第三十一話 村人たちの請願
おじさんの説明によると、この村の近くに強力な魔物が住み着いたらしい。
そのおかげで、村同士の交流が絶たれてしまった。
王都から離れたこの村は、近くの村々と助け合って生きてきたのだけれど、その交流が絶たれてしまったので干上がりそうだとのこと。
腕に自信のある者たちが魔物を討伐せんと向かって行ったそうだけれど、皆帰って来なかったらしい。
……うーん、それってなんていう魔物なんだろう?
あまり強力だと、僕じゃあ手助けできないかもしれないけれど。
「助けたいのはやまやまなんですけど……」
ユウトはおじさんにそう言って、チラリと僕とララディを見る。
なるほど、優しい彼は僕たちを巻きこめないと思っているのか。
……そうだねぇ。今回は、あまり首を突っ込まないほうがいいかもしれないね。
「そんな……っ!お願いします!」
『お願いします!!』
おじさんが頭を下げると、いつの間にか集まっていた村の人たちも一緒に頭を下げた。
いやー……別に僕とララディは勇者パーティーというわけじゃないからね?
それにしても……と村人の顔を見て回る。
不思議なことに、男女の比率が圧倒的に男に傾いている。
女もいるにはいるのだけれど、その数がやけに少ない。
……僕たちを警戒して、ここに来ていないとか?
でも、僕たちを知らないならまだしも、ユウトたちのことは勇者パーティーってすぐに見抜いていたし……。
……怪しいな。
「マスター。ここは、薄汚いカス共の願いを聞いてあげるです。ララなら、大丈夫です」
僕がうんうんと悩んでいると、ララディが袖を引っ張ってきてそう言った。
そうかい?まあ、僕よりも強いであろう彼女が大丈夫だというのであれば、大丈夫なんだろうけれど。
「ユウトも、今はララディちゃんの好意に甘えておこうぜ」
「ロングマン……でも……」
「そうですよ、ユウトさん。ララディさんは分かりませんが、マスターさんは魔物と戦う力を持っています。手助けしてもらった方がいいです」
ロングマンとメアリーが、僕たちのことを考えて渋るユウトを説得する。
僕よりもララディの方が全然強いと思うけれど、ここは何も言わないでおこう。
実践に随分離れていた僕と、バリバリ前線勤務中のララディ。比べるまでもないだろう。
それに、戦闘の才能も彼女の方があるだろうしね。
……だけど、不思議だなぁ。
僕の目には、ロングマンとメアリーが不自然なまでに僕たちを連れて行こうと躍起になっている気がする。
……マスターとなってギルドの皆を守るために、送られてくる依頼書を厳選しているのだけれど、その疑いの強さがこんなところにまで影響を及ぼしているのかな?
「じゃあ……すみません。もう少しだけ、お付き合いしてください。魔物と戦うのも、僕たちだけで終わらせるようにするので」
いやいや、いいよ。
僕は本当に優しいユウトに手を振る。
この子、優しいのは美徳だけれど、少々度が過ぎているような気がしないでもない。
いつか、その優しさで痛い目を見なければいいんだけれど。
「さあ、行くですよ、マスター!」
グイグイと腕を引っ張るララディ。
君って、そんなに他人に無償奉仕をするような子だったっけ?
視線を感じてついっと目を向けると、そこには少し嬉しそうに微笑むマホの姿が。
……って、ちょっと待ちなさい、ララディ。
まずは、魔物の情報を聞いておかないと。
「えー……(ララなら、絶対に大丈夫ですけど……)」
「そうですね。村長さん、知っていることがあれば、教えてください」
ララディは僕の提案に不満そうだったけれど、ユウトが賛同してくれた。
いや、ララディはもちろん、僕もおそらくは大丈夫だろうとは思うけれど、勇者パーティーの面々は違うでしょ?
マホの話を聞く限り、この世界にやって来たのはそんなに昔じゃないみたいだし。
いくら、才能を持っていても、強力な魔物と戦えばあっさりと殺されちゃう。
「その……俺たちもあまりわからないんです」
「分からねえのか?村が困っているって言うくらいなんだから、何か知ってんだろ?」
「それが……魔物と出会った者は皆殺されてしまいましたから……」
ロングマンの質問に、汗を垂らしながら答える村長。
ふーん……そう言えば、腕自慢も敵わなかったとか言っていたよね。
この村には王国騎士どころかギルドもないため、戦闘能力を持つ戦士はいないんだろうけれど、それでも男がこんなにいても魔物に勝てなかったのか。
……これは、なかなか厄介な魔物なのかもしれないね。
「ただ、遠くから見た者が言うと、人よりも大きな魔物だったということです」
「大きな……」
……どれくらいの大きさなんだろう?
ゴーレムが相手だったりすると、流石に面倒なんだけれど。
「仕方ねえな。こんなに情報が少なくても、行くんだろ?勇者様」
「……もちろん。困っている人を、見過ごすわけにはいかないよ」
「それでこそ、勇者です!」
ロングマンがため息を吐きながら言うと、決意を固めた顔を見せるユウト。
メアリーはそんな彼を見て、褒め称える。
うん、確かに立派な志だ。
きっと、こういう子が世界に大きな変革をもたらすんだろうなぁ。
僕は、『救世の軍勢』とそこに所属するメンバーを守るだけで精いっぱいだ。
そんなことを思っていると、唯一勇者パーティーでありながらその輪に入っていなかったマホが近づいてくる。
「…………」
その顔は、不安と喜びがまじりあった微妙な表情を浮かべていた。
む、難しい感情表現だね……。
喜びの理由はいまいちわからないけれど、不安な理由は分かる。
騎士やギルドの構成員のように戦闘のプロではないけれど、力自慢だという村人たちを皆殺しにした魔物が怖いのだろう。
とくに、この前の夜、僕はマホから気持ちをぶつけられていた。
この世界に強制的に連れてこられて、命を懸けて戦わなければならない苦痛と恐怖。
……大丈夫かい?
だから、僕は思わずマホにそう声をかけていた。
「……ええ、大丈夫よ。ちょっと不安だけど、もし困ったら、マスターが助けてくれるでしょ?」
悪戯そうな笑みを浮かべて僕を見上げてくるマホ。
……ふふ、言うようになったじゃないか。
僕もニコリと笑って彼女を見下ろすと、引っ付いていたララディがギュッと力を込めてくる。
「ふんっ。マスターはララを助けてくれるです。お前に構っている暇はないのです」
「……やっと分かってきたわ。ララディって私のこと嫌いでしょ?」
「マスターに近づく羽虫は皆嫌いです」
あ、あれー?さっきまでの和やかな雰囲気はどこ行ったー?
何だか凄くぎすぎすしてきたぞー?
ララディがこれだけ尖っているのは、もしかしてマホがクーリンに少しだけ似ているところがあるからかな?
まあ、本当に少しだけで、彼女を小さなころから知っている僕は多くの違いがあることに気づいているけれど。
たとえば、感情の浮き沈みや気性の荒さは間違いなくクーリンが上だ。
マホは今、少々精神的に不安定なだけで、本当は冷静な判断ができる賢い子だ。
……いや、クーリンが馬鹿って言っているわけじゃないんだよ?
ただ、猪突猛進が過ぎることもあると言っているだけだ。
「マスターさんにララディ。そろそろ出発したいんだけど、大丈夫ですか?」
そう言って話しかけてきたユウト。
うん、大丈夫だよ。
さて、あまり積極的ではないけれど、勇者パーティーの武勇伝にお付き合いするとしようか。
 




