第百七十九話 魔鎚
ドルフの持つ鎚は、ただの鎚ではない。
魔鎚と呼ばれる、魔剣とほぼ同じ性能を持つ武器である。
彼の持つ鎚は、『爆裂鎚』といった。
文字通り、叩き付けた対象を爆発させる凶悪な魔鎚である。
その破壊力は絶大であり、それだけに限ればこの大陸でもトップクラスの武器である。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
ドルフは砂煙の上がる場所を見ながら、肩で大きく息をしていた。
顔中にびっしりと汗も浮かび上がっている。
『爆裂鎚』は確かに強力無比な魔鎚である。
しかし、その分魔力の消耗は凄まじいものがあった。
魔剣の類は概して使用者に多量の魔力の消費を求めるものであるが、その中でも『爆裂鎚』は多く魔力の消費を迫られるものであった。
さらに、使用者であるドルフはドワーフである。
魔法力に優れるエルフであるならば複数使える爆裂も、それほど魔法力に優れているわけではないドワーフであるドルフにとっては、一撃で大半の力を搾られてしまう。
まあ、逆にエルフは腕力が足りないので、『爆裂鎚』を振り回すことができないのだが。
「ふー……。がははっ!少し、やり過ぎてしまったか……?」
最初は笑っていたドルフであったが、汗を流す。
今度の汗は、『爆裂鎚』の使用からくるものではなく、罪悪感からくるものであった。
というのも、シュヴァルトを吹き飛ばしてしまったことに対するものではない。
奴隷という立場は同情するが、剣を向けてきた以上は敵である。情けは無用だ。
彼が憂慮しているのは、現在のこの場である。
「うぅぅ……」
「い、いてぇぇぇ……」
「何するんだよ、長ぁ……」
死屍累々。まさに、その言葉が現状にふさわしかった。
あれほど激しい乱戦を行っていたエルフとドワーフの戦士たちは、誰一人立っていなかった。
全員、あの爆裂に巻き込まれて地面に倒れ伏していた。
ドルフの仲間であるドワーフたちも、また然りである。
「……がっはっはっ!!」
「笑ってごまかそうとするなよ……ぐへっ」
最後に悪態をついて気絶するドワーフの戦士。
『爆裂鎚』は凄まじい攻撃力を持つ魔鎚であるが、その分非常に扱いが難しい。
しかも、ドルフは細かいことを気にしない豪胆な性格をしている。
味方諸共吹き飛ばしてしまうような攻撃をしてしまうのも、仕方ないだろう。
「ま、まあ、この戦争は俺たちの勝ちなんだ。それで、許してくれや……」
ドルフはそう言ってごまかそうとする。
しかし、戦争はまだ終わっていなかった。
「――――――いえ、私の勝ちですよ?」
ぶわっと砂煙の中から現れた女。
あの強烈な破壊力を秘めた『爆裂鎚』を最も近い場所で受けながらも、メイド服に多少の汚れが付いているくらいしか被害を受けていなかった。
「がぁ……ッ!?」
ドルフの身体が斜めに斬られる。
「おや……?」
首を傾げたのは、シュヴァルトであった。
血の付着した剣を振るいながら、ドルフに話しかける。
「身体を両断するつもりで攻撃したのですが……頑丈ですね」
「ふっ、は……。頑丈さがとりえだからな……」
傷口を手で押さえながら、ドルフは獰猛に笑う。
派手に斬られたが、その傷はそれほど深くなかった。
これくらいなら、まだ戦闘の続行は十分に可能だろう。
「……何で無事だったか、聞いてもいいか?」
「ああ、確かに、あの攻撃はとても驚きました。私だけなら、もしかしたらやられていたかもしれません」
シュヴァルトも、その防いだ方法を隠すつもりはない。
むしろ、見せびらかしたかった。
「私は自分の力であの攻撃を防いだのではありません。守っていただいたんです」
シュヴァルトは熱にうなされているような、トロリとした目で後ろを振り返る。
そこには、あの爆裂を受けても地面に倒れず、以前と変わらない穏やかな笑みを浮かべているマスターが立っていた。
「そ、そいつが俺の『爆裂鎚』の攻撃を防いだ……ってのか……?」
ドルフは信じられなかった。
筋骨隆々の自分から見れば、あまりにも頼りない優男。
そんな男が、魔鎚の一撃を完全に防いだというのか?
シュヴァルトは自分のことを語るよりも、よっぽど嬉しそうに胸を張って自慢する。
「マスターは、あの一瞬で私の前に魔力でできた防壁を張ってくださったんです。おかげで、私には傷一つありません。奴隷として、この身体でまだ奉仕ができるということです」
マスターはシュヴァルトの最後の言葉に驚愕した表情を見せていたが、ドルフにそんな余裕はなかった。
「(さぁて、どうすっかなぁ……)」
『爆裂鎚』を再び使うことは、かなり難しい。
この戦争が始まる前に、鉱山で魔力も使いながら働いていたこともあり、魔力が残っていない。
搾りだせばもう一度くらいは爆裂を使えるだろうが、そうなると今度こそ完全に動けなくなる。
再び、マスターに防がれてしまっては、動けなくなったところを殺されてしまうだろう。
これからとるべき戦術を考えていたドルフは、ふとあることを考える。
「……おい。お前は、その男を守るために戦っているんだよな?」
「はい。ついでに、刃向う愚か者を殺すのも、奴隷の役目です」
「……で、だ。さっきの爆裂から、そいつはお前を守ったと」
「はい。完全に守っていただきました」
ここまで聞いて、ドルフはようやく得心がいく。
「なに?お前ら、案外うまくやっている感じなの?」
「はい。私とマスターは、最高の主従関係にあります」
ドルフは、ここで自分が見当違いの怒りを抱いていたことに気づく。
マスターがシュヴァルトを無理やり奴隷に陥れ、好き勝手に弄んでいるとばかり思っていた。
実際、奴隷を保有している者の多くが、そのように人権を無視した行為を行っているだろう。
しかし、目の前の二人は、それに当てはまらないらしい。
よく見ると、奴隷であるはずのシュヴァルトは、マスターを見るときとても幸せそうで盲目的な表情を浮かべている。
これは、虐げられている奴隷が主人に見せるような顔ではないだろう。
むしろ、主人であるマスターが戸惑いを見せていることもあった。
「……はっ!俺は、とんだ勘違いをしていたってわけかよ」
だが、それに気づいたところで戦闘を止めるわけにはいかない。
この戦いは、ドワーフにとっても負けられないものだからである。
「お前を助けてやることはもうしねえが、それでもまだ戦ってもらうぞ!俺たちドワーフが、エルフ共に勝つためになぁっ!!」
『爆裂鎚』を振り上げて啖呵を切るドルフ。
その戦士の迫力は、相対する者を萎縮させるほど強烈なものだった。
ただし、シュヴァルトに効果はないが。
ドルフの言葉を聞いて、シュヴァルトは首を横に振る。
「いえ、残念ですが……」
「あっ!?もう、戦えねえってか!?」
「はい」
シュヴァルトの言葉に、ドルフが首を傾げる。
戦えない?何故?
シュヴァルトは怪我を一つも負っていない。マスターに、完全に守られたからだ。
その無表情を見る限り、まだ余裕もあるだろう。
むしろ、余裕がないのはドルフの方だ。
魔力は大半を失い、頼りになるはずの仲間たちも自分が吹き飛ばしてしまって今は夢の中だ。
「まあ、戦えないのは――――――あなたが、ですが」
「――――――あ?」
ドルフは、シュヴァルトの言葉を挑発だと思って怒りを表したのではない。
単純に、聞き取れなかったのである。
「(何でいきなり、そんな小さい声で話すんだよ。もっと、ハキハキ話せよ。……あれ?どうして、視界が歪んでいるんだ……?)」
ドルフは自分に起きている異常に気付くことができないまま、地面に倒れこむのであった。




