第十七話 食堂冷戦【1】
僕は食堂に向かって、ゆっくりと歩いていた。
本当なら、ギルドの皆を待たせているんだから、素早く歩いて食堂に入った方がいいんだけど、以前はそれで大変なことになった。
僕は全然気にしていないけど、ギルドの皆は僕が来るのを出迎えないといけないという独自ルールを作っているらしい。
以前、いつも出迎えてくれているからと僕が先に食堂に入って皆を待っていると、やって来た皆はこの世の終わりみたいな顔をしていた。
そして、僕に向かって物凄い謝罪の嵐。
プライドの高いヴァンピールやクーリンなんて、土下座をしていた。
……いや、やり過ぎでしょ。
ちょっと僕が早く来たくらいで、皆とんでもない失態をしてしまったような態度をとるので、学習した僕は少し遅れて食堂に入ることにしているのだった。
あの、阿鼻叫喚の状況を再び繰り返さないためにも。
おっと、そう思っていると、食堂の前に付いてしまった。
さて、もしかしたらまだ来ていない子もいるかもしれないから、いきなり入るとまたその子が強く自分を責めるかもしれない。
そう言った事態を避けるために、僕は食堂内の魔力を探ることにした。
僕は大したとりえはないが、魔力に関しては多少の自信がある。
……うん、皆いるようだね。
よし、食堂に入るとするか。
そのように意思を持つと、扉が独りでに開いていく。
……これ、昔から気になっていたけどどういう造りなんだろう?
疑問に思いながらも食堂に脚を踏み入れる僕。
十人がここで食事をとるので、結構な広さを誇る食堂。
天井には高そうな照明器具がたくさん吊るされており、部屋の端にも何の価値があるのかもわからない高そうな置物などが置いてある。
まあ、それは芸術に対して関心のない僕だから分からないんだろうけど。
それこそ、そういったことに精通していそうなヴァンピールは、価値が分かるだろう。
食堂の真ん中には細長いテーブルが設置されており、片面に五個ずつの高そうな椅子が置いてある。
そこに、それぞれのギルドメンバーが座っていた。
そして、上座には他のどの椅子よりも豪華で柔らかそうな椅子が置いてある。
僕はそこに向かって歩いた。
いや、僕も皆と同じでいいし、上座に座らなくてもいいと言ったけど、みんなが納得してくれなくて……。
僕がそこに座ると、代わって集まっていたギルドメンバーが一斉に立ち上がる。
「偉大なマスターに、今日も感謝を」
それぞれ個性的なメンバーのまとめ役であるアナトがそんなことを言うと、皆それぞれの場所に手を当てる。
そこは、皆がギルドの紋章を入れている場所だった。
その紋章は、ぼんやりと妖しく光りだす。
ララディは右の頬。ソルグロスは右肩。リッターはお尻。ヴァンピールは腹部。シュヴァルトが左肩。リースが舌。クーリンは右太もも。クランクハイトが左の太もも。アナトが胸。
その妖しく光る様は、僕たちのちょっと『特殊な』ギルドには不思議と合っていて不気味だ。
ただ、リッターのせいで、コメディみたいになってしまっている。
だが、皆真剣な顔だ。
正直に言おう、ちょっと怖い。
毎日これをやってくれるのだが、別に感謝とかされるようなことは何もしていないんだ。
でも、そんなことを言うと皆ショックを受けそうだから、僕はとりあえず微笑みながらそれを受け取るのだ。
『はい』
僕が座っていいよと言うと、皆席に腰を下ろす。
そして、ようやくいつもの雰囲気に戻るのだ。
さっきまでは、何だか凄く不安になるような空気になるんだよね。
ララディやソルグロス、リッターにヴァンピール、シュヴァルト、リース、クーリン、クランクハイト、そしてアナト。
このギルドにはまったく性格の違う個性的なメンバーがそろっているのだが、あの『感謝』の時だけは皆同じような目をするのだ。
どんよりと濁り、陶酔しきった目である。
「ふぅ……ふぅ……」
ハッと気づくと、いつの間にか料理が配膳されていた。
僕の料理を持ってきてくれたのは、ララディだった。
不慣れな歩きをえっちらおっちらと頑張りながら、持ってきてくれた。
「えへへぇ……」
ありがとうと褒めると、とても嬉しそうに僕を見上げてくる。可愛い。
しかし、ララディはまだ離れようとせず、物欲しそうに僕を見上げている。
……ああ。
何をしてほしいか理解した僕は、彼女の緑の柔らかい髪をポフポフと撫でたのであった。
「んしょ、んしょ……」
僕のナデナデを嬉しそうに受けていたララディは、しばらくして満足すると、僕の膝によじ登ってきた。
そして、膝上でご満悦の表情。
「こら、ララディ。食事中に行儀が悪いですよぉ(何をしているのかしらぁ。さっさと降りろ)」
「マスター、ダメです?(うっせーですね。狂信者は黙ってろです)」
アナトが困り顔で優しく注意すると、ララディがすがるように僕を見上げてくる。
大きくてクリクリの目が、涙で潤んでいる。
うぅ……このことはアナトが正しいんだろうけど、こんな目で見られたらどうしても……。
「わーい、やったです!(ふふん!見たですか、狂信者)」
「あらあらぁ……(…………)」
僕がいいよと伝えると、両手を上げて喜ぶララディ。
ごめんね、アナト。ララディの甘えには抗えなかったよ……。
「うぐぐぐぐぐ……っ!」
『…………』
ヴァンピールがハンカチを噛みながら僕を……というより、ララディを見る。
他のメンバーも、じっとララディを無言で見ていた。
……あれ?どうしたのかな、この空気?
「マスター、私もそれを所望する」
少しおかしな空気の中、話しかけてきたのはリッターだった。
彼女はビッとララディを指さす。
うん?リッターも膝に座りたいの?
「ん」
コクリと頷くリッター。
そうか。まだまだ、リッターも甘えたがりか。
「……今はララの時間です」
「関係ない」
だが、ララディもまだ甘えん坊である。
僕の身体にギュッとしがみつき、リッターを睨みつける。
うちのギルドメンバーは大体自分の意思を変えないからなぁ。
多分、ララディもリッターも退くつもりは毛頭ないだろう。
まあ、こういうことは早い者勝ちということで。
「……うん、わかった」
あとで、同じことをしてあげると言うと、リッターは自分の席に戻って行った。
それでも、渋々といった様子だったので、また戻ってくるかもしれない。




