から入った方がいいかなぁと思いましてぇ」


 アナトはそう言うと、手に持つ鞭を振るう。

 それは、いくつもの房に分かれており、そういう趣味の人々の間ではバラ鞭と呼ばれるものであった。


 もちろん、マスターは知らなかったが。

 鞭を振るうたびに、それに呼応して揺れる胸を見て頭が痛くなるマスター。


「嬉しいわよねぇ?」

「はい!お姉さまに鞭で打たれて、私は幸せです!こんな幸せ、天使教徒だったときには得られませんでした!!」


 もう洗脳されている。マスターがふらりと足をよろめかせる。

 単にSMプレイを楽しんでいただけのように見えたが、アナトはやることはしっかりとやっていたようである。抜け目がない。


「あ、あの……も、もしかして、そこにマスター様がいらっしゃるのでしょうか……?」


 おそるおそるといった様子で口を開く少女。

 彼女の目は布で覆われているため見えないから、そう聞いてきたのだろう。


 マスターがそうだと答えると……。


「あぁ…………」


 布の隙間から大量の涙を流し始めた。

 泣き笑いをする少女に、マスターがぎょっとする。


 かなり敵対意識をむき出しにしていた少女が、凄く喜んでいるから不気味だったのだ。

 マスターが内心怯えていると、少女はまるで懺悔するかのように落ち着いた声音で話しはじめた。


「私は愚かでした。天使などという畜生にも劣る存在に信仰を捧げ、尽くすことこそが私の幸せだと確信していました。しかし、それが過ちだとようやく気付くことができました。信仰を捧げ、命を以て忠を尽くすに値するお方は、この世界においてマスター様ただ一人だと、今の私は心からそう思っております」


 なんだこれはぁ……。

 マスターは笑いながらアナトを見ると……。


「頑張りましたぁ」


 むんっと両手で拳を作るアナト。

 違う、そうじゃない。


「以前の愚かな私を、お許しいただけるでしょうか?そして、クズ以下の私でも、あなた様を信仰してよろしいでしょうか?」


 声を震えさせながら尋ねてくる少女に、マスターはハッと振り返る。

 そして、穏やかに微笑んで言う。


 ――――――全然気にしていないから、許すも何もない。信仰もしなくていいから。本当に。


 だから、マスター教徒にはならないでと、マスターが言外に懇願する。


「な、なんていう慈悲深さ……。わ、私のような愚か者でさえも、許していただけるだなんて……!」

「それにぃ、マスター様はあなたに何も求めようとしないのよぉ?これほどお優しい方がぁ、他にいるかしらぁ?」


 ニコニコと微笑みながら畳み掛けるアナト。

 お前、マスターが嫌がっていること知っているだろ。


「いません!!」

「ならぁ、あなたがすることは分かったわねぇ?」

「はい!お姉さまに言われた通りにやってみせます!!」


 なんだかマズイことになりそうな予感がする。マスターの本能が警告してきていた。

 しかし、とっても幸せですオーラを醸し出している少女に、いったい何を話すべきなのか。


 とりあえず、天井から亀甲縛りで吊るされていることを止めさせるべきなのだろうか。

 だが、少女もそうだが、まずはアナトを少し叱りたい気分になってしまう。


 そのことを感じたのか、とことこと近づいてくるアナト。


「マスター、私にも少しお仕置きをしていただいても構いませんよぉ」


 アナトはニッコリと微笑むと、マスターにバラ鞭を差し出した。

 マスターの目が死ぬ。


 彼の心情を察してか察していないかわからないが、アナトはノリノリで自分の尻を差し出す。

 修道服ではなく露出の多い服なので、生の尻肉がガッツリ見えてしまっている。


「いやぁん」


 マスターは死んだ顔をしながら鞭を振るうのであった。



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