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第百七十三話 元老院

 










 大抵のエルフの集落に、一人の指導者は存在しない。

 複数の権力者たちが元老院という合議体を作り、そこで話し合って方針を決めるのである。


 まあ、基本的に迷わせる魔法によって平和であるエルフたちに、それほど重要な決め事などは存在しないのだけれど。

 ただ、もちろん例外はある。


 世界中に点在しているエルフの集落の中には、一人の強力な指導者を擁立しているところもあるし、住処としている森の中で他種族と小競り合いをしており、重要な決断を迫られることが多々ある元老院も存在する。


「この集落は、規模こそ小さいけど小競り合いはしょっちゅう起きているから、元老院の重要性は高いわよ」


 ルーフィギアは歩きながら、そんなことを教えてくれた。

 へー……。昔、一度行ったことのあるエルフの集落も、元老院の力は強かったなぁ。


 昔のことを思い出し、ちょっとげんなりとする僕。

 正直、エルフの集落にあまりいい思い出はないのである。


 唯一、よかったことと言えば、シュヴァルトと出会えたことくらいである。


「……私も、マスターと出会えていなければ、ずっとあそこに囚われていたことでしょう」


 シュヴァルトはそうしみじみと言う。


「ふーん……あなたたちの過去も少し気になるけど、今は静かにしておいて。もう、着いたわ」


 ルーフィギアが立ち止まって言う。

 目を開けると、他の建物よりも立派なものが立ちはだかっていた。


 へー、ここが……。


「さ、入りましょう」


 ……え?僕とシュヴァルトも入るの?


「もう、面倒だから元老院であなたたちを紹介しようと思うの。いちいち、会う人会う人に説明する訳にもいかないしね」


 なるほど、と頷く。

 ルーフィギアの考えはとても合理的なものだけれど……やっぱり、あまりエルフの元老院には関わりたくなかったなぁ……。


「それじゃあ、入るわよ」


 ……とは言っても、僕がうじうじと駄々をこねていても仕方がない。

 僕はルーフィギアの後に続いて、建物の中に入るのであった。












 ◆



 中は、広い会議室のような形だった。

 十数人が座れるようなテーブルに、椅子。


 空席は目立つが、それでも何人かのエルフたちが座っていた。

 皆、歳を重ねた老齢のエルフたちである。


「……よくぞ、戻ってきた、ルーフィギア。子供たちを見事に救出したな」


 上座に座る立派な髭を蓄えたエルフが、厳かな声でルーフィギアを褒め称える。


「いえ、私だけの力では、これを成し遂げることはできませんでした」

「ほう……それは、そやつらがここにいることと、何か関係があるのか?」


 エルフの目が、僕とシュヴァルトを捉える。

 すると、先ほどから黙っていたエルフたちが声を上げ始める。


「どうして、ここにダークエルフが……」

「ダークエルフはまだいい。しかし……」

「人間がいるぞ!いったい、どういうことだ!!」


 紛糾。まさに、その言葉が合う現状であった。

 ダークエルフであるシュヴァルトにも不躾な視線が飛んだけれど、人間である僕がいることでヘイトは全て僕に向けられた。


 本当に、エルフ種って人間のことが嫌いなんだね。


「…………」


 僕が苦笑していると、斜め後ろから何だか凄い気配が感じ取れた。

 ざわっと、何かが盛り上がるような感覚。


 ……何故だろう。シュヴァルトがいるであろう方向に、僕は振り向くことができなかった。

 ……ごめん、ルーフィギア。もし、元老院が潰れても、僕とシュヴァルトに突っかかってくることはやめてね。


「今すぐ、叩きだすべきだ!」

「その通り!今は、戦も近い。不安な要素は駆逐するべきだ!」


 どうやら、元老院は僕を追い出すことで一致しそうだ。

 まあ、そのこと自体に異論はない。


 僕も正直、エルフの集落にはいい思い出がないわけだし、報酬さえもらえればすぐにでも立ち去ろう。


「……よくもまあ、そんな醜いことが言えますね、あなたたちは」


 しかし、シュヴァルトが一歩前に出てそんなことを言ってしまった。

 あ……。


「なんだと!?貴様、部外者のくせに何様のつもりだ!!」

「ダークエルフを入れることも、そもそも認められることではない!今すぐ、こいつも放り出せ!!」


 意見を述べたシュヴァルトにも、元老院メンバーからの罵声が飛んでくる。

 ……こういうところが、あまり好きじゃあないんだよね。


 昔のことも相まって、ほんの少しだけれどイライラしてしまう。


「ま、待ってください!子供たちを皆傷一つなく助け出すことができたのも、この二人の協力のおかげなんです。それに対して、礼を述べるどころか罵声を浴びせるのは、いかに元老院の皆様といえど……!」

「なんだと!?貴様、ダークエルフと人間風情の力を借りたというのか!?」

「恥を知れ!我々は、高潔なエルフだぞ!」

「こんなことならば、子供も助けられなかった方が誇りを失わずに済んだだろう!」


 ……むちゃくちゃだな。

 僕と……あまり納得したくないけれどシュヴァルトのことはいいだろう。


 いや、本当はよくないけれど、エルフとダークエルフの関係は昔に聞いたし、我慢できないほどではない。

 しかし、身内の子供たちに、助からなかったほうがよかったというのは、あまりにも横暴ではないだろうか?


「それは、いくら何でも……っ!!」

「人間風情……」


 ルーフィギアの顔にも、怒りの感情が浮かび上がる。

 シュヴァルトはメイド服の中で、何やらガチャガチャと音をたてはじめる。


 ば、抜刀するつもり……?


「静まれ」


 しかし、その短い言葉で紛糾していたこの場がシンと水を打ったように静かになる。

 その言葉を吐いたのは、意外や意外、最初に僕たちに話しかけてきた髭のエルフであった。


「長老……」


 ほう、彼は長老か。

 長老というのは、エルフの元老院の長である。


 この指導力を見れば、彼の力もうっすらとではあるが察することができる。


「ルーフィギアよ。そやつらは、ただの人間とダークエルフではないのじゃろう?」

「は、はい。彼らは冒険者ギルドの者たちです。彼らに依頼をして、救出に協力してもらいました」

「ふむ……。冒険者ギルドは、人間ではなく多種多様な種族が所属していると聞く。それは、エルフ種の中にも加わっている者もおるのじゃろう。なれば、そこまで文句を言う必要もあるまい」

「うっ……」


 え、そんな感じでいいの?

 正直、僕は長老の言葉に説得力は見いだせなかったのだけれど、ギャアギャアと騒いでいた元老院のメンバーは黙り込む。


「それに、あまりこやつらを敵に回さん方がいいかもしれんしのぉ……」

「ど、どういうことですか、長老?」


 長老は、僕とシュヴァルトを舐めるように見てニヤリと笑う。


「金髪碧眼の美麗な男と、それに付き従うダークエルフ。どこかで聞いたことがないかのう……?」


 その言葉に、ざわめき立つ。

 ……何かあるのだろうか?


「そうじゃ。あの伝承にそっくりではないか」

「なっ……!?」

「ま、まさか……っ!!」


 長老の言葉に、バッと僕たちを見る元老院のメンバー。

 その目には、先ほど僕たちを見ていた目にあった嘲りと怒りはすっかり潜めていた。


 ただ、代わりにその目には疑念と恐怖が混じり合って存在していた。

 で、伝承……?なんだろうか。嫌な予感がビンビンするよ……。


「――――――『破滅をもたらす者』」


 長老の言葉に、今度こそエルフたちは劇的な反応を見せた。

 えらそうに椅子に深く腰掛けていた身体を、一斉に立ち上がらせる。


 そして、まるで僕たちを恐怖の塊を見るように、顔を青ざめさせている。

 ……え、なにこれ。


「ば、馬鹿な……っ!こ、この者たちが、あの悪魔だと……っ!?」

「あれはあくまで伝承!実在した化け物なはずがないだろう!!」

「し、しかし、長老が言ったのだぞ!?こやつらが、あの『破滅をもたらす者』だと!!」


 ……うん、先ほどから言っているその物々しい二つ名は何?

 まったく、知識にない二つ名だから、凄く気になる……。


「…………」


 ルーフィギアに聞こうとしても、唖然とした表情で僕たちを見ているし。


「何だかよく分かりませんが、マスターのことを畏怖するということは良いことです」


 シュヴァルトはいまいち理解していないのに、無表情ながらどこか満足気だ。

 先ほどは怒り狂っていたのに、コロコロと感情が変わって愛らしい。


 ……いやいや、今はほっこりとしている状況ではなかった。


「……とまあ、今のはワシの推測じゃ。本物か、それとも偽物かはワシにもわからん。『破滅をもたらす者』は表情を一切変えん愛想のない奴だったらしいが、こやつはヘラヘラと笑っているしのう」


 長老はそう言って場を静めさせる。

 分からないんだったら言うなよと思わないでもないけれど、あの紛糾した現場を治めるためにはこれくらいの衝撃が必要だったのかも……。


 ……といっても、その衝撃である『破滅をもたらす者』というのが、まだいまいち分かっていないのだけれど。


「じゃから、それを確かめるためにも、一つ案があるのじゃが」


 そう言って、長老はジロリと僕とシュヴァルトを見た。

 その目は、何かを企んでいそうな……僕があまり好きではない目だった。




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