第百四十六話 吸血鬼殺しの魔剣
「はぁ……失敗だったかしらね」
リトリシアはため息を吐き、目の前の女を見る。
女は吸血鬼ハンターといい、自分たち吸血鬼の天敵である。
しかし、そんな肩書は真祖の吸血鬼であるリトリシアに何の脅威も与えなかった。
「ぐっ、かはっ……!!」
そして、実際リトリシアは戦いに勝利していた。
女は地面に倒れ伏し、口から血を吐き出す。
そんな彼女を囲むのは、リトリシアの生み出した眷属たちである。
「やっぱり、強いのはあっちの男だったようね。わざわざ私が出てくるほどでもなかったじゃない」
村一つを滅ぼしたのだから、ヴァンピールほどではないが自分を楽しませてくれるだろうと期待していたのだが、それは大きな勘違いだったようだ。
ヴァンピールなら簡単に吹き飛ばすようなレベルの眷属でも、女はなすすべなく身体を齧られ、殴られ、あっけなく負けたのだから。
「ちょっと見に行こうかしら。あまりにも圧倒的だったら、ちょっと邪魔しちゃおう」
ぷぷぷっと笑うリトリシア。
ギャアギャアと騒ぎ立てるヴァンピールの姿を想像し、笑いが抑えきれない。
早速、ヴァンピールたちが戦っている場所に向かおうとすると……。
「きゃっ……!?」
凄まじい熱気が、リトリシアの身体を襲った。
「な、何なの……?」
◆
「さあ、頑張って踊りなさいな」
「ぐっ……!?」
剣を構えるソルイドに、次々に鉄血魔法が襲い掛かっていく。
血で作られた剣、槍、棘、矢。それらが、彼の命を刈り取ろうとさまざまな方位から、何本も迫ってくる。
卓越した能力と長年の経験からソルイドは何とかそれを防いでいたものの、一向に攻勢に出ることができずに防ぐことだけで手一杯だった。
そもそも、鉄血魔法は強力ではあるが、その力は血によらなければ使うことができないため、このように多量の魔法を使うことはできないはずだ。
しかし、この場がそれを可能にしていた。
「あなたたちが大暴れしてくれたおかげで、わたくしが血を流さなくても鉄血魔法が使えていいですわ」
そう、ここには原動力となる血が大量に撒き散らされていた。
それは、ソルイドたちが殺した吸血鬼たちのもの。さらに、村長が激しく抵抗した結果、死んでしまった吸血鬼ハンターたちのものもあった。
そのため、ヴァンピールは自身の身体を傷つけることもなく、強力無比な鉄血魔法を使うことができているのであった。
「(俺たちのしたことが、今俺を苦しめている……。因果応報というやつか)」
ソルイドはそう考えて自嘲した。
しかし、ここで吸血鬼になんて負けるわけにはいかないのである。
彼は、大暴れした村長をも殺した奥の手を出すことにした。
「ぬぅぉぉぉぉっ!!」
巨大な剣を振るい、迫ってきていた血の武器を一気に撃墜する。
「はぁ……。やはり、真祖の吸血鬼。他の吸血鬼とは、まったく違うな」
「当たり前ですわ。わたくしですからね」
ふふんと胸を張るヴァンピール。
別に、自分の力に誇りを抱いているとかそういうことではないが、褒められるのは気分が良い。
欲を言えば、マスターに褒めてほしいが。
「なら、俺も力を尽くしてお前を殺そう」
「……はぁ?」
重たそうな剣を構えて言うソルイドに、ヴァンピールは失笑する。
今更何を言っているのか。
どう考えても自分に押され気味で、全力で防御に徹していたはずだ。
それが、今までは本気でなかったともとれるような言葉を言うとは……。
「何だかよく分かりませんが、さっさとやられてくださいな」
これが、シュヴァルトやアナトなら何かあるのかと考えたのかもしれないが、ヴァンピールにそんなことを考える頭はなかった。
ただ、力で押しつぶす。
それで、今まで実際にうまくいってきたのだし、問題はないのだろう。
……相手が、吸血鬼ハンターでなければ。
ヴァンピールの背後に、巨大な血の鉾が形づくられる。
それは、このあたりに落ちていた血液の大半を集めて作られた力のある鉾だった。
「これで、おしまいですわ」
それが、弾丸のように発射される。
その鉾は、ソルイドの持つ無骨な剣でも受けきれるものではないだろう。
それほど巨大な鉾が、彼を押しつぶさんと迫る。
しかし、ソルイドは身体中傷ついて血だらけになっても、決して怯えた表情を見せなかった。
それは、理由があったからである。
「――――――炎天剣」
ボソリとソルイドはその剣の銘を呼ぶ。
すると、無骨な剣が赤々しく変貌し、凄まじい熱気がそこから感じ取れるまでになった。
「おぉぉぉっ!!」
炎天剣を振るい、迫りくる血の矛を迎え撃つ。
赤と赤の激突。勝って相手を打ち破ったのは、炎天剣だった。
「なっ……!?」
これには、ヴァンピールも目を見開く。
まさか、自分の鉄血魔法が人間風情に打ち破られるなんて……。
「……なるほど。それは、魔剣ですのね」
「そうだ。これがあるからこそ、俺は吸血鬼ハンターでいられる」
ヴァンピールが、得心がいったように頷くと、ソルイドも答える。
ヴァンピールはおバカだが、かなりの年月を生き抜いてきた古参の吸血鬼。
魔剣のことも知識として獲得していた。
ソルイドの持つ炎天剣は、王国騎士団団長のテルドルフが持つ風の魔剣・フルブレッドと同じ魔剣であった。
……ヴァンピールはリッターの報告をろくに聞いていなかったから、知らないが。
「炎天剣……炎の魔剣ですわね。それで、この村も焼いたんですの?」
「…………」
「む、無視はやめてくださいまし!」
ヴァンピールの言葉に返事をしないソルイド。
『救世の軍勢』内での扱いを思いだし、ヴァンピールは身体を震わせる。
おバカでも、無視されるのはつらいのだ。
「ま、まあ、いいですわ。火を放つだけの魔剣なら、暖炉と大して変わりありませんし」
再び、鉄血魔法によって血の武器を造りだすヴァンピール。
先ほどは大きさで押しつぶそうと考えて造りだした鉾。
なら、今度は硬さを極めよう。
たとえ、何百度もあるような魔剣であろうとも、決して斬れないような硬い武器を。
そうして、造りだされたのは何本もの血の刀剣。
「うふふ。これなら、どうでしょうか?」
「……試してみたらどうだ?」
「言われずとも、ですわ!!」
ソルイドに向かってそれらの刀剣が放たれる。
今度の刀剣は造りだすのに時間をかけたため、剣の銘をソルイドが口にするまでの大剣であったなら、簡単に砕いてしまうほどの硬度を誇っていた。
それらはソルイドの身体を簡単に貫く……ことはなかった。
「炎天剣」
ソルイドの持つ魔剣から炎がほとばしる。
それらは、まるで生き物のように蠢くと次々に血の武器を叩き落とし、溶かし、彼にたどり着くまでに無力化する。
「なっ、なんですってぇぇぇぇぇぇっ!?」
ガーンとショックを受けたのはヴァンピールだ。
硬さに重点を置いて造り上げ、簡単には無力化できない血の刀剣をあっけなく排除されたのだから当然だろう。
さらに、それだけではなかった。
炎天剣からほとばしった炎は、カウンターとばかりにヴァンピールに襲い掛かったのである。
「熱いですわぁぁぁぁぁっ!?」
それを何とか避けたヴァンピールであったが、腕に少しだけ触れてしまう。
かなりの熱量を秘めている炎は、彼女の腕にやけどを残す。
「くぅぅぅぅっ!!まるで、蛇みたいに動く炎ですわね……っ!」
「お褒めの言葉、ありがたいな」
「褒めてないですわよ、馬鹿!!」
ヴァンピールは腕を抑えながら、ソルイドを睨みつける。
目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「で、でも、わたくしは真祖の吸血鬼。こんな傷、すぐに……」
真祖の吸血鬼は、自己回復の力を持っている。
それは、個人差によるが、ヴァンピールはかなりの速さで傷を回復させることができた。
だから、今回の傷も一瞬で治るはずだった。
しかし……。
「……あら?何だか治りが遅いような気が」
確かに、自己回復は発動している。
しかし、その傷の治りが異様に遅かった。
まるで、何かに妨害されているかのように。
「も、もしかして、その魔剣……」
ヴァンピールは自身の症状と鉄血魔法が簡単に防がれたことを考え、ある一つの答えにたどり着いた。
「そ、それ……吸血鬼殺しの魔剣ですの……?」
「そうだ」
ヴァンピールの質問に、ソルイドは冷静に答える。
しかし、その口元には隠しきれない笑みを浮かべていた。
この世界には、多種多様な武器が存在している。
その中には、魔剣のような特殊な武器も存在し、また特定の力を秘めた武器がある。
その一つが、吸血鬼殺しの武器である。
長年、吸血鬼たちに餌として狩られ続けてきた人類がそれに抵抗するために生み出した、対吸血鬼の最強兵器である。
「吸血鬼殺しの能力に、魔剣としての力?そんなのズルいですわぁぁっ!!」
「ず、ズルいと言われてもな……」
あまりにも素直な反応に、ソルイドも冷や汗を流す。
「勝負はすでに見えている。さっさと降参すれば、楽に殺してやるが……?」
「ま、負けませんわよ!!」
「そうか」
ソルイドはヴァンピールの返答を、何の感情を抱くこともなく受け入れた。
彼女がどう答えようが、彼女を殺すことはすでに決まりきっていることだからだ。
真祖の吸血鬼をここで逃せば、今度はいつ接敵できるかもわからない。
今回は、『とある人物』からの情報と、何故か普段は厳しい領の警備が手薄だったことから侵入することができたが、もう二度とこのようなチャンスはないだろう。
数少ない真祖を殺すことができれば、吸血鬼たちに打撃を与えることができる。
おそらく、同僚の女は負けているだろう。あれは、真祖に勝てるほど強くはなかった。
ヴァンピールを殺し、リトリシアも殺す。
「終わらせよう」
そこからは、序盤と打って変わってソルイドが攻勢に出た。
ヴァンピールの放つ鉄血魔法を尽く無力化し、炎を彼女へと飛ばす。
彼女はそれを避けたり鉄血魔法で防いだりしていたが、だんだんと傷を負っていった。
「……これで、終わりだな」
「はぁ……はぁ……」
ヴァンピールに炎天剣を向けるソルイド。
このあたりには、すでに鉄血魔法の原動力となる血がなくなっていた。
彼女の力の源がなくなった今、最早ソルイドの勝利はゆるぎないものとなっていた。
「はぁ……」
「…………?」
ヴァンピールは息を荒げているというわけではなく、明らかにため息を吐いた。
「これは、鉄血魔法と違ってもっと他人に見せづらいものだったのですけれど。こうなっては、使わざるをえませんわ」
「……何を言っている?」
「まだ、わたくしが負けたわけではないということですわ」
ふらりと立ち上がり言うヴァンピールに、ソルイドは怪訝な目を向ける。
彼女の表情が、不敵な笑みを浮かべていたからだ。
「冗談はよせ。鉄血魔法は俺に通用しない。どう考えても、お前に勝ち目はないぞ」
「うふふ。確かに、あなたには通用しないかもしれませんが、あなたに奥の手があったように、わたくしにだって存在するんですのよ?」
「なん……」
何のことだと言おうとしたソルイドは、全身に猛烈な熱気を感じ取った。
自分の持つ炎天剣だろうか?
いや、使い慣れたこれを、今更熱いなどと感じることはない。
では、いったい……。
「うふふ」
目を向けると、ヴァンピールは艶やかな笑みを浮かべるのであった。




