第二百二十九話 リミルからの贈り物
黒い髪を揺らしながら、何が楽しいのかニコニコと笑いながら僕の顔を見つめてくる女性。
彼女の名前はリミルといった。
リミルの特筆すべき点は、彼女が『救世の軍勢』に所属していない存在だということである。
僕は、少し前まではギルドメンバー以外に知人と言えばこの子しかいなかった。
まあ、最近は冒険者ギルドのルシルやルシカ、エヴァン王国の女王のニーナ、真祖の吸血鬼リトリシアなどがいるけれど。
ヴァンピールの眷属であるメルや、リースの妹であるアリスはギルドメンバーがいなければ会うこともなかっただろうから、除外である。
僕個人としての知人というのは、リミルくらいしかいなかった。
そんな彼女が、とても久しぶりに僕の所にやってきた。
全然姿が見えなかったけれど、何かあったのかい?
「いやー。相変わらずだけれど、このギルドの防衛網が凄いのなんのって。僕じゃなかったらあっけなく見つかって闇に葬られていただろうね。…………まあ、他にも理由はあるけど」
はははっ、面白い冗談だ。
うちの子たちは、別にそんなに怖いことはしないよ。
「いや、するよ、マスターのためだったら。というか、マスターが求めていなくても勝手にするだろう、あの子たち」
……え?そうなの?
僕が聞くと、神妙な顔つきで頷くリミル。
ま、まっさかー。僕は彼女の冗談だと認識した。
リミルは時々僕をからかうようなことを言ってくるからね。これもその一環だろう。
「……まあ、マスターがいいんだったらいいんだけどね」
そう言えば、クーリンのことはどこに飛ばしたのかな?
おそらく、転移魔法を使ったんだと思うんだけれど……。
危険そうな魔法だったら止めていたけれど、転移魔法だったら特に問題もないと思ったのだ。
……まあ、飛ばされた場所によっては危険かもしれないけれど、リミルに限ってそのようなことはしないと信じている。
「僕も、マスターに嫌われたくないからね。君が怒りそうなところには転移させないさ。それに、マスターじゃないんだから、超高度な魔法である転移魔法でそうそう遠くまで飛ばすことはできないしね」
だから、怖い目はしないでくれとリミルは言って手を振る。
怖い目?そんなのしていないつもりなんだけれどなぁ……。
それに、転移魔法というのは別に大して難しい魔法ではないと思う。
……まあ、僕以外にポンポン使っているのはあまり見たことないけれど。
そう言えば、ラルド帝国の残党だと言うヒルデは使っていたな。
……あぁ、何だかまた気分が落ち込んできた。
「僕がクーリンを飛ばしたのは、彼女の職場さ。命の危険はないよ。……とっても怒っているだろうけど」
クーリンの職場……力の強さが物を言う場所だよね?
……凄く不安なんだけれどぉっ!本当に、あの子大丈夫なのかな?
僕に心配されずともしっかりやっていける子だということは分かっているのだけれど、親心的にはやはり心配なのである。
あとで、何とか見つけ出して会うことを心に決めながら、どうしてここに来たのかをリミルに聞いてみる。
「ふふ。最近、会えなかったからね。寂しくて、つい寄っちゃっただけだよ」
リミルは蠱惑的に微笑むと、僕の方に身体をスススっと寄せてくる。
そして、豊満な……それこそ、クーリンをも超える双丘を身体に押し当ててくる。
その感触に、男である僕は……僕は……!
苦笑しながらリミルの肩に手を置き、密着してくる彼女の身体を離す。
こらこら。女の子がそう密着したらいけないよ。
「むー。相変わらずつれないなぁ。そんなに若い見た目なのに、もう枯れちゃっているの?」
リミルは一切態度を変えない僕に不満があるようで、ぷくっと頬を膨らませて上目づかいで見てくる。
いやー、なかなか失礼なことを言うね、この子。まあ、外れてもいないからいいのだけれど。
確かに、リミルはうちのギルドの子たちに勝るとも劣らない可愛らしい容姿の子である。
しかし、付き合いも長くなれば、自然と娘のように見えてきてしまうもの。
ゆえに、僕は彼女をギルドメンバーたちと同じように恋愛の対象とみなさなくなるのも当然だった。
「なに、僕に任せてくれよ。性欲を高める魔法も、探せばあるだろうさ」
いや、別に性欲がないわけではないし……多分。
さて、随分と話が逸れてしまったけれど、結局リミルはどういった理由でここに来たのかな?
僕がそう聞くと、彼女はポンと手を合わせる。
「そうそう。マスター、最近よく外に出ているそうじゃないか。僕も君とデートがしたくてね」
で、デート?
別に、あの子たちとデートをしたつもりはないんだけれど……。
しかし、最近外出を多くしていることは事実である。
僕はリミルに向かって頷く。
最初に来ていたクーリンが先だけれど、あの子の後で良いんだったら付き合うよ。
その返答を受けたリミルは、何故か難しそうな顔をする。
「うーん……本当はイチャイチャしたいんだけど、『救世の軍勢』の子たちが、僕がマスターに近づくことを許すはずもないじゃん?」
そんなことないでしょ。
君があの子たちをからかうから、いがみ合っているだけで……。
僕の言葉に、リミルはやれやれと首を横に振る。
「マスターは凄いけど、あの子たちのことを全然分かっていないね」
言葉の槍が僕の胸を貫く。
うぅっ……人が時々気にしていることを……。
「人……?」
どこか呆けた表情を見せるリミル。
いや、人だよ。ギルドの子たちもそうだけれど、どうして最近僕を人だと認めないんだ。
……まあ、純粋な人ではないけれども。
「ま、とにかくそういうことだから。でも、意思疎通くらいはしたいと思ってね」
リミルはそう言って胸の谷間に手を入れ、そこから何かを取り出した……って、どんなところに入れているんだ。ダメだろ。
ララディとかが見たらブチ切れそうだ。
彼女は取り出した何かを手のひらに乗せ、僕に差し出してくる。
それは、赤い宝玉のついたペンダントだった。
かつて、僕が勇者パーティーのマホに上げたものを思い出させる。
なに、これ?
「それを通して会話をすることができるんだよ。僕の最高傑作だね!」
ふふんと大きな胸を揺らしながら自慢げに腰に手を当てるリミル。
僕はそれを受け取り、その妙な生暖かさを感じないように心頭滅却する。
へー、凄い道具じゃないか!
僕も通信魔法を創ったけれど、このアイテムを量産できるとなると凄く普及するだろうね。
「いや、それともう一つの対になるものしか創れなかったんだけど……。というか、それでも凄いんだからね!」
プンプンと怒りを表し、自身の……また胸の谷間からもう一つの赤いペンダントを取り出す。
だから、どんな所に入れているの……。
しかし、そうか。ちょっと無責任なことを言ってしまった。
とはいえ、それでも凄い発明だ。
「ま、とにかく、それで僕とマスターはいつでも連絡を取り合えるという感じだね。嬉しい?」
僕を満面の笑みで見上げてくるリミル。
僕は素直に頷く。
数少ない友人と、いつでも会話ができるというのは素晴らしいことだ。
僕の反応を見たリミルは、また笑みを濃くする。
「じゃ、目的の物も渡せたし、僕はそろそろお暇させてもらうとするよ」
リミルは黒い髪をなびかせながら、スッと僕に背を向ける。
おや、もう行ってしまうのかい?
「うん、僕も名残惜しいけどね。この部屋にギルドの子が近づいてきているから、僕はさっさといなくならないと。なに、今はそのペンダントがある限り、いつでも話ができるから、それほど寂しがることはないよ」
そうか……。
ここで、うちの子たちと仲良くしていけばいいのに……と思わないでもなかったけれど、彼女たちが望まないことをするのは僕の本意でもない。
余計なお世話は、できる限りしない方がいい。
「じゃあね、マスター。また、ペンダントから話しかけるから」
リミルは最後にニッコリと微笑んで、おそらく転移魔法で姿を消した。
僕は軽く手を振りながら、彼女を見送る。
トテトテという小さな足音が近づいてくるのを聞きながら、ペンダントに目を落とす。
……これ、見られたら面倒なことになりそうだな。
僕はそう考え、服の中にペンダントを隠すのであった。
この時、僕は寝ようとした時にもしきりにリミルが話しかけてくるので寝不足になるという未来を、まだ知らないのであった。




