第百八十一話 休戦
現在、エルフとドワーフの戦闘は一時停戦していた。
というのも、ドワーフの長であるドルフが魔鎚で吹き飛ばし、ほとんどの者を戦闘不能に追い込んでしまったからだ。
戦う意思があっても、動けなければどうすることもできない。
まだ戦える僕とシュヴァルトは今戦意がないし、ドルフは地面に沈んでいる。
エルフ側の唯一動けるルーフィギアも、何やら興味深いことを話した。
この戦いは、誰かが仕組んだものだった……?
僕は近くに寄って来て目をキラキラさせているシュヴァルトの頭を撫でながら考える。
うーん……戦争って、誰かが仕組んでできるようなことだろうか……?
いや、できるんだろうなぁ。
戦争というのは、案外簡単に引き起こされるものなのである。
無駄に長生きしているものだから、そういった嫌な知識だって身についている。
「どういうことだ?この戦いが……誰かの手のひらの上だってのか?」
「ええ、おそらくね」
ドルフも困惑した表情を浮かべる。
その顔には、怒りなどは浮かんでいなかった。
彼も、一応聞くつもりのようだ。
「私たちエルフが戦争に踏み切ったのは、あなたたちがエルフの領域を侵犯したから……ということになっているわ」
「ふざけるな!鉱山に侵入して資源を盗んで行ったのは、お前らエルフの方だろうがっ!!」
「話は最後までちゃんと聞きなさい。だから、『ということになっている』と付け加えたでしょう」
はあっとため息を吐くルーフィギア。
「私たちはあなたたちドワーフが領域侵犯してきたと思っている。あなたたちは、私たちエルフが領域侵犯をしたと思っている。……おかしくないかしら?」
「あぁっ?お前らが嘘ついているだけだろうが……」
「じゃあ聞くけど、あなたはエルフが直接鉱山に侵入して、鉱石を盗んで行ったのをその目で見たのかしら?」
「…………いや、見てねえ」
……え。直接見ていなかったのに、エルフの仕業だと断定してしまったの……?
おかしく感じてしまうけれど、この深緑の森では異常なことではないのかもしれない。
エルフとドワーフは、ちょっと一緒に行動した僕が感じた程度でも、凄く仲が悪い。
もう、何か悪いことが起こったらどちらかのせいだ!……みたいな思考回路になっているのかもしれない。
「そう。エルフも、ドワーフが直接領域を荒らしたところを見たわけではないの。これって、直接的な証拠がないっていうことよね?」
「お、おぉ……」
キラリと目を光らせるルーフィギアに、ドルフも感心したように声をもらす。
「た、確かに、そうかもしれねえ。……でも、俺たちに戦争を起こさせて、その黒幕はいったい何が目的なんだよ?」
確かに、それは僕も気になるところだ。
人間の国なら、たとえば黒幕が武器商人なら商売のため……とか、そんな感じだと予想できる。
しかし、ここは深緑の森。知能を有しているといえる者は、ここにはエルフとドワーフしか存在しない。
保守的で閉鎖的なエルフと、良くも悪くも職人気質が多いドワーフ。
黒幕は、何のメリットがあって彼らに戦争をさせるのか。
気になるよね、シュヴァルト。
「いえ。正直、エルフとドワーフが戦争してどちらが滅んでも知ったことではないです。面倒ですし、両者ともに滅べばもがもが」
僕は慌ててシュヴァルトの口を塞ぐ。
しまった……話を振る相手を間違えた……。
幸い、シュヴァルトの声が小さかったから聞こえていないみたいだけれど……。
あれが聞こえていたら、もう一悶着生じていたところだった。
「……わからないわ」
「あぁっ!?」
ルーフィギアの答えに、ドルフが声を荒げる。
僕も思わず口を開けてしまう。
い、いや、勝手に期待していた僕が悪いんだけれど……話しぶりを見ていると、まるで知っているようだったから……。
「話にならねえじゃねえか!!」
「目的は分からないわ。でも、この戦いを裏で操作していた者がいるという可能性も高いわ。あなたは、誰かの手のひらの上で踊らされることを許容できるの?」
「うっ……」
ルーフィギアの鋭い目に、ドルフは言葉を詰まらせる。
彼は、ドワーフの戦士であることに誇りを持っていそうだ。
そんな彼が、誰かに操作された戦いを行うのは受け入れられないのではないだろうか。
「そんな黒幕、もしマスターと私を操作しようとしていたら首狩りですね」
シュヴァルトも許容できなさそうだね。
無表情で魔剣を振るうのはやめてもらっていいかな?
ヒュンヒュンと音が鳴って怖い。
「……じゃあ、どうするってんだよ。その黒幕をとっ捕まえるのか?」
ドルフの質問に首を横に振るルーフィギア。
「残念だけど、その黒幕の見当がつかないのよ。だから、今私たちにできることをするべきだと思うの」
「それは……?」
「休戦よ」
「――――――!?」
ルーフィギアの言葉に目を見開くドルフ。
……今更だけど、寝転がりながら話をしているのって凄くシュールだね。
シュヴァルト。多分、ドルフももう戦うつもりはないみたいだし、魔剣の効果を切ってあげられないかな?
「かしこまりました」
シュヴァルトは嫌な顔一つせずに受け入れてくれた。
ドルフは自分の身体に力が入ることを確認すると、身体を起こす。
しかし、僕の予想通り立ち上がって襲い掛かってくるようなことはせず、座り込んでルーフィギアをじっと見つめていた。
彼は、今彼女のことを見定めているのだろう。
ルーフィギアの言葉を、信じるに足るものかどうかを。
深緑の森では長年敵対してきたエルフのことを、信じてもいいものかどうかを。
それにしてもよかった。もし、ドルフが襲い掛かってきていたら、僕が責任を持って処分しなければならなかったからね。
……僕程度じゃあ、逆に処分されてしまっていたかもしれないけれど。
「エルフもドワーフも、この場で一時休戦としましょう」
「それが、受け入れられると思うのか?」
「大丈夫よ。あなたのおかげで、二つの種族は一時を回復に費やさなければいけないほどのダメージを受けたのだから」
ルーフィギアは辺りを見渡して言う。
辺りには、エルフやドワーフたちが折り重なるようにして倒れている。
これを成したのは、ほかでもないドルフである。
彼の持つ魔鎚『爆裂鎚』の爆裂によって、一気に戦闘不能に陥ってしまったのだ。
いやー、あれは凄い破壊力だった。
僕もそれなりに力を入れて防壁を張らなかったら、ヒビの一つでも入っていたかもしれない。
もちろん、僕を守るためじゃあなくてシュヴァルトを守るためのものだったから、そんなことが起きないようにいっぱい魔力を込めたのだけれど。
「あとは、あなたの判断次第よ」
「ドワーフの長としての俺、か。……俺が受け入れたとしても、エルフ側が受け入れる保証がねえだろ。お前は、この部隊の責任者ってわけでもないんだろ?」
「ああ、そうね……」
ドルフに指摘されたルーフィギアは、キョロキョロと辺りを見渡して一人のエルフを見つける。
それは、最初にドルフと舌戦を繰り広げた元老院の側近を務めているエルフだった。
ルーフィギアは目を回している彼の側に行き、頭を掴みあげると……。
「ふんっ!!」
――――――!?
ズガンと凄まじい音を立てて、その頭を地面に叩き付けるのであった。
……え、えぇぇぇ……。
あまりに突然の奇行に、僕はもちろんドルフやシュヴァルトまで目を丸くしている。
「……これで、自分がこの部隊を率いていたことを忘れたわ。現状、エルフ側で立っていられているのは私だけだから、繰り上がりで私が責任者になるわね」
えっ、えぇぇぇ……。
あまりにも強引な論理に、僕は苦笑してしまう。
「……この人、ヴァンピールに匹敵するほどの脳みそ筋肉女なのかもしれませんね」
いや、シュヴァルト。流石のヴァンピールでも、ここまで強引なことは……。
そこまで考えて、僕の脳裏に高笑いしているヴァンピールの姿が浮かび上がる。
……うん、ありえなくはないね。
「それで、ドワーフ族の長。私の提案は受け入れてくれるのかしら?」
「……ぷっ、がっはっはっはっはっ!!」
突然、ドルフが豪快に笑いだした。
大きな笑い声に、ルーフィギアがビクッと身体を震わせる。
僕もちょっと驚いた。
「大胆なことするじゃねえか!いいぜ、面白い。気に入った!まさか、エルフにこんな奴がいるとは思わなかったぜ……!」
随分、楽しそうに笑うドルフ。
ムッと頬を膨らませるのはルーフィギアである。
「何よ」
「そんなむくれんなって。お前の休戦協定、ドワーフも結ぶからよ」
「本当!?」
おぉ。エルフとドワーフの戦争は、休戦するのか。
ルーフィギアとドルフが決めても、他のエルフやドワーフたちがそれに従うかが少し心配だけれど、おそらく大丈夫だろう。
ドルフはドワーフたちに凄く慕われている様子だったし、ルーフィギアも元老院の側近にした大胆さがあれば、うまくやるに違いない。
それに、僕とシュヴァルト『救世の軍勢』からしても、休戦は望むところだ。
正直、エルフとドワーフの戦争にそれほど関心があるわけでもないし……早くギルドに帰りたい。
「それにしても、お前らはいったいなにもんなんだ?よく見たら、その男はエルフでもねえみたいだしよ」
ドルフが僕とシュヴァルトを見て聞いてくる。
確かに、エルフとドワーフの戦争に唯一他種族の僕がいれば、気になっても不思議ではない。
「この二人は、私たちの集落の戦士じゃなくて冒険者ギルドのメンバーなのよ。色々と申し訳ないことが重なって、戦場にまでついてきてもらったってわけ」
「本当に、面倒でした」
シュヴァルトは無表情で頷く。
まあ、ドワーフで一番強い戦士であるドルフと戦ったのも、結局シュヴァルトだったしね。
とはいえ、今回のことで僕にかけられている疑いも晴れただろうし、気分も爽快だ。
『破滅をもたらす者』……なんて仰々しい二つ名は、間違いなく僕には合わない。
ルーフィギアも分かってくれたことだろう。
僕が、大した力のない一般人だということを。
「あぁ?一般人?一般人が、『爆裂鎚』の爆裂を完全に防げるわけねえだろ」
ドルフは何かを言っているけれど、僕は一般人だ。
ルーフィギアも懐疑的な目を向けてきているけれど、気のせいだろう。




