第二十六話 魔王軍幹部の末路
「あら、ララディじゃない」
「あ、クーリンです」
森の中に立っているララディの元に、同じギルドのメンバーであるクーリンがやって来た。
『救世の軍勢』のメンバー同士はすべからく仲が悪いのだが、程度の差というものもある。
幸い、ララディとクーリンは悪いことは悪いが、致命的なまで……というわけではなかった。
このように、普通に会話をすることもできるのである。
「何しに来たですか?」
「この馬鹿がマスターの近くに行くことを知ったから、慌てて殺してでも止めようと追いかけてきたのよ。まあ、あんたに先を越されちゃったわけだけど」
クーリンはチラリと地面に倒れ伏しているドスを見る。
その身体は血だらけで、身体中ボロボロだった。
近くに生えている木の枝には、ドスの血が大量に付着していた。
すでに、仕事を終えた木は元の場所に生えなおされてあったのだった。
「どうしてこいつが来る場所を……っと。そういえば、『今』クーリンは魔王軍所属でしたね」
「まあね」
質問する前に自分で解決するララディ。
以前、定例会議でそりの合わないメンバーたちと話し合ったことを思い出していた。
そこで、クーリンが現在魔王軍に与している報告を受けていた。
もちろん、本気で『救世の軍勢』を……マスターを裏切ったわけではない。
もしそうだったら、ララディはとてもハッピーな気持ちでクーリンを殺せるのだが、そもそもクーリン自身が裏切った自分を許さないだろう。
マスターの求めていない忠誠心は天元突破状態なのである。
「ねえ。こいつ、マスターに危害を加えたとかないわよね?」
「ないです。マスターがこんな雑魚に傷をつけられるなんてありえないです。そもそも、ララがいてそんなことになるはずがないです。……でも、オークを近寄らせたのは事実ですから、消したです」
「……ふーん」
クーリンはララの言葉を聞いて、ふっと目が死んだ。
自分がマスターに近づくために、どれだけの努力をしているのか分かっているのか?
それなのに、汚らしいオークを崇高なマスターに近づけるなんて、死すら生ぬるい大罪だ。
ということで、クーリンはドスに対して嫌がらせをすることにしたのであった。
「えい」
ドスの死体に手をかざして光を放つ。
光と聞けば、明るくて暖かいイメージを頭の中に浮かび上がらせるものである。
しかし、クーリンの放った光は、とても暗くて冷たい感覚を送ってくるものだった。
その光を浴びたドスの死体が、劇的な変化を遂げる。
『オオオオオオ……』
「うわっ」
ララディの能力によって動かされた木に殺されたはずのドスが、ゆっくりと起き上がり始めたのである。
だが、生き返ったというわけではなかった。
木々にズタズタにされた身体の傷はそのままだし、むしろ死体の腐敗が進んでいるように見て取れた。
ララディは、思い当たる言葉を口にする。
「グールですか……」
「そっ」
ふふんと自慢げに胸を張るクーリン。
ララディは重たげに揺れる乳房をできるだけ見ないように注意するも、やはり目に入ったので舌打ちをしてしまう。
ドスは、クーリンによってグールという魔物に生まれ変わらされてしまったのであった。
「うわぁ……。なかなか、むごいことするですね」
「このまま、簡単に死なせると自分のした重大さを理解できないでしょ?マスターにオークなんて気持ち悪い魔物を近づかせた罰よ」
ララディも軽く引くような行為を、平然とやって見せるクーリン。
自分がマスターに対して素直になれない八つ当たりじゃないかと思ったが、口にはしないララディ。
今のクーリンといい、以前襲撃してきた際共同で撃退した知り合いのソルグロスといい、手段を択ばない外道ばかりだと、ララディはため息を吐く。
マスターにオークを近づけたからと、木の枝でズタズタにして殺害している自分は棚に上げている。
「グールって……あのグールですよね?」
「それしかないわよ」
グールというのは、いくつかの要因で生物が死んだ後も生ける屍としてこの世界で活動し続ける魔物のことである。
グールになった生物の魂は、魔物として捕らわれてしまい昇天することができない。
ギルドや騎士団に討伐されるまで、魂は解放されないのだ。
永遠に、暗くて冷たい場所をさまよい続けるのである。
グールとなった者が弱ければ、すぐに倒されて魂は解放されるだろう。
しかし、今グールに変えられてしまったドスは、元魔王軍の幹部でありそれ相応の力を持っていた。
そんな彼が、簡単に討伐されるはずがない。
ドスが本当に死ぬことになるのは、一体いつになるのだろうか?
「というか、クーリンもその魔法を使えたんですね。そういった魔法は、あいつの十八番だと思っていたです」
「ええ、あいつから教えてもらったのよ。まあ、あいつほど完璧じゃないけどね。あいつなら、わざわざグールに魂を閉じ込めておかなくても、魂を拘束するくらいは簡単にできるだろうし」
二人は『救世の軍勢』のとあるメンバーの顔を思い浮かべる。
マスターに対する忠誠心……というよりも、依存心が非常に強いあのメンバーのことだ。
今回のことを知れば、ドスの魂を抜き出して擦り切れてなくなってしまうまで苛め抜くだろう。
まあ、依存心で言えば、他のメンバーもどっこいどっこいなのだが。
「ふう……。じゃあ、ララはマスターとの『デート』に戻るですよ」
「―――――は?」
監視させていた植物から、マホが何やら怪しんでいる情報を得た彼女は、マスターを守るために一刻も早く戻りたいことは事実であった。
ただし余計なことに、ララディはクーリンを煽ってしまう。
他のメンバーから執着されていると言ってもいいマスターを独り占めできていることが、それほど嬉しいのだ。
気の強いクーリンは、当然応戦する。
「デートなんて思っているのって、あんただけでしょ。マスターはあんたの歩行練習としか思ってないわよ」
「こういった些細なことから、恋に発展するです」
「殺すわよ、ロリビッチ」
「こちらのセリフです、牛乳」
「…………」
「…………」




