第二話 闇ギルド討伐隊
「俺たちが向かっている場所って、どこでしたっけ?」
「あん?」
一緒に仕事を受けた仲間にそう聞かれて、男は思わずため息を吐いてしまう。
こいつ、そんなことも知らずに来ていたのか……?
「よく知らないで、何で仕事を受けるんだよ」
「いやー、最近金がなくって」
「あん?お前、大分儲かったとか言っていなかったか?」
「それが、奴隷を買ったらすぐになくなっちゃって」
テヘッと気持ち悪く舌を出す仲間に、男は吐き気を感じながら睨みつける。
美人がやれば様になっていたが、罪を犯しまくっている男がそんなことをしても気持ち悪く思うだけだ。
「お前、奴隷とかおおっぴらに言うんじゃねえよ。今回の仕事は、俺らだけじゃねえんだからな」
「おっと……」
男の注意で思い出したのか、聞かれていないか辺りを見渡す仲間の男。
この国で奴隷というのは『一応』禁止されている。
一応というのは、奴隷を持つことが暗黙の了解として認められるということもあるのだ。
たとえば、貴族や軍人など、国にとって必要不可欠な人材。
そして、男たちのような犯罪を何とも思っていない『グレー』のギルドに所属する者たち。
「そうですな。我々の前で、そういったことを言われると対応せざるを得なくなるので、以後お気を付けください」
どうやら、聞かれていたようだ。
騎士甲冑を着た男が、話していた男たちに言ってくる。
しかし、それだけだった。どうやら、騎士も男もグレーギルドの者たちと同じような人間のようだ。
「いやー、すみません。俺、奴隷とか持ってないですから」
「今更ですな」
仲間の男も騎士の性格が分かったのか、へらへらと笑っている。
こんな風景、一般人には絶対に見せられない光景だ。
男たちみたいな『グレー』のギルドと、国家と国民を守るはずの王国騎士が一緒の仕事を受けているなんて。
しかも、奴隷という許されないものを持っているこいつに対しても、弾劾する姿勢を見せない。
男からすればありがたいが、国民からすると信じられないことである。
「で、俺たちって今から何をするんでしたっけ?」
「我々がこれから行うのは、闇ギルドの討伐ですよ」
「へー……マジ!?」
騎士の言ったことを聞き流そうとした仲間の男は、すぐに食いつく。
まあ、闇ギルドなんて聞けばそうなるか。
男たちみたいな犯罪をしているようなギルドでも『グレー』だ。
それを越す『闇』と王国に認定されるギルドなんて、ほとんどない。
「あー、だから報酬の金が目玉飛び出るほど多かったのかぁ」
「ちゃんと見とけよ」
いい機会だし、男も少し聞いておくことにした。
「でも、闇ギルド相手にこんな少人数で大丈夫か?俺たちだって腕に少しは自信があるが……」
「ははっ。あなたがたのような荒事になれたギルドと、王国の騎士が手を組んでいるんです。心配はありませんよ。さらに、闇ギルド討伐には我々だけ向かっているわけではありません。他の進路から、何組ものギルドと騎士の混合部隊が向かっています」
自信満々といった様子で騎士が答える。
この討伐仕事に、王国やギルドがどれだけ本気なのかがうかがい知れる。
ぼけーっと男がそんなことを考えていた時だった。
「―――――おじさんたち、何しているですか?」
「うわっ!?」
男は、高くて柔らかい子供の声に驚いて身体を震わせる。
男たちがいるのは、最も近い街や村からも随分と離れて普通の人なら決して入ってこない森の奥深くである。
自分たち以外の人の声がすること自体おかしいのに、それが子供の声だとすると尚更おかしい。
男の仲間や騎士も驚き、目を丸くしている。
男はまさかと思いながらも、声がした方向を見てみると……。
「……本当に、子供じゃねえか」
緑のふわふわとした長い髪を持つ子供が、静かな森にぞろぞろといるのを不思議そうに見上げている。
髪にアクセントとして引っ付けられている大きな花飾りが、目を引き付けて印象的だった。
「お前、何でこんなところにいるんだ?」
「それは、お互い様です。この近くに、ララは大切な人と一緒に住んでいるです」
子供を見下ろして聞くと、取ってつけたような敬語を使って返してくる。
ふーっと馬鹿を見るようなため息をして、『大切な人』というときはやけに色っぽい顔を浮かべる。
子供には一切興味がないというのに、男は少しだけ胸が高鳴るほどだった。
しかし、子供の返答に男は困惑する。
この近くに村などの共同体はないはずだ。この子供とその大切な人というのは二人だけで住んでいるのだろうか?
男は答えを求めるように、自分たちより地理に詳しそうな騎士を見る。
「おそらく、近くに住み着いているはぐれ者でしょう。何かの原因で、村に住みづらくなったとか、そんな者は数えきれないくらい存在します」
騎士がぼそぼそと教えてくれた内容に、男はコクリと頷く。
今のところ、最も納得できる説明だった。
「おー、ガキなのに可愛いじゃないですかぁ」
軽薄な言葉と共に、ヘラヘラとした不快感を誘う笑顔を浮かべながら子供に近づいていくのは、男の仲間だった。
まさかと思い、男は仲間に聞く。
「おい、お前まさか……」
「いやいや!そういう意味じゃないですって。ただ、こいつかなり整った顔しているし、良い値段で売れますよー」
男は仲間がそういった趣味ではないことにほっと安堵しながらも、むちゃくちゃなことを言っていることに苦笑する。
仲間は、この子供を奴隷として売り飛ばすつもりだった。
確かに、子供はとても可愛らしく、かなりの値段で売れることは予想できた。
「もうちょっと歳をくっていたら俺のものにしていたんですけど、俺はロリコンじゃあないっすからねー」
こんな小さな子供を奴隷として売り飛ばすなんて良心の呵責はないのかと善良な人が見ていればそう思うだろうが、そもそも犯罪上等のグレーギルドのメンバーにそんな殊勝な心を持った者は誰一人としていないだろう。
男だって、多少子供が哀れにこそ思えど、仲間を止めようとはしない。
「あまり、私の前ではしないでもらいたいですな」
さらに、国民を守るべき王国騎士でさえこの反応である。
闇ギルド討伐のためとはいえ、グレーギルドと共同作戦を行うような騎士たちもまともではなかった。
「おじさんたち、何しに来たですか?」
「おじさんたちはね、この森にいるって聞いた悪いわるーいギルドを倒しに来た正義のおじさんたちだよ。危ないから、おじさんと一緒にいようね」
男の仲間は胡散臭い笑みを浮かべながら、少女の質問に答える。
明らかに誘拐する口説き文句だが、子供は逃げる素振りを一切見せずに立ち止まっている。
もともと、警戒心が薄い子供なのだろうか?
男はそんなことを考えながら、子供は仲間に奴隷として売り飛ばされるだろうと思っていた。
そういった趣味の貴族やらに売りつければ、かなりの高値になるだろう。
その時は、酒の一杯でもおごってもらおうと思っていた。
「ふはっ」
男の仲間はもうこの子供を売り飛ばして手に入る大金のことを妄想しているのだろう。
ニヤニヤと厭らしく笑みを浮かべていた。
「なんだ。おじさんたち、ララたちに喧嘩を売りに来たですか」
「……え?」
その笑みが凍りつくのは、そのすぐ後のことだった。