第百九十六話 レオニダ山脈へ
赤いドラゴン、ラスムスの襲撃によって商人と御者が気絶してしまっていた。
まあ、巨大な火球が自分たちに迫ってきているという絶望的な光景を見たら、戦う力のない彼らが気を失ってしまうのも仕方がないだろう。
そんなわけで、馬車で移動することをいったん休止している間、僕とリースは……。
「さぁて、どうしてやろうか……」
「ひぃぃぃ……」
馬車の側で、縮こまって悲鳴を上げている子供を見下ろしていた。
リースなんて、拳をポキポキと鳴らしながら獰猛な笑みを浮かべている始末。
……うーん。傍から見れば、大人二人が子供を凄んでいるという最悪の光景。
僕たち、とんでもない悪人だ……。
しかし、もちろん何の関係もない子供を連れてきて正座させ、威圧感を込めて睨み下ろしているというわけではない。
この子供は、先ほど襲ってきたドラゴンその人なのだから。
とにかく、襲ってきた理由を聞こうじゃないか。
「むぅ……。マスターがそう言うなら、仕方ないか」
僕の提案を聞いて、リースは渋々ではあるものの引き下がってくれた。
まあ、彼女だってそうそうドラゴン種を殺したりなんてしたくないだろう。多分。
……まさか、問答無用で殺そうとしていたわけじゃあないよね?
で、君はどうして襲ってきたの?
「だ、だから言っているだろ!お前たちが人間だから、襲ったんだって!」
リースが引き下がったことにあからさまにホッとしていたラスムスは、僕には強気で言ってくる。
へー、そっかぁ……。
僕はラスムスの態度に「あぁん?」とすごむリースを抑えながら、考える。
ほら、彼がかわいそうなくらいに怯えているから、我慢してくれ。
ラスムスは襲ってきたときもそれを言っていたけれど、どうしてまた人間を全体的に敵視するようなことを言っているのかな?
別に、ドラゴン種は人間に対して特に敵対的だということもなかったと思うんだけれど。
「ああ。確かに、ドラゴンは人間を特別に敵視したり見下したりはしていないはずだ。ドラゴン種以外の種族は、大体平等に見下していると思うし」
豪快なドラゴンの性格に、僕は苦笑してしまう。
まあ、吸血鬼やエルフと並んで強力な種族として知られるドラゴンが、他種族を見下してしまうのも分かる。
それに、数こそ少ないものの、個々の能力を見ればその三種族の中でもドラゴン種は頭一つ抜き出ているしね。
なら、どうしてラスムスは人間に限定して襲い掛かってきたのだろうか。
彼が、個人的に人間に対して恨みでも持っているのだろうか。
「……いや?別に、俺は人間が嫌いっていうわけじゃないぞ。ただ、父ちゃんたちが人間を殺さないといけないって言うから、俺も手伝うんだ」
キョトンとしながら首を傾げるラスムスに、僕は再び首を傾げる。
また、わからないなぁ。
ラスムスの父親は、もちろんドラゴンだろう。
リースは、ドラゴンは人間を特別に敵視しているわけではないと言ったけれど、ドラゴンたちの間で意識が変わったのかもしれないね。
彼女がドラゴンたちの集落で過ごしていたのは、随分と昔のことになる。
僕たちのギルド『救世の軍勢』に加入してから時間も経っているし、昔と今では人間に対する認識が変わっていてもおかしくないだろう。
「あー……。確かに、最近では純血のドラゴンも少なくなってきたと言っていたからなぁ」
強大な力を持つ純血のドラゴンと、純血よりは力の劣る混血のドラゴンの違いだろうか?
「な、なんだよ!お前、俺が混血のドラゴンだからって、馬鹿にしてんのか!?」
「うん?いや、別にそんなことないぞ。純血であろうが混血であろうが、ドラゴンには変わりないしな」
どうやら、ラスムスに勘違いをさせてしまったようだ。
僕はもちろんのこと、リースだってそんなことは考えていない。
……何か、今まで混血が原因で嫌な思いでもしたのかな?
「もう、いいだろ!俺、もう帰っていいよな!?」
「いいわけないだろ」
正座から立ち上がろうとするラスムスを、リースがポンと肩を押して再び座らせる。
リースは軽く押した感じだけど、力はその華奢な姿からは想像もできないほど強い。
ラスムスは転がりそうな勢いで戻された。
「お前がどんな理由で襲ってきたのか知らないが、お前はマスターを殺そうとしたんだぞ?お咎めなしで帰られるわけないだろ」
「じゃ、じゃじゃじゃあどうするんだよ!?お、俺を殺すのか!?」
リースのただならぬ雰囲気に、ラスムスは身体を震わせる。
いや、別に殺されていないから、そんな物騒なこと言わなくても……。
「あー……まあ、私はそれでもいいんだけど」
「ひぃっ!!」
こらこら。リースも脅かしたりなんてしない。
僕としては、それほどラスムスに怒りを抱いていない。
まあ、リースを狙って襲撃してきたとなれば話は別だったけれども、狙っていたのは人間である僕たちだけである。
それなら、まあ許容範囲である。
「そうだな……。おい、お前、レオニダ山脈のドラゴンだな?」
「そ、そうだよ。っていうか、そこ以外にドラゴンの集落なんてないだろ」
「よし、久しぶりに里帰りでもするか」
「…………はっ!?」
リースの言葉に、目をぱっちりと開けてポカンとした表情を浮かべるラスムス。
……そりゃあ、いきなり人間だと思っている相手が、里帰りと称してドラゴンの巣窟に行こうとするんだから驚くよね。
「私は一度、あいつの様子も見に行くついでに集落に戻ることにするよ。……その、できればでいいんだけど、マスターも付いてきてくれたら……嬉しいんだけど……」
こちらをチラチラと上目づかいに見ながら、そんなことをぽしょぽしょと囁いてくるリース。
普段、自分の意見をしっかりと言う彼女らしくはないけれど、こんな姿も可愛らしかった。
僕としては、リースに付いていくことに異論はないよ。
……まあ、ドラゴンの集落も過去に因縁めいたものがあるから、あまり居心地は良くないんだろうけれど。
エルフの時みたいに、変なあだ名とかつけられていないよね……?
「ほ、本当か!?やった……っ」
僕の返答を聞いて、ぴょんぴょんと跳ねるリース。
可愛いんだけれど、歳を考えると……。
「何か、変なことを考えなかったか?マスター」
いえ、何も。
「おい!なに勝手に盛り上がってんだよ!お前が里帰りってどういうことだ!?」
僕とリースがドラゴンの集落に行くことが決定したのだけれど、蚊帳の外に置かれていたラスムスは激しく声を荒げる。
まあ、何の説明もしてないもんね。する必要も特にないのだけれど。
「あー、うるさい」
「ぴぎっ!?」
リースの煩わしそうなデコピンがラスムスの額に炸裂。
デコピンの音とは思えないな。ズドンっていったぞ。
あれ、ラスムスがドラゴンじゃなかったら、頭がい骨が陥没していたのではないだろうか?
「あー……。マスターと二人旅もしたいけど、一応こいつも連れていくか。集落でどんなことが起きているのかも知りたいしな」
リースはラスムスの頭を鷲掴みにして、面倒そうにため息を吐く。
あ、扱いが酷い……。
ともかく、こうして僕とリースはドラゴンの集落のあるレオニダ山脈に行くことになったのであった。
……ギルドの皆には、報告した方がいいのかな?




