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第二百六十八話 クランクハイトとの息抜き

 










 さてさて、魔王城から出て外に出てきたわけだけれども……。

 城下には所狭しと屋台や出店があって、大きな市場を形成していた。


 案外、賑わっているみたいだね。

 戦後間もないから、まだ元気はそれほどないのかと思っていたけれど。


「す、すぐに新しい魔王が現れたのが、よ、よかったと思うわ。ひ、庇護してくれる強大な存在がいるから、ふ、不安なく生活ができているのかも……」


 クランクハイトが市場を見ながら教えてくれる。

 そっかー。確かに、今まで魔族たちは魔王が自然発生するまで自分たちで王を擁立しようとはしなかったみたいだし、今までの戦争の後は酷かったんだろうな。


 ウロボロスの前の魔王を僕は知っているけれど、彼を倒してからはすぐに魔王国を出たから、その後の混乱は知らなかったんだよね。

 ……昔で若かったからとはいえ、ちょっと申し訳ないと思わなくもない。


 しかし、賑やかで多少の喧嘩は見られるけれども、クランクハイトが懸念していたようなおかしな事件などは起きていないようだ。


「ご、ごめんなさい。す、すぐに、わ、私の幻覚魔法で事件を起こすから……!」


 あわあわとしながら魔法を行使しようとするクランクハイトを慌てて止める。

 いやいや、そんなことはしなくていいから。


 むしろ、平和なことでいいじゃないか。

 それに、僕が出てきて初日に異変と対面できるなんてことは思っていない。


 何度か歩きながら、その異変を探すのである。

 ……ぶっちゃけると、書類仕事の多さに頭がパンクしそうだったから、少し息抜きをしたかったんだよね。


 クランクハイトが報告してくれた異変を探すのはもちろんのことだけれども、僕の英気を養うという意味も含まれているのである。

 だから、まあ、気楽な感じで行こうじゃないか。


「な、なに……?ふへへへ……」


 ぽんぽんとクランクハイトの頭に手を乗せると、不思議そうにしながらも嬉しそうに笑う。

 さて、どこから見て回ろうか。


 せっかくだし、クランクハイトの行きたい場所に行ってみようか。


「え、わ、私の行きたい場所……?」


 コクリと頷くと、クランクハイトはポッと頬を赤らめた。


「そ、そそそそれって、ででででででデー……!!」


 口をパクパクとさせて、壊れたおもちゃのように同じ単語を言い続けるクランクハイト。

 ど、どうしたの?いつも以上のどもり具合だけれど……。


「な、なな何でもないわ。わ、私の行きたい所で、い、いいのよね?」


 もじもじとして、僕を上目づかいで見上げてくる。

 うん。正直、魔王としての仕事が少々疲れたから、息抜きをしたいだけだし。


 せっかく付き合ってくれたんだから、クランクハイトの行きたいところに行ってあげたい。

 それに、普段彼女がどのような所に行っているのかも気になるし……。


「じゃ、じゃあ、こっち……」


 クランクハイトがおずおずと手を伸ばしてきたので、その手を握ると嬉しそうにふへっと笑う。

 彼女に率いられるがまま移動すると、とある建物の前に立ち止まった。


 ここは……。


「ほ、本屋」


 うん、そうみたいだ。

 別に、本を売っているところはそれほど珍しいわけではない。


 実際、エヴァン王国の王都にはいくつかあったし。

 しかし、失礼だけれども、魔族の本拠地であるこの場所にあるとは思わなかった。


「ば、馬鹿で、う、うるさくて脳筋な魔族だけど、ほ、本を読むだけの知能はあったみたいね……」


 クランクハイトの辛辣な魔族評価に、僕は苦笑せざるを得ない。

 本当ならたしなめた方がいいのだろうけれども、僕も一般的な魔族は本なんて読まないと失礼極まりないことを考えていたから……。


 もちろん、うちのギルドのソルグロスやララディは魔族だけれども、本なども読むだろうし一概には考えていなかったけれども。反省である。

 そう言えばと、僕はあることが頭に浮かんでクランクハイトに向き直る。


 本と言えば、僕が上げた本はまだ持っていてくれているのだろうか?


「う、うん!」


 本屋の中に入りながら聞くと、食いつくように答えてくれる。

 お、おぉ……凄く敏感な反応……。


 僕が上げた本というのは、『傾国の悪魔』と題された本である。


「い、一番大切にしている……。わ、私が持っている中で、な、何にも代えられない大切なもの……!」


 肌身離さず持っていると、彼女はどこからかその本を取り出した。

 ちょっと言い過ぎな気もするけれども、そこまで言ってくれて悪い気持ちはしない。


 まあ、あれも僕が『あいつ』からもらった物なんだけれどね。

 良い本が書けたといって、いらないのに押し付けてきて……本当、自由な奴だったな。


 素の自分に自信がなかなか持てないクランクハイトが少しでも自信を持てるようにと渡した。

 持っていた方がいい人にあげた方が、あいつも喜ぶだろうし……。


 おっと、今はクランクハイトのことだ。

 何か欲しい本でもあるのかな?


 あの本を上げてから随分と経つし、今回も僕に付き合ってくれているからお礼に何かプレゼントしたいのだけれど。


「あ、あの……わ、私は欲しい本があるから来ているんじゃなくて……」


 あわあわと手を振るクランクハイト。

 え、違うの?じゃあ、どうしてこんな所に……。


 そう思っていると、クランクハイトはある一角を指さした。


「そ、その本……」


 彼女の指につられて目を向けると……な、なんだ、あの本は……?

 いくつもの本が置かれてある中で、一番客の目に留まりそうな良い場所に置かれてある本。


 それだけだったら普通なのだけれど、何故かその他の本と何も変わっていないように見える本が、毒々しい気配を放っていた。

 な、なんだこれは……!?リッターがたまに持ってきてくれる手料理と同じ気配……っ!?


 どうして禍々しいオーラが立ち上っているんだ……っ!?


「こ、これ、わ、私が書いた本……」


 そうなの!?

 なんだろう……店内の一番良い場所に置かれてはいけないような雰囲気が存分に醸し出されているんだけれど。


 クランクハイトが本を書いていたということにも驚いたけれども、それ以上にどうして本から禍々しい空気が出ているかが気になって仕方ない。

 禁書じゃないの?


「こ、ここに置かせてあげているんだけど……。ちょ、ちょっと店員に聞いてくる」


 クランクハイトは本屋のために良かれと思って置いているのか……。

 ……この店に客が少ない理由の一つに、クランクハイトの本が挙げられそうだ。


「ふー……」


 クランクハイトは一つ深呼吸をして、店員の元に向かって行く。

 その表情は、おどおどとした印象は一切感じられない、自信に満ちた大人の女性のものだった。


 猫を被ったね。


「ねえ、そこのあなた。ちょっといいかしら?」

「はい?……あっ、く、クランクハイト様……と魔王様っ!?」


 クランクハイトに声をかけられて、僕たちを見て驚愕する。

 ……魔王様って呼ばれるの、やっぱり慣れないなぁ。




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