第百七十八話 シュヴァルトvs.ドルフ
「何を勝手に自己完結して怒っているのかは知りませんし、興味もありませんが……」
ドルフの前に立ちはだかるシュヴァルトが口を開く。
彼を見やるその目は、冷氷よりも冷え切ったものであった。
「マスターに手を出すというのであれば、容赦はしません」
剣を構え、ドルフを睨みつける。
「……奴隷なら、主人を守らなければいけねえってか?ほんっとう、最低の制度だな」
「そうでしょうか?まあ、無理やり奴隷にされたら堪ったものではないことは事実でしょうが……」
自らノリノリで奴隷になったシュヴァルトにドルフの怒りは理解できなかったが、確かにマスター以外の奴隷なんてできないだろう。
うっすらとだけ理解した。
「……仕方ねえ。しばらく、眠ってもらうぜ。次に目を覚ました時には、全て終わらせておいてやるよ」
「はぁ……。マスターに手を出すというのであれば、スヤスヤと眠るわけにはいきませんね」
剣を構えるシュヴァルト。
参戦するつもりが毛頭なかったドワーフとの戦いに、彼女も加わることになったのであった。
◆
「おらぁぁぁぁっ!!」
雄叫びと共に、ドルフの鎚が振るわれる。
シュヴァルトは身をかがめてそれを避けるが、物凄い風圧が襲い掛かって彼女の髪を揺らす。
当たればただでは済むまい。
「(まあ、そう簡単には当たりませんけど)」
シュヴァルトは心の中で不敵に笑い、攻撃後の硬直したドルフを襲おうとして……。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「な……っ!?」
再び、鎚を振るい上げているドルフを見て驚愕する。
「(この短い間に、もう再攻撃の準備を……っ!!)」
しかし、いつまでも驚愕してはいられない。
避けきれないのであれば、剣を構えるしかない。
真正面から受け止めるのは下策だ。
ドルフの腕力を振るわれている鎚と合わせると、とんでもない破壊力を誇るのは簡単に予想できる。
ここでは、受け流すことが上策だ。
「ぐっ……!!」
シュヴァルトは剣を斜めに構え、鎚を何とか受け流す。
しかし、それでもとんでもない圧力が彼女に襲い掛かった。
剣に込める力を少しでも弱くしてしまえば、受け流すことができずに吹き飛ばされてしまうだろう。
ソルグロスやヴァンピールのように、半分不死身に脚を突っ込んでいるような頑丈さもないシュヴァルトは、一撃で戦闘不能に陥ってしまうかもしれない。
そうなると、次にこの攻撃を受けなければならなくなるのはマスターである。
それは、奴隷として決して容認できることではなかった。
「ほう……」
そんな決意の強さが原因か、シュヴァルトはドルフの攻撃を受け流すことに成功した。
「まさか、攻撃をいなされるとはな。一撃で寝かせてやろうと思っていたのに、やるじゃねえか……」
「……そうですか」
ドルフの賛辞を聞く気もないシュヴァルトは、剣の状態を確かめる。
今の一撃で、剣はヒビが入っていた。
正面から受け止めたわけでなく受け流しただけなのだが、それでもドルフの攻撃力は凄まじかったようだ。
もう、この剣は使い物にならないだろう。
別に、名剣というわけでもなかったので、捨てることに特に躊躇はなかったが。
「まあ、武器がなけりゃあ、もう戦えねえだろ。それで、主人に対する奴隷としての仕事は十分じゃねえか?そこで大人しく待ってな。俺が、そこの男をブッ飛ばすからよ……」
ドルフは、まだシュヴァルトが自分から望んで奴隷になったということを知らない。
マスターが無理やり彼女を奴隷に落とし込めたと思い込んでいるのだ。
まあ、説明しなければ自分から奴隷になりに行くダークエルフがいるなんて、誰も予想できないだろうが。
ドルフは義憤に駆られたままマスターににじり寄ろうとして……。
「――――――っ!!」
首を狙われた斬撃を、鎚で受け止める。
もし、殺気に反応できていなければ、確実に首が飛んでいただろう。
「……おい。もう、テメエはいいって言わなかったか?」
「私は承諾していませんよ?」
ドルフは冷や汗を流しながら、再びシュヴァルトを睨みつける。
彼女の手には、新たな剣が握られていた。
黒々とした、どこか恐怖を与えるような剣だった。
その異様さを感じ取ったから、ドルフも冷や汗を流して警戒するのである。
「まだ、武器を隠し持ってやがったのか……。お前、いくつ持っているんだ?」
「メイドですから」
「…………?」
メイドだから……なんだというのだろうか。
ドルフは疑問に思うが、しかしシュヴァルトの言葉に何故か納得してしまった。
「……それで、そのいやーな雰囲気を漂わせる武器はなんだよ?」
「それは――――――」
ふわりと、シュヴァルトは空中に舞いあがる。
それが、どうにも幻想的に見えたドルフは、呆けてしまう。
「――――――あなた自身で確かめてください」
「ち……っ!!」
メイド服を華麗に揺らし、無表情で切りかかってくるシュヴァルト。
ドルフは鎚を構えてそれを防ぐ。
一撃、一撃の重さはドルフの方が比べものにならないくらい重いのだが、手数が桁違いだ。
次々に襲い掛かってくる斬撃を、防ぐので手一杯になる。
それに……。
「(この剣、どうにも嫌な予感がするんだよなぁ……)」
普段のドルフなら、多少の攻撃を受けても一撃必殺の攻撃を叩き込んで強引に勝利を掴む戦闘スタイルをとる。
しかし、シュヴァルトの使う剣に斬られることは、多少の傷でも避けた方がいいと本能が伝えてきていた。
「(もう、こうなると出し惜しみなんてできねえな……)」
チラリと周りを窺う。
ルーフィギアもマスターも、ドワーフたちと激しい戦闘を繰り広げていた。
接近戦となればドワーフたちの十八番であり、エルフたちは随分とやられてしまっていた。
死んでいる者はほとんどいないだろうが、戦闘を再びすることはできないだろう。
今、エルフ側は数少ない生き残りと、ルーフィギアとマスターが何とか戦線を持たせているという状況だった。
「(このまま、押し切るか)」
ドルフは、自身の切り札を使うことに決めた。
ガキンと金属音を立てて、シュヴァルトとドルフが一度離れる。
手数で押し切ろうとしていたシュヴァルトであったが、ドルフの強力に無理やり離されてしまって不満げである。
「ふんっ!!」
この少し離れた時間を使い、ドルフは鎚に魔力を込める、
すると、ぼんやりと輝きだした。
「ぬぉぉぉらぁぁぁぁぁぁっ!!」
「――――――!?」
光り輝く鎚を上段に構えて振り下ろそうとするドルフを見て、シュヴァルトは危険を察知する。
しかし、今更逃げ出しても射程範囲から逃げることはできないだろう。
怪我を最低限に抑えるために、剣を構えて身体を丸める。
そして、ドルフの鎚が地面に激突した。
瞬間、凄まじい爆発が巻き起こり、辺りを吹き飛ばすのであった。




