第二百五十六話 魔王の猛威
「……思わず吹き飛ばしてしまったが、やり過ぎたか」
魔王は穴が空いてしまった壁から、はるか下を見下ろす。
眼下には、彼によってこの場所から吹き飛ばされた冒険者たちが落ちていた。
身体のあちこちがおかしな方向に曲がったり潰れたりしている。
もちろん、彼がやり過ぎたと言っているのは冒険者たちに対してではなく、壊してしまった魔王城のことである。
とくに、玉座の間は最も大切な場所なのだから、なおさらである。
「あいつが生きていれば小言でも言っていたのだろうが……」
チラリと振り返ると、死んでしまったリザードマンが。
しかし、すでに彼の命は失われてしまっている。
魔王は少し寂しそうな顔をしながら、眼下に集まった敵軍を見下ろす。
「さて、人間どもの顔を拝むとするか」
派手な爆発を起こしたせいか、多くの者たちが戦闘を止めてこちらを見上げてきている。
ここにいるほとんどの者が、魔王を殺さんとして集まった者たちである。
そんな彼らを見下ろして魔王が抱いた感情は恐怖ではなく……。
「……醜いな」
嘲りであった。
どいつもこいつも、自分と戦うにふさわしくない。
何人かは相当な力を持っている者がいる。
魔王はそんな彼らに目を向けた。
緑色のフワフワの髪を持ち、大きな花が頭に咲いている小さな女。
あれは、アルラウネだろうか?
この大陸ではほとんど見られない忍び装束を身に着け、目元以外ほとんど露出していない女。
彼女は一切わからないが、戦いぶりからしておそらく人間ではないだろう。
金髪ストレートの髪を持ち、真っ赤で絢爛なドレスを身に着けた自信満々そうな女。
青白い肌からして、吸血鬼だろう。
短く切りそろえられた白髪で、戦場にメイド服という異色のいでたちの女。
褐色の肌からして、ダークエルフだろう。
そして、立派な角を二本生やしたツインテールの女。
彼女は人間に化けているが、おそらくドラゴンだろう。
今挙げた五人は、おそらく自分とそれなりに戦えるだろう。
しかし、戦闘力で条件に満たしていても、それでも彼女たちは魔王としのぎを削る戦いをするに値しない。
故に、魔王は彼女たちから目を離して、愚かな人間たちを見下ろす。
「よくぞここまで来た、人間ども。……いや、ここにはエルフに吸血鬼、ドラゴンまでいるのか。私を殺すために、仰々しいことだ」
魔王たった一人を殺すために、これだけの軍勢が集まったのだ。
魔王冥利に尽きるだろうが、少々滑稽だ。
何故なら――――――。
「だが、はっきりと言っておこう」
魔王の全身に魔力がみなぎる。
それを察知できる者は防御の体勢をとる。
「魔王が出てきたぞ!殺せ!!」
「自分から出てくるなんて、わざわざ死にに来たのか!?」
「行けぇっ!!」
しかし、多くの者たちは魔法使いでもない以上、魔力を溜めているかなんてわからないものだ。
ギルドメンバー全員が簡単に察知できて防衛の対策をとれる『救世の軍勢』がおかしいのである。
多くの冒険者や騎士たちが、魔王城目がけて走り出す。
そのことが非常に軽率な行為だとは、何人が理解できただろうか。
「お前たち程度では、私にとって何の脅威にもなりえないのだ」
――――――有象無象など、何人集まろうが魔王にかなうはずもない。
魔王から燃え盛る炎の魔法が放たれる。
それは、プロミネンスという、火属性の魔法の中でもほとんど使い手のいない最強クラスの魔法だった。
その火炎は、容赦なく群がっていた人間たちに襲い掛かった。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「に、逃げろぉぉぉぉっ!!」
「うわぁぁぁぁぁっ!?あ、熱いぃぃぃっ!!」
悲鳴を上げて逃げ惑う冒険者や騎士たち。
しかし、魔王の炎はそう簡単に鎮火するはずもない。
彼らが火炎から解放されるのは、その命を失った時だけである。
「風よ!」
「ウィンド・スピアー!!」
それでも、ただ魔王の猛威にやられるだけではない。
魔王国に攻め入っている部隊の中には、もちろん精鋭が混じっているのだ。
その一部であるエルフの魔法部隊が、プロミネンスを風の魔法で食い止める。
さらに、反撃として風の槍が彼を襲う。
「ほう、エルフ族か。奴らは魔法を扱うことが得意だったな。なかなかいい魔法だ。だが……」
しかし、魔王の余裕は崩れない。
彼はプロミネンスを一時解除して、新たな魔法を使う。
「私には届かんよ」
それは、風の魔法だった。
魔王は二つの属性の魔法を、かなり高度な次元で扱うことができていた。
魔法に卓越しているはずのエルフの風魔法を吹き飛ばし、そのまま眼下のエルフたちを吹き飛ばす。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
悲鳴を上げて逃げ惑うエルフたち。
その中でまだ場に留まっていたのは、彼らを束ねていたルーフィギアであった。
彼女は隣で風の猛威に襲われながらも、無表情で魔王を見ているシュヴァルトを見た。
シュヴァルトは風でめくりあがりそうになるスカートを押さえながら、少々イライラしているようだ。
「ちょっと、シュヴァルト!魔王、めっちゃ強いじゃない!」
「あそこまで近づけたら斬りつけられるんですけど……」
「聞いているの!?」
風の音が凄まじい中、近づけてくるルーフィギアの顔を押しのけながら、シュヴァルトはこのスケベ風止めろよと思っていた。
「だったら、俺の番だぁっ!!」
その暴風の中、ものともせずに飛び上がった陰があった。
「ドラゴンか。最強の魔族にふさわしい威圧感だな」
魔王の前に現れたのは、赤い鱗を持つドラゴンであった。
その名を、ラスムスといった。
「ブレスでも喰らえぇっ!!」
彼の口元には炎がほとばしる。
父の死と向き合い、ラスムスはかなりの力を持つドラゴンへとなっていた。
そのブレスの威力も、混血のドラゴンの中では一二を争うほどだ。
「ブレスはちょっと困るな」
「ぶっ!?」
ブレスの危険性を熟知していた魔王は、瓦礫の一部を浮かび上がらせて、上空からラスムスの頭部に叩き付けた。
口を無理やり閉ざされたため、小規模の爆発が口内で発生。
ラスムスは人間の形態になってしまい、目をぐるぐると回しながら地面に落ちて行ったのであった。
「こら、ラスムス。出過ぎるなと言っただろうに。……どうします、姉上?」
そんな彼を受け止めたのは、ドラゴン族族長のアリスであった。
空高くから落ちてきたラスムスを難なく掴みとると、ぽいっと地面に投げ捨てた。
そして、姉の顔を窺う。
「そうだなー。流石は魔王ってところだな。魔力がビリビリするくらい感じられる」
リースは口調こそのんびりしているが、魔王の強大さは感じ取っていた。
今すぐドラゴンの形態をとって無力化させたいのだが、今回はマスターが頑張らなければならないのである。
……まあ、いざとなればそんなことは知ったことではないが。
「っ!?」
その一方、魔王の背後の影から現れた吸血鬼が襲い掛かるが、簡単に腕を掴まれてしまう。
「吸血鬼……。そうか、あのドラゴンの背に乗っていたのか。よくぞここまで来た……と言ってやりたいところだが、お前も私の前に立つ資格はないな」
「がっ……!?」
身体を回転させて、吸血鬼の無防備な横っ腹に蹴りが叩き込まれた。
ミシミシと骨がきしむ音がし、確実にヒビは入っただろう。
彼はそのまま吹き飛ばされ、動かなくなってしまった。
「あー!!わたくしの……というよりもマスターの手足である兵を……!許せませんわ!!」
それを見ていた吸血鬼領の領主、ヴァンピールは激怒した。
マスターの尖兵となるべき吸血鬼に、なんてことをしてくれるんだ。
ヴァンピールの怒りに、珍しいことにメルとリトリシアが同調する。
「そうですね。では、ヴァンピール様は突撃をなさるんですね」
「一花咲かせて散りなさい」
「あなた方が行くんですのよ!どうして領主に無謀な突撃をさせようとするんですの!!」
いつも通りの吸血鬼陣営であった。
「さてさて、賑やかなことだが、私はそのようなことは求めていないのだ」
魔王は苦笑しながら、再びプロミネンスを発動する。
まるで、炎が生きているかのように動き回り、眼下の魔王討伐隊を蹂躙していく。
さらに、いくつかの火球を作って雨のように降らせる。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」
「た、助けてぇぇぇぇぇぇっ!!」
まさに、天災と言うべき凄まじい惨劇が始まった。
人が焼け、エルフが吹き飛び、ドラゴンが打ち落とされ、吸血鬼が消滅する。
魔王とは、それだけの力を持っていた。
たとえ、どれだけの軍勢が襲い掛かってこようとも、正面からまともにぶつかり合えるほどの力を。
「私と戦うにふさわしい者を!!さあ、出て来い!!」
しかし、今代の魔王に弱者をいたぶって喜ぶ性格などなかった。
ただ、求める。
自分が全力を出して戦うに値する、魔王と比類するほどの強者を。
そのような者が出てくるまで、魔王はそれぞれ一つ一つが小隊規模の部隊を吹き飛ばせるような強力な魔法を放ち続ける。
そして、ついにその者が現れた。
「――――――ッ!?」
猛威を振るっていた魔王の魔法が、一瞬ののちに掻き消えてしまった。
彼自身はまだ攻撃を続けるつもりだったので、目を見開いて仰天する。
そして、それはすぐに何者かが魔法に干渉して打ち消してきたのだと理解することができた。
そのようなことをできる者は、魔王は一人しか想像できなかった。
「……そうか。やはり、お前だな。マスター」
魔王が視線を向ける先には、一人の優男がいた。
彼は穏やかに微笑みながら、魔王を見ていた。




