第百九十四話 メンバーの甘え方
あぁ……いい天気だなぁ……。
温かい日差しが優しく僕たちを照らし、ぽかぽかと身体を温めてくれる。
うわー……これは人をダメにしてしまうぞー。
さらに、付け加えるのであれば、ガタガタと僕の身体が揺れているのもマズイ。
普段は煩わしさを感じることの方が多いのに、この陽気だとまるでゆりかごの中にいるみたいで眠気が倍増して襲い掛かってくる。
くっ……今寝るわけにはいかないんだ……っ!
「本当に、いい天気だなぁ……」
僕と同じことを考えている子が、隣にいたようだ。
まあ、このぽかぽか陽気の中なら、多くの人がそう思うだろう。
馬車を動かしている御者だって、うつらうつらとしているかもしれない。
僕が隣にいる子を覗き見ると、普段はキリっとした表情をほにゃっと可愛らしく崩していた。
ツインテールの髪に、立派な二本の角が特徴的な『救世の軍勢』所属のギルドメンバー、リースであった。
僕は、久しぶりにこの子と外出をしているのであった。
「ははっ。ちょっとうとうとしてしまったぞ。一応、ちゃんと依頼で受けているんだから、しっかりとしないとな」
はははっと頭をかくリース。
彼女はとても魅力的な女の子なんだけれど、どうにも少年っぽい仕草が目立つというか……。
ただ、これもリースの魅力の一つであり、分かる人には分かる。僕みたいに。
しかし、リースの言う通りである。
これは、ちゃんと報酬をもらってしている仕事なんだから、居眠りなどしないでしっかりとやらないとね。
とはいえ、もちろん『救世の軍勢』に正式に送られてきた依頼ではない。
闇ギルドに、馬車の護衛なんて普通の依頼が舞い込んでくるはずもない。
今回の依頼は、たまたまリースと僕が外に出て魔物に襲われ、その魔物をリースが殴り飛ばしているところを通りがかった行商人に見つかった。
その実力を買われて、今護衛をしているというわけだった。
だから、今回の依頼はギルドを介しているわけではなく、いわば不正規の依頼みたいなものだった。
不正規の依頼を受けるのもどうかと思うけれども、僕たちは闇ギルドだからルールに則する必要もないだろうし、エヴァン王国の中なら大したことは起きないだろうということもある。
とくに、ニーナが女王に即位してからというものの、王国の治安はどんどんと良くなっている。
だから、ちょっとくらいはのんびりしてもいいだろう。
「え、えぇっ!?そ、そんなことをしてもらってもいいのか!?」
僕が肩を貸すから寝てもいいと告げると、リースは目を真ん丸に見開いて驚く。
そ、そんなことって……。別に、肩を貸すくらいならいつでもするけれど……。
まあ、護衛が二人とも寝ていたら問題だろうけれど、片方が寝ているくらいなら問題ないだろう。
リースは僕以上にうとうととしていたので、仮眠をとってもいいよ。
「い、いや……気持ちは嬉しいが……。マスターの肩を借りるというのは、不敬なような気が……」
僕はリースの言葉に苦笑してしまう。
不敬って……同じギルドで、娘のように思っているメンバーたちに何をされても不敬だなんて思わないよ。
それに、ララディやリッターには似たようなことをせがまれてやっているし。
「うぅ……あいつら……。私に隠れて、マスターにそんな羨ましいことを……」
くっと歯をかみしめるリース。
と、まあそんな感じだから、リースもたまには甘えてくれてもいいんだよ?
リースはアナトと並んで、『救世の軍勢』のまとめ役をしてくれている。
まあ、リースは僕と知り合ったのがギルドの中でも最初の方である古株だということもあるけれど、まとめ役をしてくれているのはとても助かっている。
だからこそ、たまには僕に甘えて気を抜いてもらおうという考えだ。
「ち、ちなみに聞きたいんだが、あいつらはどんな甘え方をしていたんだ?」
うん?どんな甘え方かぁ……。
ララディとはよくご飯を一緒に食べるかなぁ。
驚くほど蜜をかけてくるのは少し困るけれど、美味しいのだから止めようもない。
「うーむ……料理かぁ……」
ソルグロスは自然と僕の部屋に入っていることが多々ある。
一応、鍵はしているのだけれど、どういった原理だろうか?
「そ、それは……羨ましいけどダメだろ……」
リッターは僕を見かけるとひょこひょこと付いてきて、何だかひな鳥みたいで可愛らしい。
……たまに、料理を作ってくれるのだけれど……毎回その記憶がないんだよね。おかしい。
「あっ……それは……」
ヴァンピールはよく血をせがみに来るかな。
まあ、大した量を吸わずにすぐに身体を震わせて寝てしまうので、負担にはなっていないけれど。
「うぐぐぐ……。別に、血を飲みたいわけじゃあないけど、何だか羨ましい……」
最近は、シュヴァルトも甘えてくれるようになったと思う。
ちょっと前まではメイドとして甲斐甲斐しく世話をしてくれていたのだけれど、少しずつご褒美なんて称して褒めてほしそうにしている。
……僕の奴隷になったというとんでもないこともあったけれど、これはリースには内緒にしておこう。叱られそうだし。
「まさか、私の知らないところでそんなにマスターに甘えていたなんてな……。これは、あいつらと少し話をしないといけないな」
いやいや、別に大した甘えでもないのだから、そんな怒らなくても……。
ゴゴゴゴ……と迫力を出して拳をぽきぽきと鳴らすリースに、僕は苦笑する。
実際、僕は『救世の軍勢』の皆に甘えられたらうれしいわけだし……。
とにかく、そういうことだからリースも僕に甘えてくれて構わないという話をしたかったんだ。
「そ、そうなのか……。み、皆やっていることだもんな!」
そ、そうだね。
「な、なら、私が甘えてもおかしくはないよな……な!?」
そ、そうだね。
顔を紅くして、何故か必死そうにそんなことを言いつのってくるリース。
どんどんと顔を近づけてきて言うので、僕も気の抜けたような返事しかすることができなかった。角が刺さりそうで怖い。
「じゃ、じゃあ、その……肩を借りるぞっ!」
ようやく何かしらの決心がついたのか、リースは頬を染めながら僕をじっと見上げて言った。
ど、どうぞ……。
別に、肩を貸すくらいなんだからどうということはないのだけれど、何故か気迫を前面に押し出しているリースを見ていると、僕まで緊張し始めてしまった。
胸をドキドキとさせながら、彼女の動向を見つめる。
リースは音が聞こえてくるほどごくりと喉を鳴らして、じーっと僕の肩を見つめる。
そして、意を決したのか、ゆっくりと頭を傾けさせてきた。
ツインテールに縛られたサラサラの髪が、先に僕の頬や肩に当たってこそばゆい。
しかし、決して嫌な感触ではなかった。
ゆっくりと頭が近づいてきて、ついに肩に乗るかと思ったその時……。
『グォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!』
ビリビリと空間を振動させるほどの、凄まじい雄叫びが響き渡ったのだ。
割とボロボロだった馬車も、悲鳴を上げているようだ。
それと同時に、馬車を動かしていた御者や商人の悲鳴が聞こえてきて、馬なども激しくいなないている。
馬車自体が倒れていないのは、御者が何とかうまく操作できているからだろう。
……いやいや、今はのんびりとそんなことを考えている時ではない。
行こうか、リース。
「…………ああ、そうだな」
あれ?何だかリースが怖い……。




