第二百七話 かつての四天王の末路
「ぐぅぉぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
イザッコの身体は、まるで風に吹かれる塵のように簡単に吹き飛ばされる。
彼は四天王の一人である。その線の細い見た目に反して、そうそう簡単に吹き飛ばされるような軟な肉体はしていない。
しかし、そんな彼はこうもあっけなく殴り飛ばされていた。
会議場からも飛び出し、イザッコは外に出る。
このままではどこまででも飛んでいきそうだったので、高い身体能力を活かして何とか地面に脚をつける。
それでも、まだ勢いが止められず、脚に力を込めて地面を削りながらもなんとか踏みとどまった。
結果、会議場からかなり離されてしまった。
「ぐっ……!?」
口元を触ると、べったりと血がついていた。
信じられないほどの力で殴りつけられたとき、口の中を切ったのだろう。
じんじんと響いてくるような鈍い痛みと出血を見て、イザッコの頭の中が怒りで沸騰する。
「ふざけやがってぇぇぇぇぇぇっ!!」
集落中に響き渡るような、とてつもない声量。
それを聞いた一部のドラゴンは、身をすくませる。
力のないドラゴンだけとはいえ、最強の生物を声だけで萎縮させるほどの力を持つイザッコ。
そんな彼が、雌のドラゴンに吹き飛ばされたことを我慢できるはずもなかった。
「ふざけているのは、お前だろ」
イザッコの前に降り立ったのは、彼を殴り飛ばした張本人であるリースであった。
うるさそうに耳に指を入れている。
「お前、誰を餌にするって言った?ヴァンピールの奴もムカつくけど、ギルド外の奴が言うともっと腹が立つんだよ」
ギロリとイザッコを睨みつけるリース。
混血のドラゴンたちがマスターを馬鹿にしたこともあって、彼女はとても腹が立っていた。
そんな時に、イザッコの『餌』という発言である。
彼女の堪忍袋の緒を切るには、十分な言動であった。
「ヴァンピールぅ?誰だか知らねえけど、人間を餌だと言って何が悪い!?そこにいる奴も、人間だろうがっ!!」
「マスターが人間に見えるのか?お前、ホントに四天王の一人か?レベルが落ちたんだなぁ」
「テメェ……っ!!」
明らかに馬鹿にされて、イザッコはさらに怒りを高めていく。
もはや、彼の頭にはドラゴン族を魔王軍に協力させるという目的はすっかり消えていた。
目の前にいる舐めた態度をとってくれる女を、ズタズタにして食い殺してやる。
ただ、そのことだけを考えていた。
「もう我慢ならねえっ!ぶっ殺してやる!!」
「ドラゴンに喧嘩を売ってただで済むと思うなよ、雑魚野郎」
そして、激怒していたのはリースもまた同様である。
こうして、二人の人外じみた力を持つ化け物たちが、激突するのであった。
◆
「おらぁぁぁぁっ!!」
最初に仕掛けたのは、やはりというべきか、イザッコであった。
人間離れした脚力で、一気にリースとの距離を詰める。
「(魔王軍だし、やっぱりただの人間じゃないよな)」
目前まで迫り、その勢いのまま飛び蹴りをしてくるイザッコ。
リースはそれを軽く身をひねることで回避しながら、冷静にそんなことを考えていた。
イザッコの身体能力には目を見張るものがあるが、身体能力が人外じみているのはリースもまた同様である。
これくらいの速度の攻撃なら、簡単に避けることができた。
「まだだぁっ!!」
イザッコは通り過ぎても、すぐに地面に脚を食い込ませて静止する。
そして、飛びあがると、リースの真上から強力なかかと落としを繰り出した。
「おっ」
リースは竜の鱗を展開した両腕を交差させて、その攻撃を受け止めた。
衝撃のあまり、彼女が脚をついていた地面がひび割れる。
竜の力を使って受け止めても、ミシミシと腕が悲鳴を上げていることに少々驚くリース。
「やっぱり、四天王なだけあるな。いい攻撃だ」
「な、舐めやがって……っ!!」
渾身のかかと落としを受けてものんきなことを言うリースに、イザッコの額に太い青筋が浮かぶ。
「ただ、攻撃を止められてすぐに回避をしないのは、ダメだと思うぞ」
「…………っ!?」
リースはニッと笑って、イザッコの脚を掴んだ。
これはマズイと感じて、彼が逃げ出そうとしても遅かった。
リースは力任せにイザッコの脚を掴んで振り上げると、思い切り地面に叩き付けたのであった。
「お……っ!?が、は……っ!!」
目を限界まで開き、口を大きく開けて空気を取り込もうとするイザッコ。
しかし、凄まじい衝撃を逃がすこともできずに背中から固い地面に叩き付けられたダメージは、相当なものだった。
さらに、それを成したのはばかげた力を持つドラゴンである。
もし、イザッコが人間だったなら、間違いなく命を落としていただろう。
彼が頑丈な魔族で、その中でも突出した力を持った四天王だからこそ、死にたくなるほどの苦痛を味わうだけで済んでいるのだ。
だが、イザッコにダメージを回復する時間は与えられなかった。
あまりの苦痛にかすんでしまった目が、凄惨な笑みを浮かべて拳を振り上げるリースの姿を捉えたのである。
痺れる身体に鞭を打ち、着地場所など一切見ずに力の限り飛びずさる。
「ぐぁぁっ!?」
その数瞬後、リースの拳がイザッコのいた地面にめり込んだ。
強大な力によって地面は割れて風が吹き荒れる。
それは、何とか直撃を避けることができたイザッコを襲って地面に転がす。
「っざっけんなよっ……!なんだよ、これ!この俺がっ、こんな不様に……っ!!」
まるで、今までいたぶって殺してきた人間のようではないか。
必死に苛烈な攻撃から逃げて、防いで……。
これでは、立場が逆転してしまっている。
自分こそが強者であり、リースは弱者ではないのか?
「魔王軍の四天王も、大したことないな」
「あぁっ!?」
地面にめり込んだ拳を引き抜きながら、リースは嘆息する。
マスターを餌だと見たイザッコを殺すことは決めているが、どうせなら少し戦いでも楽しもうと思っていたのだ。
それが、自分の攻撃から醜く逃げるだけ。
威勢のいいことを言っておきながら、とても期待はずれな現状となっていた。
「まあ、他の四天王も大したことがなかったとララディから聞いていたから、こんなものか」
「…………っ!?」
イザッコはリースの言葉に驚愕する。
今のような発言だと、まるで他の魔王軍の四天王を倒したことがあるみたいじゃないか。
普段であれば、何を馬鹿なことを、と笑い飛ばしているだろう。
しかし、リースの実力を直に感じたことと、身に覚えのあることを聞いてゾッと背筋を凍らせた。
「お前、もしかして……その四天王はドスって男じゃ……」
「ん?あぁ……確か、そんな名前だったかなぁ……」
リースは興味なさげに答える。
すでに死んでいるどうでもいい敵の名前なんて、好んで覚えるはずもなかった。
しかし、イザッコは戦慄していた。
ドスは、四天王の中でも最弱と言われる男だった。
今はすっかり名前を聞かなくなった勇者パーティーに後れを取っていたほどだから、殺されても不思議ではない。
だが、問題はドスの殺され方である。
ドスが勇者を殺すと宣言して魔王領から出て行った後、音沙汰がなくなって数か月後、ようやくドスは発見された。
それは、生ける屍……アンデッドに変わり果てた姿で見つかった。
ただ、殺されたというわけではない。
死してもなお、その肉体を……魂を弄ばれたのである。
魔王はこれを成した下手人の捜索を命じたが、結局尻尾すらつかめなかった。
だが、リースの言葉を信じるとすると、彼女の仲間がドスを殺したということになる。
リースは、魔王軍でもとらないような残酷な行為を平然とする奴らの仲間なのだ。
イザッコは戦慄した。
「何を考えているのかは知らないけどな」
「…………っ!?」
「ドラゴンを相手にしておいて、距離をとってボーっとしているのは、マズイと思うぞ」
イザッコは、ようやく思考の海から浮かびあがる。
戦場で……しかも、敵が目の前にいる状況で考え事をするなんて、新兵でもやらないような絶対にしてはいけないことである。
一瞬とはいえ、強大な敵から目や意識を逸らすことは、間違いなく命取りになるからである。
それを象徴するように、リースの口元には黒い炎がほとばしっていた。
「黒い炎だとっ!?くそったれがぁっ!!」
ただの炎でないことが、一目見ただけでも分かった。
イザッコはすぐに全身に魔力をみなぎらせて、『本気を出すことにした』。
間に合うかはわからない。いや、間に合わせなければ死ぬだけだ!
「むっ……」
リースも、イザッコの全身にかつてないほどの魔力が集まって行っているのが分かった。
だから、面倒なことになる前にと、さっさと終わらせることにした。
ゴウッ――――――!!
リースの口から、黒い火球が吐き出された。
それは、イザッコに向かう前の地面を破壊していき、一直線に彼に向かう。
しかし、イザッコはそんな様子を見ずに、目を瞑って魔力を高め続ける。
ドッ――――――!
そして、爆発。まるで、ヴァンピールの使う太陽魔法が炸裂したかのような高温と爆風が発生した。
その直撃を受けてしまえば、人間であろうが魔族であろうが、あっけなく命を散らしてしまうだろう。
「…………」
しかし、リースは勝利を確信して笑うことはなかった。
むしろ、イザッコと戦って初めて険しい表情を浮かべていた。
彼女の視線の先には、勢い止まずに燃え続ける黒い炎。
戦いは、まだ終わっていなかった。




