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第二百五十一話 着替え

 










 マスターはウキウキ気分で部屋に戻っていた。

 というのも、今回の魔王軍四天王の一人であるラルディナを倒したことによって、ようやくクーリンが信用されたのだ。


 まあ、元魔王軍の四天王をすぐに信用しろというのは明らかに無理難題であるが、これまでの功績を振り返ってようやく人間側だと認められたのだ。

 これで、自分が監視する必要もなくなり、クーリンも一人部屋を借りられるというものだ。


 彼女だって、同じギルドだとしても男と一緒の部屋は嫌だろう。

 良い土産話ができたと帰ってきて、いつもなら必ずしているノックを忘れてしまった。


「お、お帰り、マスター……」


 結果、クーリンの脱衣シーンに突入してしまったのである。

 マスターはピシリと身体を固める。


 笑顔が明らかに引きつっていた。

 幸い、大事な所は見事なまでに脱げかかった衣服のおかげで見えていないが、逆にそれがきわどさを演出していた。


 クーリンのスタイルは非常に良い。

 胸の大きさだけで言えば、スタイルの良さに恵まれた者が多い『救世の軍勢(イェルクチラ)』メンバーの中でも一番である。


『僕の方が大きいけどね!』


 脳内に響くリミルの声を、頭を振って払う。

 とにかく、クーリンは男なら思わず声をかけてしまうような色気を持っている。


 もちろん、ナンパでもしようものなら良くて罵声を投げかけられ、悪ければ認識すらしてもらえないのだが。

 そんな男を魅了してしまうクーリンであるのだが、マスターはまったくそういう気持ちにならない。


 娘のように思っているメンバーの着替えシーンに乱入してしまっても、ラッキーと思えずただただ申し訳なさが深まるばかりである。


「はわわわわわわわわ……」


 さて、混乱していたのは何もマスターだけではない。

 クーリンも頬を赤らめながら、目をぐるぐると回していた。


 自分から誘惑するのは大丈夫なのだが、不意なものに彼女は異常に弱かった。

 普段はノリノリでマスターを誘惑するのに、自分勝手と言えば自分勝手である。


 とはいえ、とくに今はマスターに恥ずかしいところを見せないために水を浴びようとしていたのに、もっと恥ずかしいところを見られてしまったのだから混乱しても仕方ないかもしれない。


「待ってっ!!」


 一言謝罪して部屋を出て行こうとするマスターに、待ったをかけるクーリン。

 何故と本気でうろたえるマスター。


 クーリンもまた正気ではなかった。

 強烈な羞恥心によって、色々と脳内のあってないような理性が溶けてしまったのである。


 そして、そのぶっ飛んだ頭はとんでもない結論を下した。


「マスターの裸を見てお相子にするわっ!」


 ――――――!?


 まさかの発言に、マスターは笑顔のまま猛烈な汗をかく。

 いくら可愛がっているギルドメンバーのお願いであってもこれだけは聞けないと、扉に向かって走り出す。


「とぅっ!」


 しかし、色々とぶっ飛んでしまったクーリンは逃がさない。

 つい先刻まで、魔王軍四天王のサンダーバード、ラルディナと戦闘を繰り広げた後とは思えないほどの跳躍を披露する。


 そして、そのままマスターの背中にどーん。

 腹の上に座るクーリンは、満足そうである。


 なお、今の彼女は半裸どころかほぼ全裸なのだが、うまい具合にふわふわの赤い髪が大事なところを隠している。


「ほらぁ、マスター。脱ぎなさい……脱ぎなさい……」


 明らかに正気ではないクーリンを見て、マスターは必死に押しとどめようとする。

 しかし、彼は気づいていないが、実を言うと彼女はすでに正気を取り戻していた。


 確かに、想い人に裸を見られるのは一時的に正気を失うほど恥ずかしかったが、いちいち羞恥心で平常心を欠けるような軟弱者でもない。

 まあ、マスター以外に見られていたら、恥ずかしがる前にその者を殺害してなかったことにするだけだ。


 今のクーリンは、マスターの裸を見たいという明らかに自身の欲望に忠実に動いていた。


「ふっふっふっ……観念しなさい」


 マスターも全力で暴れれば抜け出すことができるだろう。

 しかし、そんなことをすれば、大切に思っているクーリンが怪我をしてしまうかもしれない。


 そして、その優しさをしっかりと分かっているクーリンは勝利を確信する。


「ふ、ふふふ……」


 クーリンの鼻からは色々と想像した結果、鼻血が流れている。

 いやぁっと目を覆うのはマスター。


 男女逆転の展開である。

 そして、クーリンがマスターのズボンをズリ下ろそうとしたとき……。


「うぎゃっ!?」


 マスターのペンダントがバチッと光り輝き、クーリンの意識を刈り取ったのであった。

 マスターは慌てて彼女の様子を確かめるが、気を失っているだけで大きな外傷はなかった。


『ふー、危なかったね、マスター』


 ペンダントから彼に話しかけるのは、『救世の軍勢(イェルクチラ)』外の者にもかかわらずマスターと仲の良いリミルである。

 ペンダント越しに攻撃もできるのかと、マスターはその性能に驚く。


『物凄く疲れるし、大した攻撃は通せないけどね。連発しろと言われたら無理だよ』


 それでも凄いし、助けてくれてありがとうと礼を言うマスター。


『いやはや……マスターのあられもない姿は是非見たいんだけど、それを他の女も見るというのは嫌だからね。マスターが僕のものになってくれたときに、じっくりと見させてもらうとするさ』


 それはない。




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