第十九話 勇者パーティー
今日も今日とて、書類仕事を敢行する僕。
多くのギルドメンバーは、仕事に出て行ってしまった。
皆、それぞれ目が飛び出るほど危険で、国の軍隊が出動するような魔物討伐の依頼を受けていた。
僕としては少し心配だが、あの子たちなら大丈夫だろう。
ギルドマスターである僕は、あの子たちを信じてここで待ち続けるだけだ。
そうして、しばらく書類仕事を続けていると……。
「マスター!」
扉を開けてよちよちと歩いてきたのは、ララディだった。
相変わらず、ふわふわの緑髪に乗せられた花が可愛らしい。
ララディは天使のような明るく癒しのある笑顔を浮かべて、僕を見てくる。
たどたどしく歩いてくるララディを待つことは、僕にはできなかった。
僕は席を立つと、すぐに彼女に近づいて抱き上げたのであった。
「えへへ。お仕事、無事終わったです」
おー、えらいね!よく頑張ったね!
僕はそんな意味を込めて、ララディをギュっと抱きしめる。
すると、彼女はギルドの紋章が入った頬を、すりすりとこすりつけてくるのであった。
ついでとばかりに、ララディは凹凸の乏しい肢体を摺り寄せてくる。
いくら、乏しいとはいっても彼女は女の子だ。
バッチリと柔らかさは感じるのだが、これも甘えの一種だろう。
僕に性欲があれば話は別だったろうけど、今の枯れた僕には何ら問題ない。むしろ、可愛いからもっとやってほしい。
「あふっ……あふっ」
……でも、こんな色気のある声を出すようになっていたらダメだな。やっぱり、禁止。
何だか不穏げな言葉を出し始めたララディを、ニッコリ笑顔で引き離す僕。
「あう……残念です」
もっと、子供の反応をしてくれると全然いいんだけれどね。
それにしても、最初に帰ってきたのはララディだったかぁ。
リースやクーリンが先に帰ってくると思っていたけれど……。
「えっ!ララが一番乗りですか!?やったぁっ!(最初に帰ってきた人がマスターと一緒に過ごせるという話は、ララがいただくです!)」
ララディはどうしてか、とても嬉しそうに笑っている。
理由は分からないけれど、ララディが喜んでいると僕も嬉しくなってしまう。
とにかく、いいことだ。
「(まあ、他のメンバーたちは依頼の他に、『監視』のこともあるですしね。ララの監視が『勇者』でよかったです)」
何だか凄くあくどい笑顔を浮かべるララディ。
子供のする顔じゃないよー?
「マスター、マスター!ララの歩行練習に付き合ってほしいです」
ララディはひらめいたといった表情を浮かべた後、僕に抱き着いてきてそう言った。
歩行練習かぁ。
ララディは種族的に、あまり歩くという行為が得意ではない。
そのため、時々ではあるが僕は彼女の歩行練習に付き合っているのだ。
子供のように思っているララディが成長するため努力したいというのなら、当然全力で応援する。
ちょうど、書類仕事も終わりかけていたんだ。
「やったです!じゃあ、お外行くです!」
ララディは僕の手をグイグイと引っ張ってきながらそう言った。
外?別に、ギルドの中でしてもいいと思うんだけれど……。
ギルドの中には庭とかもあるし……。
「気分的なものです。ちょっと、遠出した方が楽しいです(そろそろ、あいつらも帰ってくるころです。ララとマスターがいると、絶対に乱入してくるに決まっているです。それは、断固として阻止するです!)」
なるほど、ララディの言葉には一理ある。
僕も、最近はずっとギルドに籠りっぱなしだったし、外に出るのもいい気分転換になるだろう。
よし、外に出ようか。
「はいです!(しめしめ。ここで、マスターとの間柄をさらに深めて、マスターの妃となる最大目標に近づくです)」
僕がニッコリとララディに笑いかけると、彼女も何も悪いことを企んでいない純粋無垢な笑顔を見せてくれた。
僕たちは二人仲良く、手をつないで外に向かったのであった。
「ちっ!先を越されたでござるか!!」
僕とララディが出て行った後、そのような声が聞こえてくるのは余談である。
◆
「あぁぁっ!つっかれたぁっ!!」
「ロングマンさんったら、はしたないですよ」
「いやー!それでも、魔族討伐の後に王様と会うとか、疲れるって!」
王国の最高位である王が住む王城の一室に、四人組のパーティーがいた。
一人は重たそうな鎧を着たまま、ベッドに飛び込む。
彼は、ロングマンと呼ばれていた。
「ははは。まあ、確かに疲れたよね。あまり、怒らないで上げてよ、メアリー」
ロングマンを見てメッとしかりつける修道服を着た女を、メアリーと呼んで苦笑しているのはユウトという男だ。
彼は剣を置き、二人を笑って見ていた。
「…………」
そして、最後の一人はむっつりと黙り込んでおり、彼女はマホといった。
「それにしても、皆様お見事でした。まさか、魔王軍の幹部であるドスを倒してしまうなんて……」
「いや、でも逃げられたし、倒しきれなかったよ」
メアリーがポンと手を叩いて三人を褒め称えると、ユウトは恥ずかしげに笑う。
「なぁに言ってんだよ!王様も、俺たち―――勇者パーティーが初めて魔王軍の幹部を追っ払ったって言っていただろ!?誇っていいんだよ!」
そんなユウトの肩をばしばしと叩きながら大笑いするロングマン。
確かに、王国の軍隊は彼らが幹部を追い返すまで魔王軍にやられっぱなしであった。
勇者パーティーは、確かに快挙を成し遂げたのである。
「……ねえ。このままで、本当にいいのかな?」
そんな彼らに水を差すようなことを、マホが口にする。
事実、ユウトやメアリーは心配そうに彼女を見ているが、ロングマンなどはあからさまに不機嫌な顔になる。
「……おい、もうその話は何度もしたじゃねえか」
「で、でも!本当に魔王軍を倒せば、私たちは家に……元の世界に帰られるの!?」
マホは目に涙を浮かべながら声を荒げる。
彼女の言葉を聞いて、ユウトは目を伏せる。
ユウトとマホ、そしてロングマンは異なる世界からこの世界に召喚された別世界の人間であった。
「この国の王はそう言っていたけど、それって本当なの!?いきなり、私たちを無理やり連れてきて、魔王と戦えなんておかしいわよ!!」
「そ、そのことは本当に申し訳なく思っております。しかし、この国はそのようなことをしないといけないほど、魔王軍に追い詰められているのです。どうか、怒りを鎮めてください」
マホの怒りを何とか抑えようとするメアリーは、勇者パーティー唯一のこの世界の住人であった。
この世界の常識やマナーといった面。それに、戦闘時の後方支援として彼らをサポートする。
「そんなこと、あんたたちの事情でしょ!私たちは関係ないじゃない!」
「で、でも、僕たちが戦わないと、この国に住む多くの人たちが危険な目にあう。僕は、皆を助けたい」
どんどんとヒートアップしていくマホを、ユウトも止めようとする。
キリッと顔を厳しくして、立派なことを言う。
しかし、今のマホには火に油を注ぐ行為となっていた。
「何でここの人間を助けるために、私が命を懸けないといけないの!?私は、もっと普通の生活がしたかっただけなのに!!」
「うるせえよ!いい加減黙れ!!」
ついに、ロングマンも声を荒げる。
大の男に詰め寄られても、マホの怒りは収まらない。
涙の溜まった目で、ロングマンを鋭くにらみつける。
「何が不満なんだよ!王様は俺たちに美味い飯だってくれるし、良い女だってくれる!サポートはしてくれているじゃねえか!」
ロングマンはマホと違って、この異世界に酷く早くから順応していた。
名前も変えて、ロングマンと名乗っているほどだ。
彼は、現状にとても満足していた。
元の世界ではうだつの上がらないサラリーマンだった彼は、この世界で勇者のパーティーともてはやされることがとても快感だった。
マホと違って、彼はここで生活することを良しとしていた。
「おかしいじゃない!さっき、なんて言われたのよ!闇ギルド『救世の軍勢』をどうにかしてほしいですって!?魔王軍と何の関係があるの!?使い勝手のいい駒として使われているだけじゃない!?」
「そ、それは……」
ユウトもそれは思っていたことだった。
魔王軍の幹部を撃退した彼らが王から告げられたのは、闇ギルド『救世の軍勢』を倒してほしいというものだった。
以前、王国騎士団が討伐のために出陣して、全員帰ってこなかったらしい。
いや、一人の生存者は見つかったのだが、精神が完全に崩壊していて何が起きたのかさっぱりわからなかった。
おそらく、とてつもない恐怖を味わって壊れてしまったのだと推測されるが……。
「それでも、この国の人たちのためなら、僕たちは戦うべきだ」
マホのありとあらゆる感情を込めた言葉も、ユウトやロングマンには届かなかった。
ユウトは決意を固めている顔をしているし、ロングマンもこの生活を手放してなるものかと意固地な顔をしている。
「~~~~もういいわよ!!」
分かってもらえないと今度こそはっきりしたマホは、怒りのまま部屋を飛び出していく。
部屋を飛び出したマホの目からは、ついに決壊した涙がボロボロとこぼれていた。
「(何で、皆分かってくれないの?元いた世界に……家に帰りたくないの?私は帰りたいよ……)」
すれ違ったメイドや騎士たちがぎょっとした目でマホを見るが、今の彼女はそれでも感情を抑えることができなかった。
いきなり、異世界という場所に問答無用で連れてこられて、待っていたのは命を懸けた戦い。
もともと、日本の高校生という戦いから最も距離のある地位にいたマホは、このような生活は耐えられなかった。
「(誰か……私を助けて……っ!)」
悲痛な叫びを漏らすマホ。
その願いは誰にも届かないのであった。
……しかし、願いは届かなかったが近くかなえられることになるとは、マホ自身思いもよらないのであった。




