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第二百七十五話 心の隙間を埋める方法

 










 今日も今日とて書類と格闘する僕。

 とくに、最近はクランクハイトと一緒に市場に出ていたから、少しずつ溜まっていた書類が大変なことになっている。


 うぅ……これ、オーバーワークじゃないかな?

 もともとが、ごく小規模のギルドを運営していたから、一国を運営するような仕事なんて僕の容量を越えているよ……。


 しかし、新たな魔王が出てくるまでは、遺憾ながら僕が魔王だ。

 それまでは、ちゃんと国家運営をしていかないと……。


 そんなことを考えながら書類地獄に埋もれていると、扉がノックされた。


「ま、マスター、く、クランクハイトよ。ほ、報告してもいいかしら……」


 く、クランクハイトか。

 僕が了承の意を伝えると、おずおずとした様子で彼女が入ってきた。


 彼女はトコトコと僕の執務机の前にやってくる。


「…………」


 そして、沈黙。

 普段は、大人しいクランクハイトに僕の方から話しかけることもあるのだけれど、今回はできないでいた。


 それは、この前彼女の私室に招かれたことが原因だ。

 どうやら、あの時のクランクハイトは自身の演技に酔っていたようで、僕を出迎える用意などまったくできていなかったらしい。


 実際、彼女の部屋は恐ろしいほど汚かったし、そして……。


「あ、あの……あ、あんまり見ていないわよね……?」


 頬をうっすらと染めて、僕の目を窺うように見上げてくる。

 クランクハイトの言う見ていない……というのは、黒いパンツのことだろう。


 僕が彼女の部屋に行って出迎えてくれたのは、彼女のお尻と穿かれた黒いパンツだったのだ。

 ……うん、何を言っているのかわからないかもしれないけれども、事実なんだよね、これ。


 あの時ほどうろたえたのは久しぶりだ。

 さて、本当を言うと一度はガッツリと見てしまったのだけれども、正直なことを言うとクランクハイトが傷つくかもしれない。


「そ、そう……よ、よかったわ……」


 ということで、暗くて見えなかったということにした。

 クランクハイトはほっと安堵のため息を吐く。


 うぅ、ごめん……ぶっちゃけると、あの程度の暗さなら僕の視界は封じられないんだ……。

 しかし、一度見てしまってからはほとんど見ていないから、安心してほしい。


 娘のように思っている子のラッキースケベは、ラッキーたりえないのだ。


「う、うん……」


 再び、シンと静まりかえってしまう。

 このままでは何だかマズイ雰囲気になりそうだったので、僕はクランクハイトに報告を促した。


「や、やっぱり、あ、あれは低級悪魔だったわ……」


 彼女の報告内容は、もちろんあの市場で暴れた悪魔くんのことである。

 あれから、あの悪魔はどこかの森で発見されたそうだけれど……まあ、末路はあまりにもあれなので話す必要はないだろう。


 しかし、低級、か。

 あれだけ暴れまわれるほどの力を持っていて低級というのは、やはり悪魔というのは普通の生物とは一線を画すよね。


「で、でも、お、多くの魔族どもの感情を貪っていたから、ち、力は中級並だったわ」


 そうか……。まあ、中級でも気休めにはならないよね。

救世の軍勢(イェルクチラ)』の面々はメンタルが異常なまでに強いだろうから大丈夫だろうけれど、一般の魔族たちが悪魔の甘言に必ず耐えうるとは考えづらい。


 ヴァスイル魔王国に現れたのが、あの悪魔一体だけだったらいいのだけれど……。


「じ、自分の欲求を満たすためならどこにでも湧いて出てくるのが悪魔だから……。あ、あいつだけと考えない方がいいわよ……」


 僕の希望を打ち砕くように、クランクハイトが現実を教えてくれる。

 そうだよねぇ。戦後間もなくであり、かつ敗戦したこの国は、今悪魔たちにとっては格好の餌場だろう。


 戦争で親を亡くした者、子供を亡くした者、兄妹を亡くした者、友人を亡くした者。

 彼らがとくに、悪魔が目をつけそうな人々だ。


 事実、低級の悪魔に憑りつかれて暴れていたあの魔族も、兄を亡くしてしまって弱っていたところを悪魔に目をつけられたようだし。

 ふーむ……何か対策を講じないとなぁ。


 しかし、残念ながら僕では有効であろう対策を思いつかなかった。


「対策ならありますわよぉ?」

「ひっ!?」


 わっ!?

 うんうんと悩んでいると、僕とクランクハイト以外の声が急に聞こえて驚愕する。


 すぐにその方を見ると、ニコニコと笑う修道服を着たシスターがいた。

 あぁ……アナトか、驚かされたよ。


 クランクハイトなんて飛び上がって机を飛び越え、僕に抱き着いてきた。

 どこから入って来たんだい、アナト。扉は開かなかったようだけれど……。


「主あるところにアナトありですわぁ」


 えぇ……どういうこと……?

 もしかして、僕が知らない秘密の扉があったりするんじゃないかな?


 それよりも……ま、まだ僕を主と崇めるカルトを続けているのか。

 そろそろ勘弁してほしいのだけれど……。


「あらあらぁ。そんなことを言われるとぉ、私も悲しくなりますねぇ。私は一生懸命励んでいるというのにぃ」


 何かに熱中したり励んだりすることはいいんだよ。

 ただ、励み方とその対象が間違っているんだよねぇ……。


 この大陸には、天使教と悪魔教があるからマスター教が出張る領域はないと思うんだ。

 ……まあ、両宗教共にカルトに近いと思うけれども。


 それで、アナトの言う対策ってなにかな?


「えぇ。クランクハイトに確認したいのだけれどぉ、悪魔が巣食う人間や魔族って総じて心に隙間があるのよねぇ?あと、マスターからそろそろ離れなさい」

「え、えぇ、そ、そうよ。こ、心が弱い、も、もしくは弱っている時に甘い言葉をささやきかけて、た、対象の内部に入り込んで操るの。そ、そして、ぼ、暴走させて大量の感情を生み出させて、そ、それを貪る悪魔が多いわ。あと、離れるのは嫌だから」


 クランクハイトは僕に抱き着きながら悪魔というものを説明する。

 うん、ここまでは僕も知っていることだ。


 昔にクランクハイトと関わり、リッターとも関わってそのあたりは少し詳しくなった。

 しかし、こんなことを説明させて、アナトの真意はなんだろうか。


 ……ところで、急に室温が下がったように感じたのは気のせいかな?


「そうねぇ。だったらぁ、心の隙間を埋めればいいのだけれどぉ……マスターはどうすればいいと思いますかぁ?」


 アナトのニコニコ笑顔が僕に向けられる。

 うーん……難しいなぁ。


 心の隙間を埋める……ということは幸せになればいいのだろうけれども……。

 幸せというのは、人それぞれだしなぁ。


 とくに、僕が不本意ながら治めているのはヴァスイル魔王国。つまり、魔族の国である。

 魔族の幸せなんて、それこそ十人十色だろうし……。


「マスター、難しく考える必要なんてありませんわぁ。心の隙間なんてぇ、簡単に埋められるんですよぉ」


 えっ、そうなの?

 アナトが微笑みながら言うので、僕は驚いてしまう。


 僕は万人の心の隙間を埋められる手段をまったく思いつかないのだけれども、アナトは違うらしい。

 うーむ、頼りがいがあるね。


「そ、そんなに簡単じゃあないわよ。も、もし本当に簡単なら、あ、悪魔なんて生きていけないじゃない……」


 しかし、そんなアナトにクランクハイトが反論する。

 うん、この子の言い分にも一理ある。


 もしそんなに簡単に心の隙間を埋められるのであれば、悪魔教なんて天使教と二分するほどの存在になっていないだろう。

 だけれど、アナトはふっと笑って首を振る。


「いいえ、簡単よぉ。私の考えている案ならぁ、ねぇ」


 アナトがあまりにも自信があるようなので、クランクハイトも言葉に詰まる。

 ふーむ……案があるなら教えてほしいな。


 僕がそう言うと、アナトは慈愛に満ちた笑みで口を開いた。


「私が提案するのはぁ、国教の導入ぅ……マスター教を~、ヴァスイル魔王国の国教にしてぇ、魔族をマスター教徒にすることですわぁ」


 却下。



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