第二百四十一話 魔王軍と闇ギルドの思惑
ヴァスイル魔王国の最重要拠点である魔王城。
そこの玉座の間で、魔王はラルディナの報告を受けていた。
「……そうか、失敗したか」
「はっ、申し訳ありません」
ラルディナは自身の失態ではないのだが、魔王に頭を下げる。
彼女の担当した戦線は非常にうまくいっており、どんどんと人類を駆逐していっているのだが、そのほかの戦線が失敗していては意味がない。
「魔王軍四天王の二人をあてていた重要戦線であったのだが……まさか、このような事態になるとはな」
何故、小国の方面に二人もの四天王をあてがったのか。
それは、そのすぐ後ろにそれなりの国力を誇るエヴァン王国があるということもあったが、本当はその二人が問題児だからである。
オークキングのケードは力こそあるが、オークという種族の呪縛からは放たれることはなく、知能が他の者よりも劣っていた。
クーリンの場合は、そもそも魔王に対してろくな忠誠心を持っていなかった。
だからこそ、彼らを一緒にして相互監視させて作戦にあたらせていたのだが、見事にそのもくろみは破綻してしまったようだ。
「報告によると、ケード率いるオーク軍団は全滅。もはや、この戦争でオークは役に立たないかと」
もちろん、失敗するかもしれないという予想はあった。
しかし、それでも侵略が一時停止して膠着するくらいだと考えていたのだ。
それが、ケードはその命を落とし、多くのオークたちもその後を追った。
そして、クーリンも……。
「問題は、クーリンです……!」
ラルディナは歯を食いしばる。
そう、クーリンはケードのように人間に殺されたというわけではない。
なんと自ら人間に捕まりにいったのである。
それも、嬉々として。
「あの女は人間に捕らえられると、すぐにこちらに牙をむいてきました。オークの多数も、あの女が召喚した魔物にやられたとのことです……!」
鬱陶しいオークを殺すためなのだから、クーリンはウキウキである。
「ふむ……。確かに、クーリンが抜けた穴は大きいな。あいつの魔法には、一人で大隊以上の価値があった」
「あの裏切り者には、私が必ず報いを……!!」
クーリンの使う魔法は召喚魔法。
そこから出てきた魔物を自由に使役することができる。
これは、珍しくはあるが現代にも残っている魔法である。
しかし、クーリンはその使役できる魔物の数が桁違いに多かった。
そのため、一人で数百の兵力を担うことができるのである。
しかも、それらはただの人間などではなく、強力な魔物である。
人間の兵数に変換すると、十倍ほどの戦力を保持していた。
その人物が人間側に……しかも、その力を嬉々として魔王軍に向けてくるようになれば、脅威以外の何ものでもない。
だからこそ、同じ四天王としてラルディナが引導を渡すことを決意するのだが……。
「いや、問題はクーリンではない」
「……はい?」
魔王は首を横に振った。
確かに、敵にまわってしまったクーリンは脅威だ。
しかし、それ以上に厄介な者が、人類側にはいるではないか。
「クーリンが人間に捕まる前、すでにケードはやられていただろう。……あの、強力な魔法を使う男に」
「…………っ!!」
ハッと思い出すラルディナ。
もともと、気に食わなかった上に裏切りをしたクーリンに対する怒りで目がくらんでいたのだが、もう一人魔王軍にとって重要な脅威となり得る人間が報告されていた。
それが、クーリンの力を借りずともケードを殺してしまった優男のことである。
「あれは、太陽魔法だろう。今では失われた魔法であるが、まさか使い手がいるとはな……」
「そ、そんな強力な魔法を使えるのが、に、人間に……!?」
ラルディナは驚愕する。
彼女も、見た目とは裏腹に長い時を生きた魔族だ。
太陽魔法という存在も知っている。
しかし、あれには豊富な魔力量を持ち、かつ魔に秀でた魔族でも扱える者がいないほどの魔法だ。
それを、ただの人間風情が扱えたというのか?
「しかも、一度ではなく何度も火球を生み出して放っていた。あの男と戦える者は、魔王軍にも存在しないだろう」
「くっ……」
ラルディナは悔しそうに歯噛みする。
確かに、魔王の言う通りだ。
あれだけ強力な魔法を何発も撃って、さらにその後は平然としているような馬鹿げた魔力量を持つ男と戦って、確実に勝利を捧げられるだろうか?
まず、間違いなく無理だろう。
そして、ラルディナが不可能だということは、四天王がほぼ全滅した現状、魔王軍の中で抗する者は誰もいないということになる。
……いや、一人存在した。
「故に、あの男は私が手ずから殺そう」
「…………っ!!」
その存在である魔王が立ち上がって宣言し、ラルディナは驚愕する。
魔王が直々に戦闘を行うのは、人類の最終兵器といってもいい勇者とだけだ。
確かに、前代の魔王は『勇者ではない人間』と戦ったと聞いているが、まさか今代でもそうなるとは……。
しかし、今のところ勇者は活動をしておらず、あの男と戦って消耗してもその場を勇者がついてくるということは考えにくい。
事実、今代の勇者であるユウトはパーティーメンバーであるマホと異世界に帰還しているため、今回勇者は存在しない。
「あの男が人間側にいて、四天王がほぼ全滅してしまった今、これ以上広い戦線を維持することは非常に困難と言わざるを得ない。侵攻を一時中断し、今支配している地域を守るように伝えよ」
「はっ!!」
ラルディナは頭を一度下げて、玉座の間を出て行った。
魔王は少し楽しみだった。
ここまで魔王軍を追い詰めるだなんて、まるで勇者みたいではないか。
「私を倒せるかな?勇者」
魔王はニヤリと笑うのであった。
◆
そして、『救世の軍勢』本部でも、修道服に身を包んだ女が艶やかな笑みを浮かべていた。
「あははぁ。いい具合ねぇ、計画通りっていう感じぃ。……ま、まあ、マスターっていう例外もあったけどぉ」
面白い。非常に面白い。
自分の思う通りに世界が動いている。
マスターがエヴァン王国女王であるニーナに呼び出されていたことは、当然把握している。
それどころか、そう仕向けたほどだ。
今まで、マスターに対して非常に過保護であったアナトであったが、最近の彼の活躍を見て少し表に立ってもらうことにしたのだ。
いずれ、世界をプレゼントするのだ。
その時のためにも、今回のマスターが表に出るのは非常に重要である。
とくに、ヴァスイル魔王国を構成する魔族というのは、概して強い者に服従する。
彼らが魔王に従うのも、魔族で最も強い存在が魔王になるからである。
だからこそ、魔王国を手に入れるためには、マスターの強さを見せつける必要があった。
このことから、今回マスターの情報は一切規制していない。
存分に魔王国を構成する魔族に知らしめた。
……まあ、四天王の一人であるケードを殺すのはララディとソルグロスにやらせる予定だったのだが、嬉しい方向にマスターが裏切ってくれた。
ついでに、魔王軍に潜入させていたクーリンも諸共に消せたらいうことはなかったのだが、流石にマスターの前ではそのようなことをできるはずもない。
「メンバーもあちこちに派遣したしぃ……準備は万全ねぇ」
マスターはすでに魔族の間でも名が挙がっているだろう。
あれほど強力な魔法を使える人間が、噂にならないはずがない。
しかし、そうするとマスターを狙う魔族が増えて、彼に危険が及ぶかもしれない。
だからこそ、他のメンバーも派遣したのだ。
「ヴァスイル魔王国……マスターのために、もらうわねぇ?」
アナトはニッコリと微笑む。
ようやく、マスターに形あるプレゼントをすることができる。
彼女はとても幸せだった。




