第百六十四話 エルフからの依頼
ルーフィギアと名乗ったエルフは、深緑の森から来たと言った。
へー……あそこかぁ。
王国に割と近い場所にあって、それなりの規模の森である。
ただ、エルフが住んでいることと、また『もう一つの事情』があって人間はそうそう入ることはできないのだけれど。
そんな場所に住んで、一生を生まれた場所で過ごすと言われるエルフが、どうしてまた外の世界……それも、こんな裏路地にいるのだろうか。
「ここにいるって聞いた人に会いに来たのよ。どうしても、情報が必要だったから」
へー。エルフが会いたがる人が、こんな路地裏にいるのかー。
「本当なら、こんな所になんて来ないんだけどね。あの子たちを救うためには、どうしても必要だから……」
……おっとー。何だか、面倒事の予感がするぞ?
「それで、どうしてダークエルフのあなたはそんな恰好をしているのかしら?」
ルーフィギアは自分の話をいったん切り上げ、シュヴァルトを見る。
まあ、珍しいダークエルフがいるだけならまだしも、それがメイド服を着ていたら興味もわくよね。
問いかけられたシュヴァルトも、平然と返す。
「私はマスターのものですから。この服も、それがわかりやすいように来ています」
「マスターのもの?」
シュヴァルトの言葉に、驚いたように僕を見るルーフィギア。
ちょっと、待ってほしい。まるで、シュヴァルトが奴隷で僕が飼い主みたいな言い方だけれど、違うから。
僕がとあるギルドのマスターで、彼女がそこのギルドメンバーだというだけの話だ。
「あら、そうなの?だったら、ダークエルフがこんな所にいる理由も分かるわ。……メイド服なのは、未だに釈然としないけど」
エルフ種は数こそ少ないけれど、冒険者ギルドに加入している者も存在する。
だから、ルーフィギアもシュヴァルトの存在を認めてくれたのだろうけれど……メイド服は僕も分からないから、答えようがない。
「では、私も答えましたし、ルーフィギアも答えていただきたいです。何の情報を求めて、こんな虫だらけの汚らしい場所に来たのですか?」
だから、煽り過ぎだってば!
周りにこの辺りの住人はいないからいいけれど、誰に聞かれるかわからないんだからね。
僕がハラハラとしていると、ルーフィギアは重々しく頷いた。
「ええ、別に構わないわ。私の行動は、他人に知られてはいけないということでもないしね」
その言葉に、僕はほっと安堵の息を吐く。
よかった。人に聞かせられないようなことをルーフィギアがやっていたとなると、間違いなく面倒事に巻き込まれるだろうからね。
闇ギルドというのは、陰で大人しく生きていくのがお似合いである。
……まあ、いずれシュヴァルトたちには表の世界で華々しく生きてほしいという想いもあるけれどね。
「少し前の話よ。私たちの集落には、少ないけど子供のエルフもいたの。そのうちの何人かが、いきなり姿を消したのよ」
……え、そんなことがあるの?神隠し?
「それは、きっと……」
「ええ。あの子たちは攫われたのよ……奴隷商人に」
シュヴァルトの短い言葉に、ルーフィギアはコクリと頷く。
もちろん、神隠しなどではなかった。
それにしても、奴隷商人かぁ……。つい、チラリとシュヴァルトのことを見てしまう。
偶然なのか、それとも……。
「エルフ種は見目麗しい者が多いですから、奴隷商人からすれば喉から手が出るほど求めるものです」
シュヴァルトの言葉に、僕も納得する。
今、この場にいる二人のエルフ種はとてもきれいだ。
これが、エルフ種全員に当てはまるのであれば、それはもう奴隷商人は欲しくて仕方ないだろう。
「だから、ルーフィギアはこの場所に来たというわけですか」
「ええ。ここには、有名な情報屋がいると聞いたからね。また、いつ営業場所を変えるかわからないから、何人かと示し合わせて来ることができなかったのよ」
なるほどー。
僕が笑顔でコクコクと頷いていると、ルーフィギアが少し考える仕草を見せる。
そして、僕たちの顔を見つめてきた。
「ねえ。あなたたちって、ギルドの人間なのよね?」
「私はダークエルフで、マスターは本当に人間か怪しいものですけどね」
ルーフィギアの質問に、シュヴァルトが答える。
いや、本当に人間だから。
多分、人より寿命がとてつもなく長いだけの人間だから。
とにかく、僕たちがギルドの人間であることには間違いないので、頷く。
……まあ、ギルドといっても闇ギルドなんだけれどね。
そんな僕の内心を知る由もないルーフィギアが頷く。
「なら、私からの依頼を受けてもらえないかしら?」
……依頼かぁ。
本当なら、ギルドの依頼はとても精査してから受けるかどうかを決めるものだ。
上を目指している正規の中堅ギルドやグレーギルドなら大して精査しないで受け取り実績を積むものだろうけれど、僕はメンバーのことがとても大切だから必ず精査をしている。
だから、本来はこんな急に依頼を投げつけられても拒絶するのだけれど……。
「……頼めない?」
僕のことをすがるように見上げてくるルーフィギア。
彼女を見ていると、とてもじゃないが僕たちをだまして酷いことをしようと考えているようには見えなかった。
本当に、攫われてしまったエルフの子供たちのことが心配なのだろう。
そんなルーフィギアを見れば、思わず応援したくなってしまう。
さらに言えば、この依頼を受けるのは僕であり、ギルドメンバーではない。
最悪、彼女が何らかの罠を用意していたとしても、不利益を被るのは僕だけである。
『救世の軍勢』メンバーは、僕がいなくても十分にやっていけるほどの力は持っていると確信している。
……さて、シュヴァルトは……。
「私は、マスターの意思に従います。あなたが望むよう、私も動きます」
僕がチラリと目線をやれば、スカートを軽く摘まんで頭を下げる。
僕は、本当はいけないのだろうけれど嬉しくなってしまい、つい笑みが深くなってしまう。
シュヴァルトにはギルド本部に戻ってもらう方がいいんだろうけれど……こうも信頼されると、嬉しさを強く感じる。
僕はそう思いながらも、ルーフィギアに依頼の受諾を告げる。
「本当!?凄く嬉しいわ!報酬は弾むから、期待していてね!」
ルーフィギアはとても嬉しそうに顔を輝かせる。
仲間が増えたから……というよりも、ダークエルフという同胞を仲間に引き込めたから喜んでいるようだ。
まあ、人間ばかりの場所で数少ない同胞に会えたら、少しでも一緒にいようとしてもおかしくはない。
とにもかくにも、僕とシュヴァルトはルーフィギアの依頼を引き受けることになったのであった。




