第二百二十六話 報告と魔王軍
ヴァスイル魔王国の王城の一室に、魔王軍のトップたちが集まっていた。
魔王国の王にして魔王軍最高指揮官の魔王をはじめ、それぞれ強大な力を有する四天王も集まっていた。
しかし、本来四人のはずの四天王の席は三人がかけているが、一つの席が空いていた。
そのことが、現在怪我を負っているヒルデが報告している内容であった。
「…………以上が報告になります」
ヒルデはニッコリと微笑んでそう言い終えた。
本当はこのような面倒なことはしたくなかったのだが、最早抜ける組織である。
最後くらいはちゃんとしようかなと気が向いたのだ。
それに、新たな争いを誘導する必要もある。
「ねえ、あなた」
「はい?」
「あなた、上司であるイザッコがやられていたのに、おめおめと逃げ帰って来たの?」
話しかけてきたのは、魔王軍の一角を担う女の魔族であった。
話し方はとても穏やかだが、恐ろしく不機嫌なことが分かるほどの殺気を向けてきていた。
押しつぶされそうな重圧がヒルデに襲い掛かる。
流石は魔王軍の四天王の一人と言うことができるだろう。
その圧力は、同じく四天王であったイザッコのそれよりも数段上だった。
まあ、最近マスターというとんでもない存在と相対したので、あまりどうとも思わなかったが。
「イザッコさんは魔王軍四天王の一人です。そんな彼を倒してしまうほどの相手に私が挑みかかったところで、どうにもなるわけないじゃないですか」
「あなたの命なんてどうでもいいわよ、捨ててしまいなさい。私が言っているのは、魔王軍のメンツが丸つぶれだと言っているの」
ヒルデは一応言い返すが、女はまったく聞く耳を持たない。
本当に、彼女にとってヒルデはどうでもいいのだろう。
ヒルデも同じように思っているので、お相子だが。
いや、彼は力を玉に集めるために女を利用しようとしているので、まだ彼の方が歩み寄る姿勢を見せている。
「ドラゴン族が強力な魔族なことは事実だけれど、四天王の一人を殺して協力関係も一方的に打ち切るですって?随分と舐めてくれるじゃない」
もう、ヒルデは何も言わないことにした。
このまま放置しておけば、いい具合にどこぞに戦争でも仕掛けてくれそうだからである。
最悪、敵前逃亡とか適当な言いがかりで殺されかけたら、逃げればいい。
しかし、意外な人物がここで口をはさむ。
「うるっさいわね。殺される方が悪いんでしょ?」
テーブルに肘を乗せてくだらなさそうに目を細めているのは、真っ赤な髪を持つクーリンであった。
魔王軍四天王の一人であるが、ヒルデは彼女が魔王に対してなんら忠誠心を持っていないことを知っている。
そして、彼女が唯一忠誠を捧げているのがマスターで、闇ギルド『救世の軍勢』のメンバーであることも。
「あなた、魔王軍の者として何も思わないの?プライドのかけらもないのね」
「…………」
クーリンは女の言葉に何も言い返さなかった。
事実、魔王軍としてのプライドなんて微塵も持ち合わせていないからである。
むしろ、彼女は魔族に対して憎しみすら抱いていたほどだ。
それも、マスターと出会ったことでどうでもよくなったが、魔族たちを束ねる魔王軍に愛着など沸くはずがなかった。
「ふん、あなたは所詮……」
「――――――よせ」
女が続けざまにクーリンをあざ笑おうとすると、鋭い声が響いた。
声を張り上げているわけでもないのに、女は言葉を止めざるを得なかった。
その言葉を発したのは、ヴァスイル魔王国の君主である魔王だった。
その姿は、魔族らしい人間離れしたものではなく、一見人間と見間違うほど人の姿に近かった。
しかし、全身からにじみ出る魔の気配が、彼が人間であることを強く否定していた。
「今、過ぎたことで揉めても仕方あるまい。それよりも、未来のことを話しあうべきでないか?」
「…………はい」
魔王の言葉に、クーリンを挑発していた女が渋々といった様子で引き下がる。
不満そうな顔をしていても、彼女が黙って従う相手なんて彼くらいである。
つまり、彼が魔王であることは彼女にも認められているということだ。
魔族というのは、概して強い者に従う傾向がある。
彼らをまとめている魔王は、それ相応の力を持っているということだった。
なお、クーリンはその枠組みから除外される。
「それで、ヒルデ……だったな。イザッコは誰にやられた?アリスか?」
魔王はドラゴン族の長の名前を出す。
強力な魔族の長ともなれば、魔王にも名が知られているのである。
ヒルデはその問いかけに首を横に振る。
「いえ、彼女の姉である黒龍です。いやはや、最強のドラゴンの名にふさわしく、とんでもないほどの力を持っていましたよ」
「そうか……」
魔王は重々しく頷くと、黙り込んでしまう。
重苦しい沈黙が辺りを覆った。
「魔王様。生意気なドラゴン族を征伐するのであれば、是非私にご命令を」
四天王の一人である女が立ちあがり、魔王に進言する。
彼女には一人でドラゴン族を壊滅させる自信があった。
アリスという強敵がいるが、彼女を除けばそれもまた可能かもしれない。
ヒルデは彼女を見てそう分析した。
しかし、今はドラゴン族に四天王をぶつけるわけにはいかない。
ヒルデは大きな争いを作り出すために、女の考えを否定する。
「いえ、私は反対です」
「……なに?雑魚が私に意見をするの?」
ギロリと目を向けられるが、言葉を続けるヒルデ。
「魔王軍の仮想敵はドラゴン族ではなく人間のはずです。今まで、そのために準備をしてきました。その方針を急に転換するというのは……」
「あなたの意見なんて聞いていないわよ。……もういいわ、ここで……」
言葉の途中で女は遮る。
自分の意見を否定する……しかも、それが明らかに格下の身分であるヒルデが、である。
プライドの高い女には到底許すことができなかった。
その殺意のままに彼を殺そうと魔力を高めると……。
「よせと言っただろう」
「…………っ」
再び、魔王の一声で止められる。
女は魔王に逆らうこともできずに、ヒルデを思い切り睨みつける。
「ヒルデの言う通りだ。確かに、イザッコを殺したドラゴン族には、いずれ相応の罰を受けてもらう。しかし、イザッコをドラゴン族の集落に派遣したのも、人間どもと戦争をするためだ。目的は、最初から一貫している」
「はっ」
女は不服そうにしながらも、魔王の言葉にうなずく。
ヒルデは自身の計画通りに動く状況に笑みを隠しきれずに、歪んだ口元を戻さずに魔王に確認する。
「それでは……」
「ああ。我ら魔王軍は、これより人間どもに戦争を仕掛ける」
にやぁっと笑みをこらえきれずに、ヒルデは下を向く。
傍から見れば魔王の言葉を受け入れたように見えるだろうが、下から見れば醜く歪んだ笑みが見られる。
「みな、奮励せよ」
『はいっ!!』
「はーい」
魔王の言葉に、四天王が立ち上がって返事をする。
大して忠誠心を持ち合わせていないクーリンは、つまらなさそうにしながら返事をしたが。
心はすでにマスターのところにあった。
「ふっ、ふふふ……」
ヒルデは笑う。
戦乱を引き起こし、玉に力を集め、宿願を果たし、マスターを殺す。
その計画が、確実に一歩ずつ前に進んでいくのであった。
「ところでヒルデ。お前、その傷は大丈夫か?」
「だ、大丈夫です」




