第二十話 ララディの束の間の幸福
「マスター、こっちですよー」
ララディは今、とてもはしゃいでいた。
なんと、マスターと二人きりで外出することができたのである。
普段からずっとマスターに引っ付いている『救世の軍勢』のメンバーたちはいないし、ストーカーと侮蔑しているソルグロスもいない。
なんて、素晴らしい日なのだろうか……。
マスターも、仕方ないなぁといった表情を浮かべながらも、よちよちと歩くララディの後ろに付いてきてくれている。
マスターとララディは、ギルドの外に出てとある森にやってきていた。
ここには、とてもきれいな花畑があった。
しかも、驚くことにリードしたのはララディではなく、マスターである。
ララディが喜びそうなところがあると聞いて、のこのこと付いて行ったらこんなに素晴らしい場所だったのだ。
マスターと一緒ならどこでも楽しいのだが、こんなところに連れてこられては将来を渡すほかない。
「わぷっ」
うふふふふっと陶酔していると、うっかり転んでしまう。
種族的に歩くことがそれほど得意ではないのに、はしゃいでしまった代償である。
まあ、下は柔らかい花や植物に覆われているから、怪我どころか痛みすら感じなかった。
「えへへ。慣れないことはするものじゃないです」
マスターが近寄って抱き上げると、恥ずかしそうに頬を染めるララディ。
恥ずかしげにしているが、心の中はマスターに抱き上げられてとてもパニクっていた。
普段は何とかして子種をもらおうと色々と画策しているが、子供らしくて愛らしい性格もしっかりと持ち合わせている。
「はいです」
マスターが歩行練習をしようと提案してきたので、断ることなんてできないし考えないララディはコクリと頷く。
マスターはララディの小さな手を取って、綺麗な花畑を歩き始めた。
これだけで、もう死んでもいいとララディに思わせるほどの幸せがあった。
マスターは歩行が苦手なララディが、練習は厳しいので景色だけでも楽しんでもらおうとここを選んだのだが、彼女はマスターの横顔を見上げながら歩いているので、あまり意味はなかったようだ。
マスターも久しぶりの外出が気晴らしになっているようで、いつもの笑顔が一割増しで輝いている。
ララディはそんなマスターを見てとても満足気だ。
「ふっ、ふっ……」
ララディは歩くことに息を荒げながらも、マスターとの運動に顔を輝かせていたのであった。
そうして、しばらく歩行練習をした後、一時休憩を取ることにした。
「はふぅ……疲れたです……」
マスターの膝の上に座って、汗をぬぐうララディ。
マスターと一緒だからということで、ついつい張り切ってしまった。
甘えるように彼を見上げれば、察してくれて頭を撫でてくれる。
汗をかいているからちょっと恥ずかしいが、撫でられる快感に羞恥心は勝てなかった。
マスターも、文句ひとつ言わずによく頑張ったと声をかけてくれる。
そりゃあ、二人きりのデートで文句など言うはずもない。
「んー……このまま眠たくなってきちゃいそうです……」
マスターの膝の上でふわーっと可愛らしく欠伸をするララディ。
花の良い香りがするし、気温もちょうどいい。
さらに、運動した後となれば睡魔に襲われても仕方ないだろう。
目を細めて、うつらうつらとする。
「あ、そうです。ララ、今日はお弁当を作ってきたです」
このまま寝てしまおうかと思っていたが、重大なことを思い出してパッと睡魔を追い払う。
マスターと貴重な二人でイチャイチャできる時間なのだ。寝ている暇なんてない。
ララディが能力を使うと、地面からにょこっと大きな花が飛び出してきた。
その花びらが開くと、中にはバスケットがいくつか入っていた。
マスターはララディの能力を見る機会というものがほとんどないため、珍しそうに花を見ている。
頼まれれば能力くらいいつでも見せるし、頼まれなくてもどこでも見てほしい。
そんなピンク色の思考を、頭を振って追い払う。
「よ、よかったら、マスターにも食べてほしいです」
化け物だらけの『救世の軍勢』のメンバーと向かい合うときですら動じないララディは、今ドキドキと胸を高鳴らせていた。
マスターは、いいのかと聞いてくる。
「はいです。もともと、食べてもらうつもりだったので……。リースやヴァンピールみたいな大食らいと違って、ララは小食ですから」
そう言うと、マスターは嬉しそうに微笑んでくれた。
その笑顔を見て、ララディはもっと嬉しくなってしまう。
気分がよくなりすぎて、ちょこっとリースとヴァンピールが聞いていたら激怒しそうなことも口にしちゃうほどだ。
まあ、ここにはいないから何を言ってもいいだろうとララディは勝手に納得する。
「じゃじゃーんです」
ララディはカパッとバスケットを開けると、中には美味しそうなサンドウィッチが詰まっていた。
さらに、もう一つのバスケットには、瑞々しい緑のサラダが入っていた。
マスターは目を輝かせてそれらを見ている。
とても美味しそうだと、ララディに見た目の感想を告げる。
ちゃんと料理をしたと自負していたが、そう言われるとほっと安心するララディ。
マスターに変なものは食べさせられないのである。
ちょこっと液体や毛といったものを入れるのは、まあ認めてほしい。皆もやっているし。
それはともかくとして、ララディはドキドキしながらマスターを見るのであった。




